◇2話 窃盗

 スーパーアイロン、全国チェーンながらに地域が発展していくうちに生鮮食品以外も取り扱うようになった……デパートに近いような場所だ。その分だけ多くの商品を残しているだろうけど……代わりに多くの魔物が中にいる。


 そこら辺は何度も死んだ事で学んだ内容だ。

 死の運命が迫ろうが何も手に入らずに死んだ事なんて一度も無い。無数にある選択肢の中で非効率的なものを少しづつ排除していく行為、百は優に死んだとしても無限のように続く選択肢の一部しか消せてはいないからな。


「ブギィ!」

「悪い、知っていた」


 これのために時間を調節してアイロンまで来ているんだ。何も考えずに来たわけでは決して無い。入口付近で女性の遺体を食らっていたオークの頭を切り飛ばして横に振る。


 死んだ女性の体が白く汚されている辺り何度も犯されてから殺されたのだろう。……何度も見ている光景のはずなのに慣れはしないな。いや、多少は慣れてきているのか。最初の頃は遺体を見ただけで吐いていたんだ。


 仁と一緒に行動して逃れられない運命を心と体の両方で理解した。アイツが苦しんで死ぬ世界なんて見たくは無かったから単独で動く世界を選び始めたんだ。アイツが死ぬ姿をまた見たら次は生きる事すら望まなくなるかもしれない。


「……四日目を迎えられたら供養します。だから、今だけは静かにお眠り下さい」


 犯された後の遺体、食い散らかされた遺体、頬に涙の後が残る子供の遺体……遺体、遺体、遺体、遺体、その死があって今の俺はこうやって安全に進めているんだ。多少は恩を返しておかないと祟られそうだよ。……まぁ、回収する一番の理由はそこじゃないが。


 現れた魔物の首を切り落としてから素材を回収して遺体も回収する。何十といようが大きく見開かれた目だけは絶対に閉ざしておいた。死んだ後くらいはせめて恐怖すら感じない平穏な世界に……それが俺の望む結末だからな。


 さて、入口付近はある程度、制圧が完了した。奥には未だに何十匹とオークやゴブリンがいる事は分かっている。だけど、ソイツらは過去の経験上で話すと人を襲っている最中か、食らっている段階のはずだ。


 悪いけど……助ける気は無い。前に助けて良いように扱われた経験があるからな。申し訳ないという気持ちはあっても助けたのに文句を言われるのは真っ平御免だ。それに回収しておきたい道具の大半はここにある。


 例えば薬、アイロンの入口の真横に薬局があるから早めに回収しておきたい。そして少し進めば服や靴とかが並んでいる。そこら辺も衣類が消耗品のような今の状況では持っておきたい。後、生き残れた時に仁達に分けてあげられるようにもしておきたいから……。


「これだけあれば十分か。後は……食料品と洗剤や水分があると楽だな」


 思いの外、異次元倉庫の容量である一トンというのは少ないんだ。特に人の遺体を回収しておくとなれば余計に足りなくなる。だから、回収するのは本当に無いと困るものに限定しておかないといけない。


 まずもって肉類は要らない、それはオークの肉で幾らでも代用出来るからな。取るとしても野菜や魚だけでいい。そうやって頂いていく物の取捨選択をしておく。……まぁ、過去の経験で効率的なルート取りは既に心得ている。


 入口付近で十五分程度……それだけで中にいたはずの元客達はその生命を終えている。分かっているさ、こんな事は人として正しくは無いって。でも、それで俺が死ぬ道を選ぶ理由にはならない。


 ただ……好きなようにさせるのも気分が悪いな。




「ここからは……憂さ晴らしだ」

「プ、ギィ……!」

「衆合地獄、針山」


 無数の刃を地面に生成して近くにいる魔物達を駆逐していく。これで浮遊剣を行うより消費MPが少ないというのも驚くべき話だが……やはり、多対一となれば全体攻撃が楽でいい。


 目の前にいたオーク達の灯火が消えた瞬間に刃を消し去って先に進む。今ので十一体、残りは三十三体だったはずだ。……大丈夫、魔力はまだまだ余分な程にある。少しだけ気分は悪いけど近接戦で困る事も無い。


 ゆっくりと歩きながら次のエリアに向かって歩みを進める。進む中で必要な物を回収しておく事も忘れない。このルート取りなら重要な部分は後回しにするから片手間で回収できていいんだ。ここで回収が終われば家に帰って少し休める。そこまで頑張れば多少は無理をしてもいい。


「衆合地獄、針山」

「ギ、ギギ……!」

「睨んでも無駄だよ。いいだけ楽しんだのだから死んだとしても悔いはないだろう」


 後は……生鮮コーナーにいるオークとゴブリンの群れの撃破だけ。ただ今の時間ならちょうど殺した女性を犯している最中のはずだ。……中を見ないようにして範囲をイメージして、そして放つ。


 足音は聞こえない、聞こえるのは荒くなった俺の呼吸音だけだ。これでアイロン内の魔物の討伐は完了した。後は遺体回収と缶詰とかの必要な物を集めていくだけ。……はぁ、余計な魔力を使い過ぎたな。


 今回の俺はどうにも割り切れていないらしい。この吐き気は最初の時以来だし、寒気だって同様にしてしまっている。……ああ、何か今までと違った事でもあったっけか。まぁ、考えている暇なんて無いんだけどな。


「と、忘れるところだった。確か……」


 はぁ、やっぱり職業欄に盗賊が付いていた。

 いや仕方がないとは思う。それに学生よりも盗賊の方が強い事は今までの経験上、身を持って実感しているからいいんだけどさ。それでも生き残るためにやった事で法に沿っていないからと言われるのは癪でしかない。何のためにやっていると思っているだと苛立ちもする。


 とはいえ、これで戦闘面でそれなりに使える職業を手に入れたわけだ。職業の入れ替えは簡単に出来るから……人と関わる時くらいは学生に戻しておこうか。後は家に帰って仮眠を取ってから夜に魔物狩りに向かうだけ。


「……これで最後だ」


 缶詰は一通り回収させてもらった。

 後はお湯とかがあれば食べられるパックご飯だったりレトルト、お菓子とかも……それと紙皿や割り箸なんかは全部貰っている。燃料にもなるし道具としても優秀だしで持っていて損がない。


 ここから本気で走って五分……問題は無いな。

 ただ道中にいる魔物に時間をかけてはいられないから見逃すしかないか。いや、いい……いたとしてもオークやゴブリンが十体いるかどうかだ。殺したとしても大した経験値にはならない。それにかける十分間を睡眠時間に回した方がいいな。


「た、助けてくれ!」

「嫌だ! 死にたくない!」


 怒号、悲鳴……それら全てを無視して家の屋根屋根を飛んで走っていく。俺は知っているんだ。今はまだ魔物の数が少ない状態だって。今の時間帯に頑張ったところで大した経験値は稼げない。


 これが夜になると大きく世界が変わる。

 現れる魔物がオークやゴブリンだけではなく、鳥系や虫系の魔物だって増えていくんだ。そっちの方が多くの群れを作ってくれるし、個々の経験値も強さに比例して多いから今はさっさと休みたい。


 四階層のマンションの304号室に駆け込んで思いっ切り扉を閉める。今だけなんだ……虫系の魔物が現れればゆっくり寝られる時間すら取れない。それに今回は未だに行った事の無い南側にある山の方向へと向かおうと思っていたんだ。


 今だけは……静かに眠らせてくれ……。




「仁……生き残ってくれよ……」


 ベットに身を委ねて瞳を閉じる。

 目覚まし時計の設定を四時間後にしておいたから寝過ごす事は無いはずだ。……そう……何回も繰り返してきて失敗した事は無かった……今はゆっくりと眠るだけ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リンカーネーションに終焉を 張田ハリル@伏線を撒きたいだけのオッサン @huury

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ