第4話 寝ると裸族ですみません!

「っきゃあああああああっっっ!!!」


 ばふんっ!! と盛大な音を立て再びベッドに潜り込んだ私は、内心大絶叫をかましていた。

 (実際叫んだ覚えもあるが)


 慌てながら上掛け布団を頭からすっぽり被り、さながら蓑虫状態で縮こまる。


 なぜに……っ!?

 なぜに私は下半身パンツ一枚なの!?

 どういう経緯で!?


 いや空港で部長の声がして倒れたんだけど、だからってなんで下半身パンツ一枚よ!?

 わ、わけわかんないーっ!!


【み、見てしまった……しかしこれは不可抗力……いや、だが謝るべきだろう。にしても……】


 私が布団にくるまっていても、黛部長の声は直接心に語りかけるみたいに聞こえてくる。


 羞恥で粉塵爆発しそうになりながらもそれにじっと意識を澄ませていると、なぜか突然ごにょごにょと、小声で呟くような声音が響いてくる。


【綺麗な……足だった……思わず触れたくなるような……って俺は何を考えているんだ!】


「ふぁいっ!?」


「谷村? 大丈夫か?」


 思いがけない『感想』を聞いて、つい間抜けな声を出してしまった。

 そんな私の奇声に黛部長が心配げな声をかけてくれる。


 まさか自分の心の声が私に筒抜けになっているとは思ってもいないのだろう。


 というか……今、何やら足を褒められた気が。


 黛部長って足フェチ……?


 いやこの場合そういう話じゃないか?


「だ、大丈夫です……! その、自分の格好に驚いただけなので……」


 強面無表情がデフォルトである部長がまさか女の足程度でそんな感想を抱くとは思っていなかったから少し驚いた。意外性の方が大きくて、嫌悪感なんて全く沸いてこないのが自分でも不思議だ。


 それに段々冷静になってきたせいか、布団の中でふくろはぎ辺りに何か触れているのに気が付いた。

 片手でがさごそ漁ってみると、どうも私のスカートみたいだ。というかこの感触は絶対そうだ。


 そこまでわかったところで「やっちまったな」という罪悪感がぶわりと浮上する。


 ああああ……私、寝ると脱いじゃう癖があるんだよなああああっ。


 またやったの! 私! 


 ここで! まさかの黛部長宅で! 

 我ながらど阿呆め!


 『明日香は寝ると裸族になるよね』と昔家族から言われた言葉が、今は心に重くのしかかる。


「いや、俺こそ見てしまってすまなかった。念のため言っておくが、俺は君をここに寝かせただけで、それ以外は一切手を触れていない。なので、その……恐らく君が自分で脱いだのだとは思う……証明は難しいが……」


「あ、いえ、心配しないでくださいっ! 疑ってなんていませんのでっ。私寝てしまうと服を脱ぐ癖があるのでたぶんそのせいです。むしろこちらこそお目汚ししてしまい大変申し訳ありませんでした……!」


 気まずそうに弁解してくれる黛部長に、内心土下座しながら説明すると、どこかほっとしたような気配がした。

 

 申し訳なさに最早ベッド毎地底の底に埋まりたい気分だったが、そうもいかないので恐る恐る顔を出してみる。

 すると、こちらをのぞき込む黛部長の姿があった。


 というか、なんだろ、これ。

 この違和感は……?


 私を見る黛部長の顔が『なにか変』で、不思議に思いながらゆっくり身体を起こす。


 上のシャツは着ていたのでそれは支障がなかったけれど、なんというか、言い方はあれだけど黛部長の顔はとてつもなく支障があるようだった。


「あの、部長…・・・?」


「何だ」


「そのー……」


 問いかける私と、私を見返す部長。


 重ねて言うが黛部長は普段「三白眼の強面、無表情」が基本設定の、一見して堅気には見えない男性である。

 の、筈……なんだけど。


「顔……真っ赤……」


「……」


 告げると、無言の肯定が返ってきた。


 って嘘でしょ。

 これ、幻覚じゃないわよね?

 

 だって。

 

 だって部長ったら。


 自分が今見ているものが信じられなくて、まじまじ目の前の人を凝視する。

 すると黛部長の眉間にぎゅっと皺が寄った。


 それはたぶん会社ならば「お願いします命だけはお助けください」と土下座する勢いで恐ろしい表情の筈だ。

 だけど今は。


 今の、彼の顔は―――『真っ赤』だった。


 ええええええ。


 ええええええっ!?

 

 ま、黛部長が! 茹で蛸! まさにタコ!

 いや悪口じゃなくて!

 

 見事に真っ赤っか!

 ホントにのぼせたみたいに真っ赤なんですが!!


 今さっきまで平常通りだった彼の顔は今や、鍋で茹でたみたいに真っ赤になっていた。


 それも目付きの悪い三白眼はそのままに、眉は逆ハの字で、口はへの字で、怒っているんだか無表情なんだかどっちともつかない表情で、だけどやっぱりおでこからほっぺたから、首やら耳までを赤く染めていて。


【っく……! バレたか……っ 仕方ないじゃないか、こんなに綺麗な女性の下着姿なんて見せられたら、俺だって照れもする……っ!】


 口元は一切動いていないのに雄弁すぎる彼の心の声に、私は思わず、口元を押さえながら爆笑してしまった。



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