第5話 人は見た目じゃわからない
嘘でしょー……っ!
「っ~~~~~っ!!!」
「谷村……もういいから、普通に笑ってくれ……【我慢されるとこっちが居たたまれない……】」
黛部長の、普段は逆ハの字の眉が完全に困った風なハの字になっている。
眉間の皺なんてどこへやら、今は強面だけど心底困惑した(ついでに顔真っ赤な)男性がベッドの横にいるだけだ。その上、彼の意識の声は弱り切っていて、それがまた私のツボをついた。
まさか思わなかった。
一見して堅気には見えない怖い人が、女の(っていうか私の)下着姿の足ごときで赤面するだなんて。
なんか……可愛いかも……!
こう思ってしまうのは無理もないと思う。
それに正直なところ、彼が意識の声で言ってくれた「綺麗な女性」というのが嬉しくて。
「っふふ、あははっ、す、すみません部長……っ! こ、堪え切れな……っ」
「不甲斐ない……」
片手で口元を押さえながら、ぶくくく笑いを堪えきれずに、私は黛部長が促してくれた通り声を上げて笑ってしまった。
そんな私を見ながら、困り顔の部長はがっくりと肩を落とし呟いている。
ベッドの横で大きな男性が項垂れている構図は、なかなかもってインパクトが大きい。
人間、見た目じゃわからないと言うけれど、まさかこんな厳つい人がこうも初心な反応をするだなんて、予想外にも程がある。
だけど、ものすごく面白いとか思ってしまうのは彼に失礼だろうか。
おかげで幾ら職場の人間といっても男性の家に、それも下着姿でいるというのに、緊張感がまるでない。この場合は感じる前に吹っ飛んでしまったという方が合ってる気もするが。
「いいえ。私こそご迷惑ばかりおかけしてすみません。ええと……よ、っと。はい、今はちゃんとスカート履きましたので、大丈夫です」
私はひとまず上掛け布団の中でさっとスカートを履き、今度こそちゃんとベッドから出ようとした。
(スカート履くんで出てって下さいとは言いづらくて)
が、ベッド横に足を下ろした時点で、ぬっと大きな手が伸びてきて立ち上がるのを制止される。
「あの?」
「……君は倒れたばかりなんだから、そう直ぐに動くもんじゃない。とりあえず水分を取りなさい。……コーヒーと紅茶なら、どっちがいい?【心配だからまだ様子を見たい。だが俺にこんな風に言われても、怖いだけだろうか】」
人様の、しかも男性のベッドにいつまでも居座るわけにいかないだろうと思って出ようとしたのに止められて、少し驚く。しかしかけられた言葉と同時に聞こえた声に、ああ成る程、と納得した。
どうも黛部長は私の体調を気遣ってくれているらしい。
なんだか……見かけによらず、初心だし優しい人なんだなぁ。
その証拠に、彼からは邪な声が一切聞こえてこなかった。
心配してくれて、さらに私が怖がるかどうかも気にしてくれている。
彼はきっと、すごく『いい人』だ。
「え、えーっと……それでは紅茶で」
「わかった」
黛部長は返答を聞くと、そのままさっさと部屋を出て行ってしまった。
私は彼のベッドの端に腰掛けながら、閉まった木製ドアをぼんやり見つめた。
その向こうにいる人の外面と内面のギャップを、なぜか嬉しいと思いながら。
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