ラスボスに利用される悪役フラグは立たせない ~前世のゲーム知識で救済ルートを作る~

十本スイ

プロローグ1

「お前はっ…………何でこんな酷いことができるんだっ!」




 後ろに複数の女性を控えさせ、彼女たちを守るように立つ少年。海のような蒼い髪、端正な顔立ちと逞しい身体を持ち、その手には白光輝く巨大な剣を携えている。


 そして少年が、目前に立ち塞がる赤髪の少年を見据え、怒号を放った。




「森を焼き払い、水を涸らし、空を暗黒に染め上げた。それだけじゃない! 村や町を襲い、国までも滅ぼした。大勢の人たちを傷つけ……殺した! お前には人の心は無いのかっ!」


「……クク、今更どんな言葉を交わそうと、この状況は何も変わらない。まだ分からないのか、〝霊剣〟に選ばれた『英霊王』――ディーフよ」




 背から血のように真っ赤に染まった、花びらを模したような翼を広げている赤髪の少年は、不気味に微笑みながら、ディーフと呼ばれた少年を空から見下ろしていた。




「お前はいつもいつも悪を振りまく! それでみんなが悲しむ! 初めて会った時もそうだ! あの時からお前は、最低な悪党でしかないっ! でも……」


「…………」


「でもいつか、きっと分かり合える。お前も……心を入れ替えてくれるって信じてた!」


「フン、勝手な期待をして、勝手に失望して、随分と忙しいことだな」


「っ……ああ、そうだな。お前は悪に染まり過ぎた。だから……ここで俺がお前を止める! 殺してでもだ!」




 ディーフの気持ちに反応するかのように、剣の輝きが増していく。




「ディーフ……貴様が俺を殺す? 貴様程度が、そんな大それたことができるのか? まだ一度も手を汚してもいない偽善者風情がっ!」


「くっ……お前の言う通り、確かに俺は今まで覚悟が足りなかった。だからお前を見逃し、そのせいで多くの悲劇を生んでしまったこともある。……だから! だからもう覚悟はした!」




 それはすべてを浄化するような眩い光。剣から発するその輝きに、赤髪の少年は鬱陶しそうに顔をしかめる。




「俺はお前を、必ず討つっ! これで最後だ――――ワッツッ!」




 赤髪の少年――ワッツに向かって飛び上がる。その背にはワッツと似た、蒼穹のような色鮮やかな翼が出現した。


 そうして二人は激突し、その戦いは一進一退の攻防を幾度となく繰り返し、半日以上の時が過ぎ、ようやく決着を迎えた。




「――ぐふはぁっ!?」




 ディーフの剣が、ワッツの身体を貫く。


 苦悶の表情でワッツが、それでも最後の力を振り絞るように、ディーフに手を伸ばす……が、ディーフは抜いた剣で振り払い、ワッツの腕を斬り飛ばした。




 そして、そのままワッツは、翼をもがれた鳥のように、空から大地へ落ちる。


 虫の息のワッツ。そんな彼のもとへ、傷だらけにながらも勝ちを確信したディーフが近づいていく。




「な……ぜ…………俺が……負け……るのだ……っ」




 自分が誰よりも強くなったという自信がワッツにはあったのだ。たとえ英雄とも称される『英霊王』が相手でも、勝つだけの力を得たつもりだった。




「お前は……何も分かってない」




 ディーフが、どこか寂しそうな表情で、血塗れで横たわるワッツを見つめる。




「分か……ってない……だと?」




 ワッツは、己を見下すディーフを睨みつけた。




「確かにお前は大きな力を得た。その力は絶大なものだろうな」


「だった……ら……」


「でも、弱い」




 その言葉に衝撃を受けたように、ワッツは血走った目を大きく見開く。




「弱い……だと……っ! いいや! 俺は強い! 俺は一人でも戦えるほど強くなったっ! 誰もかれもが俺の強さにひれ伏したっ! そんな俺がっ、弱いわけがあるかぁっ!」




 激しく息を乱しながらも怒鳴るワッツ。余程自分の強さを否定されたことが悔しくて認められないのだろう。




「……いいや、お前は弱い。あの頃から……初めて会った時からずっと弱いままだ」


「っ……ふざけ――」


「――だってお前の強さは、独り善がりだから」


「!? ……は……はあ?」


「多分、俺一人じゃ、お前には勝てなかったかもしれない。けど、俺は一人じゃない。俺には、傍にいてともに戦ってくれる仲間がいる」




 ディーフが、同じように傷だらけになりつつも、傍にいてくれている女性たちを見る。そんな女性たちも、嬉しそうに笑みを浮かべながら頷く。




「本当の強さというのは、仲間とともに在るものだと思う。お前みたいに一人だけの力なんて強くない。きっとそれは脆く、儚いものだから」


「俺はっ……認めない! お前に! 俺が今まで歩んできた道を否定なんてさせないっ! させてたまるものかぁっ!」




 再び口から血を吐き、顔もどんどん土気色へと変わっていく。そろそろ死期が近いということは誰の目にも明白だった。それでもワッツは止まらない。




「俺にはこの道しかなかった! 貴様らに……平和という欺瞞に脳髄まで侵され尽くされた貴様らに何が分かるっ!」


「……ワッツ」


「誰にも! 誰にも俺を否定させるものかぁぁぁぁっ!」




 それは文字通り最後の力だったのか、起き上がりディーフに襲い掛かろうとしたが、ディーフは冷静に対処し、剣でワッツの身体を真っ二つにした。




「俺っ……は…………強……く……っ」




 その言葉を最後に、ワッツは全身が灰化して消失してしまった。




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