【短編】悪魔の僕は、勇者になる夢を見る。

厨厨

本編

 ……子供の頃、人間界の絵本を拾ったことがある。

 その絵本は、神に選ばれた人間が勇者として、僕達悪魔から人間界を救うというお話。


 帰ったとき母上からは、「何て物を読んでいるの!」と激怒され、その絵本も燃やされた。

 当然だ。魔王の息子である自分が、読むべきではないものだったのだから。


 でもあの絵本の内容は、常に僕の心の傍らに存在している。片時も忘れたことは無い。

 あの日から僕の人生は狂わされた。叶うはずのない、1つの夢を持ってしまったのだから……。




「はぁ……はぁ……」


 外は雷鳴が轟く豪雨。


 額に汗をにじませ、息を切らす僕。

 右手には、1本の短剣。

 左手には、父が身に着けていた魔王の証の首飾り。


 そして瞳の中には、倒れてこんだ魔王父上が映り込んでいる。


「わ……我が息子|ユ《・》よ。どうして、こんなことを……」


「……父上、申し訳ありません」


 父上は苦悶の表情を浮かべながら、僕に向けて手を伸ばす。

 この手にどのような意味が込められているのか、今の僕には分からなかった。


「お前は将来、魔王として……人間を皆殺しにするのだぞ……。我から教わらなければならないことが、沢山あるのに、何故……」


「僕は……僕は決めたのです。魔王にはならないと」


「な、何を……言うておる?」


 目を大きく見開き、僕のことを一直線に見つめる父上。ありえないと言わんばかりの顔だ。


「僕は


「そんな……お前の口から、勇者なんて忌々しい……汚らわしい……言葉……を……」


 ボトッと伸ばしていた手が床に落ちる。全身から力が抜けたことが分かった。

 

 今この時、全てを統べし悪魔、魔王が討たれた。彼の息子である、僕の手によって。


 今、世界は救われた。僕の手で魔王が討たれたことで。


 今、僕は魔王を討ち世界を救う者――勇者――となった。


 僕の夢が、遂に、今この時、叶ったのだ!


「やった……やったぞぉ!!!」


 絶対に叶わないと諦めかけていた。

 それでも諦めきれなかった。

 そして今日、遂に行動を起こし、遥か遠くで輝いていた夢の光を、この手に掴んだんだ!


 笑みが、笑いが、腹の底から込み上げてくる!


 あぁ、高笑いが止まらない! この城中に、僕の笑い声が響き渡る!

 この笑い声こそ、世界を救いし者が奏でる甘美な音色なのだ!


 僕の笑い声を聞きつけた母上が、従者を連れて部屋の扉を開いた。


 目に飛び込んできたのは、屍と化した父と、高らかに笑う僕の後ろ姿。


「い、いやぁぁぁ!!!」


 母上はすぐに父上の元に駆け寄り、その死体を抱き抱え、大粒の涙を流す。

 従者は近付けさせまいと、母上を庇うかのように僕の前に立ち塞がる。


「どうして……どうしてこんなことをしたの、ユダ!?」


「どうしてって……世界を救うためです! 勇者になるためですよ!」


 母上も従者も、僕のことを軽蔑するような目線を向けてくる。

 まぁ、無理はない。母上達には、僕がどれほどの強い思いと覚悟を持って、この行為に至ったのか、分からないのだから。


「母上、覚えていますか? 子供の頃に、僕の目の前で燃やした、あの絵本を」


「……あの忌々しい勇者の本のこと? アナタ、まさか!?」


「あの絵本を読んで以来、僕の心は勇者に囚われ続けている! 勇者と言う、いくら手を伸ばしても届かない存在に!」


 僕の熱弁に押されて、少しずつ後退りを始める従者。


「必ず手に入れられない物ほど、魅力的に輝くものはありません! 必ず手に入れたい、この執着に近い願いを、願望を、遂に手に入れることができたのです!」


「それ……本当に言っているの?」


 僕のことを真っ直ぐに見つめる母上の目には、涙が溢れている。

 しかしこの涙は、父上が死んだことへの悲しみのものではない。僕が父上を殺したことへの失望や不甲斐なさが込められた涙だ。


「お前は……お前なんか、もう私達の息子ではない! 悪魔でも、魔王を継ぐ者でもない!」


 父の骸を静かに下ろし、立ち上がる母上。従者を下がらせ、入れ替わる形で僕の前に立つ。

 母上の怒りと憎悪の鋭い目と、僕の固い意思を帯びた目が、空中で交差する。


「我々悪魔に仇なす者め! お前はここで殺す!」


 腕を突き出し、前方に魔法陣を展開する母上!

 続いて従者も攻撃の構えをとる!

 後ろの扉の方からは、ズタズタと大人数の足音が聞こえる。母上の声を聞いて向かって来ているのか!


「クソっ、母上が新たな魔王となるか……」

 

 魔王は殺す、それが勇者である僕の務め。

 

 しかし僕はまだ、魔法や格闘等の戦闘が上手い訳では無い。

 父上を殺すことが出来たのも、不意を突いたから。真正面から2人と戦えば、恐らく負けてしまう。

 その上、多くの従者達向かって来ている……仕方ない。


「僕は勇者だ。こんな所で、死ぬ訳にはいかない!」


 僕は強く床を蹴り、前に向かって走り出す!


 母親に攻撃するためでも、従者に攻撃するためでもない!


 この部屋の窓に突っ込み、外に飛び出すためだ!


 全身で窓を突き破り、遥か遠くの地面へと迫っていく!


 暴れる身体をなんとか制御できたところで、折りたたんでいた背中の2枚の羽を広げ、滑空する!


「逃すな! ユダを追えぇ!!!」


 遠くから従者に命令する母上の声が聞こえてくる。追っ手を寄越す気だな?

 

 今の内に逃げないと……逃げないと殺される!

 勇者が殺されてしまっては、この世界は永遠の闇に包まれてしまう! それだけは許されない!


 遠くへ……もっと遠くへ! 僕と言う、世界を救う希望の光を消さないために……。




 ――あの日から、数日が経った……。

 父上を殺した自分を捕まえんと、多くの悪魔が至る所に蔓延はびこっており、僕は逃亡生活を余儀なくされた。


 フードを被って顔を隠し、奴らの目の届かない森の中に身を潜める。


「クソっ、こんなことになるなんて……」


 もっとこう、勇者として煌びやか且つ堂々としていけると思っていたのに……思い描いていたのと真逆の状況じゃないか……。


 どうにかして現状を打開しないと……このままでは、世界が悪魔に覆われてしまう。

 どうすれば……。


 考えを巡らせていたとき、声が聞こえてきた。


「っ!?」


 すぐに木々に隠れ、バレないよう声のする方向へ視線を向ける。


 現れたのは、ランタンで辺りを照らしながら森を進む人間2人。身なりからして、恐らく冒険者だ。

 耳をすませて、2人の会話の盗み聞きを試みる。


「……最近、悪魔の数が多いな」


「噂によると、魔王が裏切りによって殺されたらしい。その裏切り者を見つけるために、こんなに大量の悪魔が居るんだとさ」


「マジか? その裏切った悪魔サマサマだな? 一度、顔を見てみたいもんだぜ。ガハハハ!」


 ……そうか、1つ思い付いたぞ。


 勇者は人間の間では絵本になるほど有名で、切望されている存在。崇められていると言っても過言では無い。


 そして、今の僕は勇者だ。

 魔物ではあるけど、魔王殺したことに変わりは無い。あの2人の人間の会話を聞くに、どうやら僕のことは噂として広がっている。


 それなら、人間の街に行き、助けを求めれば良いのではないか!?

 自分が勇者であることを証明出来れば、人間達は必ず狂犬乱舞する。


 そして今、僕の手には父上の首飾りがある。これこそが、魔王を殺したことの証明になる!


「いける、いけるぞ! 勇者としての明るい未来が見える!」


 そうと決まれば早速行動だ!

 追っ手に見つからないよう、慎重にこの場から離れる。目指すは、ここから最も近い人間の村。


 人間の皆、待っててくれ! 僕が、勇者が向かうぞ!




 ――翌日。

 時刻は夜。雪が降りしきり、肌をつんざくような寒さが、この逃亡生活を通じて疲弊した僕の身体に応える。


「はぁ……はぁ……でも、でももう少し……」


 もう少しで、最も近場の人間の村に到着する。

 凍り付きそうな身体にムチを打ち、足を前を出していく。


 視界を遮る雪の銀幕に広がる篝火かがりびの光が見える。

 人の明かり、良かった……遂に到着したぞ!


「……ん? おい、誰かが歩いてくるぞ!」


 門番らしき男が、仲間に向かって叫んでいるようだ。

 後ろからゾロゾロと人間が現れ、柵の門の前には5人の門番が集まった。


「おーい、大丈夫か? こんな吹雪の中だと危ないぞ!」


 僕のことを心配してくれている門番の人間。

 これが絵本で見た、人間の同族間での思いやり。いざ現実で目にすると、心温まる。


「あ、あり……がとう。でも……しん、ぱい……はいらない。なぜ、なら……」


 つたない人間語ではあるものの、なんとな門番に言葉を投げる。

 そして、ゆっくりとフードに手をかけ、顔を見せる!


「ぼくは……勇者、だから!」


 顔を見せた途端、1人の女性門番が「キャー!」と叫んだ。

 僕と言う本物の勇者の顔を見て、驚いたのだろう。まぁ無理は無い。絵本やおとぎ話の中から飛び出てきたも同然なのだから。


「あ、悪魔よ!」


「クソっ! 気づかなかった!」


「おい、止まれ! そこから動くな!」


「早く自警団を呼べ! 早く!」


「この悪魔のクソッタレめ! こっち来んじゃねぇ!」


 あ、あれ、どうやら違ったようだ。僕を悪魔だと知って驚いたらしい。

 少しショックだが、この状況は想定内だ。さぁ、僕がただの悪魔ではないことを証明しよう。


「こ、こわがら……ないで。ぼく……は、勇者なんだ。ほら、これを、みて……」


 首飾りを取り出し、彼らに見せるために腕を高く上げようとする。

 

 そのとき、前方から矢が向かって来た!


 真っ直ぐと飛んで来た矢は、首飾りを持っている僕の腕を貫いた!


「ガアッ!!!」


 風穴が空いた腕から力が抜け、てのひらから首飾りが落ち、腕はぶらんっと垂れ下がる。

 穴から血が出てくる。止まらない、止まらない。痛いっ……凄く痛いっ!


「や、やめて、くれ。ぼくは、ぼくは勇者なん……だ」


 こ、この痛さに耐えながら、何とか僕の意思を伝えようと試みる。


「勇者だぁ!? どこでそんな言葉を覚えやがった、このクソ悪魔が!」


「口閉じてろ! このクズが!」


 だ、ダメだ。聞く耳を持とうとすらしていない!


 で、でもここで諦めちゃ、勇者になれない! どうにかして証明しないと!

 この首飾りを見せれば、聞く耳は持ってくれるはずなんだ!


 なんとか首飾りを拾おうとすると、門番が再び矢を放った!

 矢は太ももに突き刺さり、僕に激痛をもたらす!


「うぐっ!」


 立ち上がろうとすると、矢が突き刺さった太ももに痛みが走り、血がにじみ出る。

 片膝を突いたまま、痛みに耐えながら首飾りに手を伸ばす。


 身体を少し動かした途端、再び矢が命中する!


「グギッ……」


 今度命中したのは、僕の肩。しかも2本。


 大量の出血と痛みに負け、遂に僕は身体を動かす気力を失った。

 仰向けの形で倒れ、銀色の地面を紫色に染め上げていく。


 視界には降りしきる雪と夜空、そして自分の浅い呼吸が反映された白煙。

 僕が胸に抱いていた勇者としての明るい未来を否定するかのように、寂しい景観が映る。


「自警団だ、遅くなった!」


「悪魔は! どこにいる!?」


「あそこだ! 倒れているぞ!」


 あぁ……何人かの雪を踏みしめながら、僕の方へ向かって来ているのが分かる……。


 僕は、僕はこのまま死ぬのか?

 夢が叶うと、これから華々しい生を謳歌できると思った途端に、このまま死ぬのか?


 あんまりじゃないか……喉から手が出る程欲しかった物を、やっとの思いで手にしたと思ったのに。

 生殺しにも程がある……死んでも死にきれない……。


 涙で揺らぐ視界の中に、新たに1人の人間が入ってきた。

 あぁ、彼女が自警団の人間か……。


「あっ……あ……あれを……」


 彼女に訴えかけるように、動く方の腕で地面に落ちた首飾りを指さす。


「これは……魔王の、くびかざり、です……」


「……コイツ何言ってるんだ? こんなチンケな首飾りしてる悪魔なんか、いくらでもいるんだよ!」


 そう言って、彼女は首飾りをどこか遠くへ蹴り飛ばした。

 あぁ、そんな……本当、本当なのに……。


 その直後、彼女は僕の目の前に槍を突きつけた。

 

 こ、殺される……嫌だ嫌だ嫌だ!

 ぼ、ぼぼ、僕は……僕はっ!


「ぼくは……ゆ、勇者なんですっ!」


「は? 悪魔のお前が勇者な訳ないだろ?」


 勢いをつけるために、槍を持つ腕を引く彼女。


「勇者はな、人間しかなることが出来ないんだよ。悪魔のお前は、サッサとくたばれっ!!!」


 ――


 ――――


 ――――――


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【短編】悪魔の僕は、勇者になる夢を見る。 厨厨 @tyuutyuutyuuni

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