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「――――っ! …………?」
不意に目が覚め、真っ先に飛び込んできたのは、初めて見る天井だった。
それと同時に額に違和感がある。何か冷たいものが乗っている。
手を伸ばしてソレを取ろうとするが、そこで衝撃の事実を知ることになった。
「……え? 何で……こんなに手が小さいんだ?」
間違いなく自分の手。自分の意思で握っては開いてを繰り返し確信する。だがだからこそ戸惑う。
何故なら、自分――和村月弥は大学生だから。もう立派な大人ともいうべき身体をしている。このような小さな手では決してない。しかもか細く、病的なまでに白い。
何が何だか分からずも、上半身を起こしてみると、自分がベッドに横たわっていたことを知る。
周りは冷たいレンガの壁に覆われ、明かりも乏しく薄暗い。また、テーブルと椅子、そしてベッドしかない殺風景な小さな部屋だ。テーブルの上には、使い古したノートとペン、そして小さな鏡が置かれていた。
窓は一つあるものの、格子が嵌め込まれていて、まるで牢獄のような印象を受ける。
(俺は一体……?)
ここがどこで、何で自分がここにいるのか疑問を浮かべたその時だ。
「うっぐ……っ!?」
直後、頭の中に様々な記憶が流れ込んでくる。それは大学生だった自分が経験したことのない未知の記憶。
時間にして僅か数秒ほどだろうが、酷い頭痛に悩まされていたせいか、もっと長く感じた。
だがそのお蔭で、〝自分が何者か〟を思い出した。同時に、困惑と絶望に苛まれることになる。
「……マジかぁぁぁぁ……!」
思わず頭を抱えてしまう。
「まさか……冗談だろ。俺が…………俺が――――ワッツになってるなんて……!?」
そう、今の自分がワッツだという事実に大きなショックを受けていた。
流れてきた記憶は、ワッツ・フィ・バハール・フェニーガという名の六歳児のもの。
どうやら三日前に高熱を出して寝込んでいたらしい。今はすっかり熱も引いているようだが、それでも大分身体が気怠い。
「にしても、何でこんなことに……? 夢……じゃねえのか?」
頬や手の甲を抓って痛みを確認する。痛みはあるし、この生きている感覚は本物だと伝えてくる。
(待て待て、落ち着け俺。とりあえず整理しよう)
目を閉じて記憶の中をゆっくり遡っていく。
「……そうだ。俺は『霊剣伝説』をしてて、そんで隠されてたワッツルートらしきもんを見つけて……っ!?」
そこでようやく、あの選択をした時のことを思い出す。
眩い光が自分を覆った時から記憶が途切れている。つまりは、アレが大学生の和村月弥としての最後の記憶。
「おいおい、アニメや漫画じゃねえんだぞ? マジで俺……ワッツになっちまったってのか?」
否定したいが、記憶が現状を証明してしまう。
「か、仮にだ! 仮にここが『霊剣伝説』の中で、俺がワッツとしたら、今はどういう時期だ?」
ワッツに関しての知識だけは誰にも負けない。何せ推しキャラなのだ。彼のことならば公式プロフィールから、ストーリーでのセリフまですべて暗記している。それほどまでにやり込んだのだから。
「六歳……高熱……ってことは、今俺は――――軟禁状態ってことか」
いや、監禁といった方が正しいかもしれない。
ワッツが生まれたのは貴族の家である。それも由緒正しい王家に連なる血筋。フェニーガ公爵の長男として生まれ落ちた。
だが、生まれてすぐにワッツは、今いるここに閉じ込められることになる。
その理由は――。
「この赤い髪……だな」
テーブルの上に置かれている鏡に映る自分を見ながら、小さな手でその真っ赤に染まった髪に触れる。
何故、この赤い髪のせいで閉じ込められているか。それはこの世界の歴史を紐解かなければ理解できない。
今から凡そ一千年前――世界は多種族同士で争いの絶えない混沌の時代だった。そんな世界に憂い、一人の蒼い髪を持つ男が立ち上がる。
その男は後にこう呼ばれる――『英霊王』。
男は、混沌の世界を救うべく、たくさんの仲間を集め、争いを鎮火していった。
そうして世界が平和へと近づきつつある中、突如として『邪霊王』と呼ばれる存在が現れる。
『邪霊王』は、人々に悪意の種を植え付け、世界を崩壊しようと企てた。再び戦火が広がっていく中、『英霊王』は彼の者を倒さんと奮起する。
多くの犠牲者を出しながらも、『英霊王』は『邪霊王』を追い詰めることに成功した。そして、討伐することができずとも、かろうじて封印することができたのである。
これが、この世界で最もポピュラーな英雄の物語であり、ずっと語り継がれてきた。
「『邪霊王』は赤い髪を持つ悪魔だった。だからこの世界じゃ、赤い髪は禁忌とされてる……か」
赤い髪を持つ存在は災いを呼ぶと信じられており、ワッツのような存在は忌み子として扱われる。
故に、こうして閉じ込められ、外界から完全にシャットダウンさせられるのだ。
下手をすれば、生まれてすぐに殺されることもある。実際、ワッツは生まれてすぐに殺される予定だったらしい。しかし、彼の母親がそれを拒んだ。
父であるオルド・フィ・バハール・フェニーガ公爵は、母を溺愛していたこともあり、彼女の言い分を聞き入れ、ワッツの扱いを緩和したのである。そうしてワッツは、敷地内にあるレンガ造りの〝蔵〟の中にある一部屋に軟禁された。
部屋の出入り口は一つで、当然勝手に出られないように施錠されている。また、蔵自体の扉も固く閉ざされているので、二重ロックというわけだ。
まだ幼い子供に対して、酷過ぎる処置であろう。もし貴族の子供でなければ、まだ扱いはマシだったかもしれない。
「よりにもよってこの時期かよ……」
もっと幼い頃は、よく母や従者たちがワッツの世話をするために、蔵によく顔を出していたが、六歳にもなれば、ある程度は一人でできると判断され、母は出禁、世話役の従者も、食事を届けるくらいしか近づかない。というより公爵によって禁止されていた。
つまり何が言いたいかというと……。
「…………暇だ」
ワッツは大きく溜息を吐く。
こんな何もない場所で、日がな一日どう過ごせばいいというのだ。ずっとインドア派だったから、家にこもるのは大歓迎だが、ただ寝ることしかできない状況は、さすがに飽きてくる。せめて本でもあれば、読書に耽ることができるが、娯楽的なものは何もない。
一応ノートとペンはあるので、絵を描いて楽しめということか。
(こちとら精神年齢が何歳だって思ってやがんだ。もうそんな時期はとっくに通過したっつうの)
大人が、紙に絵を描いてキャッキャッと楽しめるわけがない。まあ、趣味や仕事だったら別だが。
(にしても、どういう原理で俺が『霊剣伝説』の中に? しかもワッツになってるなんて……。確かにエンディングを迎えたあと、〝CREATE STORY〟って書いてあったけど)
あれはただ単に、ワッツの物語ルートが生まれたという意味だと捉えた。けれど、文字通り受け取るなら、〝物語を作る〟ということ。
(そういや、最後の選択で『物語を作る』ってあったよな。あれってゲームを始めるって意味じゃなくて、そのまま〝俺自身〟が物語を作るってことだったのか?)
そう考えて首を左右に振る。
(あーいやいや、そんなゲームあるわけねえから! そこまで科学は発展してねえしな)
確かにVR技術は盛んだったが、こんな没入感の濃いものは発売されていない。それに、あったとしてもログアウトできない時点でおかし過ぎる。
(つまりは、転生や憑依とか、そういうファンタジーが俺の身に起こったってことだよな? じゃあ現実の俺は死んだのか?)
異世界召喚系ならば、俺そのものの身体がここにあるはずだ。しかし現状は、転生か憑依。つまり魂だけがゲーム世界に移ったということだろう。
持病もなかったし、過労死というほどの疲弊感もなかったはず。
(……考えても埒が明かねえや。とりあえず、一応は熟知している世界ってことが救いか)
この世界のことなら、過去から未来まで把握済みだ。なら、その知識を利用して生きていくしかない。その上で、自分がこうなった理由を知っていけばいい。
「確か、ワッツの軟禁が終わるのは十歳……あと四年もボッチ生活かぁ。……ネットがしてえ」
今の現状に嘆いていると、こちらに向かって誰かがやってくる気配を感じた。
ハッとして出入り口の方を見ると、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえ、そのあとにゆっくりと扉が開く。
「――っ!? ワッツ!」
部屋の中に入ってきた人物が、ワッツの顔を見るや否や、駆け寄って抱きしめてきた。
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