第三十話 覚悟と改築
ロイヤーを瓶に閉じ込めたリウは、軽やかに瓶を指で回しながら俺に近付いてきた。その仕草にはどこか無邪気さがありながらも、底知れない違和感を覚えた。
「ど、どういうことだよ……! お前、まさか……!」
「ふふっ、凄いでしょ? おじいちゃんの発明なの」
リウは笑顔を絶やさず、俺に瓶を差し出してきた。俺は恐る恐る瓶を受け取り、中身を確認した。先程まで俺を襲ったロイヤーは、赤い砂となって瓶の中に静かに収まっていた。
「……確かにロイヤーだったよな。何をしたんだ」
「これはね、デストロイクリスタルを加工して作った模造ロイヤーなの」
俺はリウの言っていることが理解できず、思わず眉をひそめた。
「模造……?」
「ロイヤーってデストロイクリスタル一つで誕生するでしょ? おじいちゃんはそのデストロイクリスタルを改造して、新しいタイプのロイヤーを生み出したの」
リウは俺から瓶を受け取り、再び砂を地面に撒き散らした。すると、赤い砂は勝手に動き出し、ロイヤーの体を構成した。
「私達はネオロイヤーと呼んでいるの。凄いでしょ?」
「……それをなんで俺にぶつけたんだ」
俺がリウを睨み付けると、リウは慌てて両手を挙げた。
「ち、違うの! 君達が特訓してるのを見て、どれだけ強いか確かめたくて……」
「何のために!」
俺の苛立ちが声に乗ったその時、背後から冷静な声が響いた。
「お二人とも、一体どうしたんですか?」
「えっ、あっとね、これは……」
リウが状況を説明しようとした瞬間、レイの鋭い視線がリウに向けられた。その緊張感に、リウは少し怯えたように後ずさりする。
「……その砂、デストロイクリスタルですか?」
「えっ……」
ところが、レイにはすぐに見破られてしまった。レイは俺が肩を押さえている様子を見て、腰から剣を抜き取った。
「レヴァンさんを襲わせたんですか」
「ま、待てレイ!」
俺は慌てて彼女の腕を掴んで止めた。リウは怯えた表情を浮かべながら深々と頭を下げる。
「ご、ごめんね! 別に危害を加えるつもりはなかったの。ただ、君達がどれだけ強いのか知りたくて、ちょっとしたテストを……」
「テスト……?」
レイが冷静な声で問い返す。俺はその場に立ち尽くしながら、リウの意図がますます分からなくなっていた。
「そ、そう。君たち、デストロイヤーについて詳しいみたいだし、実力もあると思ったの。この国の人がどうやってデストロイヤーに立ち向かうのか、この目で見たくて……」
リウの声はどこか躊躇いを含んでいたが、その中には確かな好奇心が混じっていた。俺はその言葉に違和感を覚え、彼女に問い詰めた。
「この国の人って……お前、ルナルス国民じゃないのか?」
俺がリウに尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「そう、私はカナ国出身なの」
「カナ国って、確かシャードリストを作った国の?」
俺はリウの手首に視線を落とした。よく見てみると、彼女の左手首には、レイと同じ様にシャードリストが装着されていた。
「そうだよ。この世界の人ってどうやってデストロイヤーと戦っているか、この目で見てみたかったの。カナ国も兵器の研究は進んでるけど、それでもデストロイヤーの脅威を完全には抑えられていないから……」
リウの言葉に、俺もレイも複雑な表情を浮かべた。確かにリウの話には一理ある。しかし、いきなり命の危険がある行為を仕掛けてくるなんて、到底納得できるものでは無かった。
「……そういう事情だったとしても、命の危険がある行動は軽率過ぎます」
レイは厳しい口調でそう言った。リウはしゅんと肩を落としたが、それでも小さな声で反論した。
「でも、ネオロイヤーは本物のロイヤーほど強くないし、もし危なくなったらちゃんと止めるつもりだったの……」
「……ちょっと待って」
その時、俺はリウが持っていたネオロイヤーに関して、ある考えが浮かんだ。それは危険を伴う行いだと分かっていたが、試す価値は充分あると思っていた。
「……リウ、そのネオロイヤー、俺に貸してくれないか?」
「えっ?」
「な、何を言ってるんですか」
背後からレイの声が飛んできたが、俺は反対を押し切って、懐からディザイアースキャナーを取り出した。
「代わりに、こいつを貸してやる。実験にも何でも使ってくれ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
レイが慌てて俺の肩を掴む。その瞳には明らかな動揺が浮かんでいた。
「何を考えてるんですか、まだ彼女が人間なのか断定できたわけじゃ無いんですよ。そんな簡単に相手を信じて……」
「あいつの素行を見ただろ。アルフとかとは違う、れっきとした人間だ」
「……仮にそうだとして、あなたがロイヤーを特訓相手にするのは危険過ぎます! 万が一のことがあったら……」
「違うんだレイ!」
俺はレイの肩に両手を乗せ、彼女の目を見つめた。
「俺は……お前が言った通り、弱い今の自分が嫌なんだ。お前が俺を何度も庇って、その度にお前が傷付いているのをずっと悔やんでいるんだ」
「……レヴァンさん……」
俺はポケットから、アクアマリンが持っていた家族写真を取り出した。写真に写っている三人は眩しい笑顔をしていた。それなのに、俺はどこにも写っていなかった。
「家族もそうだ……あの時の俺は、弱い自分と向き合うこともできず、ただの嫉妬や小さな恨みで家族を見殺しにした。そんな男だから、こうやって皆と写真に写せて貰えなかったんだ」
写真を握り締める手が震える。俺は深く息を吸い込み、言葉を続けた。
「でもお前は俺を見捨てなかった。自分でも分からないくらい、俺はそれが嬉しかったんだ」
「……レヴァンさん」
俺はポケットから指輪を取り出し、彼女に差し出した。
「そんなお前だから頼みたいんだ。これを一人でも守れるようになりたい。これの持ち主は、家族と同じくらい大切な人なんだ。だから、少しくらい危険を背負うことになっても、許して欲しい。それに、俺の敵はデストロイヤーだけじゃない。あの仮面の男も、いつかこれを壊しに現れるんだ。そんなことになったら……」
「……」
俺の言葉に、レイは何も言わず黙ったままだった。沈黙の時が流れる中、彼女がどんな想いを抱えているのかを考えると、自分の胸の奥が締め付けられるようだった。それでも、俺は真剣に彼女と向き合った。
「……約束する。お前が守ってくれた命、絶対無駄にはしない」
レイはしばらく黙って俯いていた。そして、言葉がようやく届いたのか、レイは顔を上げると小さく頷いた。
「……分かりました。あなたの願い、しっかり受け止めます」
その声は小さく、だが確かな決意が籠もっていた。
「……ありがとう」
「ただし、使って良いのは私がいる時だけです」
彼女の目が真っ直ぐ俺を射抜いた。その強い視線に、俺もまた真剣に頷いた。
◇
俺は夕方まで、木登りに励んだ。朝と比べて早く登れるようになったとはいえ、まだ両手を使わなければ到底登れない。レイのように手を使わないで行けるようになるには、遥かに多くの時間と努力が必要だと痛感した。
「はぁ、はぁ……!」
全身から滝のように汗が噴き出し、手の平にはマメができていた。ここまで運動したのは初めてで、言葉にできない痛みが両手に広がった。
俺が木の上から二人を探していると、レイが何か大きな鞄を背負って小屋を出ていた。
「レイ? 何をしてるんだ?」
「リウさんが小屋を改装してくれるらしいんです! しばらくリウさんの倉庫で寝泊まりさせて貰うんですよー!」
そう言った瞬間、小屋の屋根からリウが姿を現した。
「一ヶ月はかかるけど、我慢してねー!」
「一ヶ月か……」
仮面の男との再会まで、もうあまり時間は無い。この一ヶ月、俺に残された選択肢は一つしかない。全力を尽くして、基礎体力を限界まで鍛え上げることだ。せめて、ロイヤーと対等に渡り合えるくらいまでには……。
(……あいつ、一体何者なんだ……)
仮面の男の謎は深まるばかり。しかし、それでも諦める訳にはいかない。この指輪のためにも、自分のためにも……。
俺は息を整え、手の痛みを堪えて再び木の枝を掴んだ。
現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)
現在使えるネオクリスタル 二個(アクアマリン・ガーネット)
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