第2話 愛猫がくれた不思議な能力

 私はかつて、猫を飼っていた。


 過去形であるのは、今はもうこの世にいないからである。


 一匹の三毛猫。もちろん雌だった。


 子猫の時に道端で拾った子だったけれど、享年十三歳。人間に例えればおよそ七十歳近くだというから、かなりの大往生だったと言える。


 家に来たとき、猫の代表的な鳴き声の「にゃあ」ではなく、「め~ぃ」という変な鳴き方をした為「メイ」と命名された。当時私がたぬきなんだかモグラなんだかよくわからない動物の癒し系アニメが好きだったから、というのもある。


 ともあれ私とメイは、まるで本当の姉妹の様に―――同じ時を過ごし、成長した。

 彼女は見た目、本当に猫らしい猫だった。


 子猫の頃はふわふわの綿毛の様だったのに、大きくなると非常に色柄の綺麗な三毛猫へと成長した。


 両親も共働き、兄弟も居なかった私にとっては、ペットというより真実『家族』という認識だった。


 学校から帰ると一番に声を掛けるのは彼女にだったし、寝るときは必ずメイと一緒だった。




 そして彼女はいつしか歳を取り、涙も鼻水もだらだら流す私の目の前で、その人生の幕を静かに下ろした。


 最後を看取れた事は、今となっては良かったのだと思う。けれど当時の私は、俗に言う「ペットロス症候群」にどっぷり沈んでいた。


 何をしても、家の中のどこにいても、メイの名残が感じ取れて。

 もっとしてやれる事があった筈ではないかという後悔の念が、暗く心を覆っていた。


 学校や友達にかまけて、彼女の相手が出来ていない時もあった。


 彼女はあの柔らかな毛並みで、いつでも私に寄り添ってくれたのに、と。

 そんな風に、陰鬱な日々を過ごしていたある日、私は夢を見た。


 薄く光る霧の中、ひときわ大きく輝く霧の塊。

 その中に、何匹もの猫達が飛び込んでいく。

 躊躇いも無く、堂々と。


 いつの間にか、私の足元には数え切れないほどの猫達が集まり、皆それぞれに、その光る大きな霧の塊を見つめていた。


 そしてその中に―――メイも居た。


 「メイ」と小さく呼んだ私の声に、彼女が振り向いた。黄色く大きな瞳が、細めた瞳孔でじっと私を見据えた。


 夢で、会えた―――そんな風に思って、メイに近寄ろうとしたその時だった。


 ―――彼女が吠えた。


『――――――っ!!』


 来るな、と言われた様に聞こえて、私は思わず立ち止まった。するとメイはこちらに向けていた視線をふいと逸らし、霧の塊の方へと歩いて行く。


 追いかけたいのに、足が動かなかった。


 メイの背中が「もう一緒に遊べないよ」と言っているようで、私の足はその場から動くことが出来なかった。


 そうして、去っていく彼女の後ろ姿と共に目覚めると、この能力が宿っていたのだ。




 『猫好き40OVER』


 私は自分の能力を、そう呼んでいた。


 『猫が好き』な『四十過ぎ』の『男性』。


 この三か条に当てはまる人だけが、私の能力の影響を受ける。該当するその人の意識が、私の思考と重なり、その人の考えている事がわかるのだ。


 馬鹿馬鹿しいけど、本当である。


 なぜ猫好きなのか、なぜ四十過ぎなのか(もっと若くても良かった気がしないでもない)なぜ男性にだけ限られているのか。


 疑問を上げればキリがないけれど、経験上そういう物だったのだから仕方が無いのだ。


 考えが読めると言えば、まるで超人の能力みたいに思えるけれど、実際経験してみるとそんなに良いものでも無かったりする。


 聴こえてくるのは、心地良いものばかりではない。


 猫が好きだからといって、善人とは限らないからだ。


 けれど今の会社では、該当する人が少ないのかほとんど『声』は聴こえてこなかった。

 通勤する電車で出くわす事はあるけれど、離れていれば通常の音にかき消されてそれほど気にもならなかったのだ。


 だから安心して、毎日を過ごしていたというのに―――


【大丈夫か?】


【心配だ】


【連れてきてしまって良かったんだろうか……しかし】


【疲れているんだろうか】


【仕事で無理をしているのか?】



 同じ声が、いくつも脳内で木霊する。


 けれど響いてくる声は、どれも暖かく、優しく心を包んでくれる様なものだった。



「―――ん」


「気がついたか」


 瞼を開けるのと同時に【良かった】という安堵の声が、誰かの声に遅れて聴こえた。


 ゆっくりと、クリアになった視界には、一人の見知った男性の顔があった。


 え、あ、ええ?


 顔の主の名前を思い出し、同時に混乱した。


 ま、黛部長!?


 キツめの三白眼が、至近距離で私を見下ろしていた。


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