第二十九話 木登りと稽古
◇
リウに蛇鍋をご馳走してもらった俺達は、倉庫を後にした。振り返ると、リウが窓から顔を出し、大きく手を振っていた。
「じゃあねー! 次は君達の料理も食べさせてよー!」
「は、はい……」
レイが気まずそうに微笑み返した。
森の小道を歩きながら、俺とレイはリウの明るさにどこか救われたような気持ちになっていた。だが、それと同時に、俺の胸には小さな焦燥感が芽生えていた。リウの言葉が心に響いて離れなかった。
『秘訣その二。他人を助けることに理由を付けない』
レイもリウも、勇敢で優しさを秘めていた。だからこそ二人は、ここまで生きていくことができたのだ。
「にしても……結局蛇は食べられませんでした……」
「……」
レイに話しかけられても、俺はずっと考え事をしていた。仮面の男に渡されたこのスキャナーを、本当にレオンに返すのが正解なのか……。
(……確かに、これは俺のものじゃないし、俺が持つ資格も無い。けど、俺はあいつらのように守りたいものがある……)
俺はポケットからスキャナーと指輪を取り出した。この指輪は、これをくれた人のディザイアークリスタル、つまり願いだ。これを守るのが、俺の生き甲斐だったのだ。
「レヴァンさん?」
レイの声にハッとして、俺は彼女の方に振り返った。
「……いや、お前もリウも、一人で生きていけるのを見て凄いなって思って……」
俺の呟きに、レイは歩く足を止めた。
「……俺には指輪があったから、生きていないといけない理由があったから生きていけた。でも、これが無かったら分からない。もうここにいなかったかもしれない……」
「……」
「そう思うと、何も残されていなくても生きていくことができたお前達って、やっぱ尊敬しかしないよ……」
そう言いながら、自分が情けなく思えた。生身の状態では完全な足手纏い、クリスタルスキャナーを使ってやっと並べるかどうかのライン。悔しくて仕方無かった。
「レヴァンさん……」
その時、レイが俺に近付いてきた。
「……私が、稽古をつけて差し上げましょうか?」
「……えっ?」
思いがけない言葉が飛び出してきて、俺は驚きと戸惑いで言葉を失った。
「あなたは今の自分に満足してませんね? 私なら、あなたを変えられるかもしれません」
「でも、俺は運動はからっきしで……昔、木登りくらいならよくやっていたけど……」
レイは森の中をゆっくりと歩き回りながら、夜空を見上げた。
「初めから才能が開花している、俗に言う天才という部類の人間は中々現れません。つまり、スタートラインは私と同じです」
「……そう言われても……」
レイは俺の目を真っ直ぐに見つめ、静かに言葉を紡いだ。
「私も最初は普通の子供でした。ただ、守りたいものがあったから、強くなりたいと思った。それだけです。だから、あなたもきっとできます」
その言葉に、俺はしばらく何も言えなかった。自分の無力さを感じていたけれど、レイの真剣な目を見ると、何かを諦めたくない気持ちが湧いてきた。
「レヴァンさんは強いです。自分では気付いていないだけで……あなたには心の強さがあります。どんなに強大な悪を前にしても諦めず、何度でも立ち上がる。その心さえあれば、あなたは更なる高みを目指せるはずです」
「心の強さ……」
レイの言う通り、俺は今の自分に不満を抱いている。自分はただの足手纏い。自分だけならまだしも、レイにまで危害を加えてしまうかもしれない。
諦めずに何度も立ち上がれば、違った世界が目に映るのだろうか。
「……お前なら、それが可能なのか……?」
「……やれる限りのことは」
俺はポケットに手を突っ込み、スキャナーに触れた。この先、再びデストロイヤーとの戦いが待ち受けているかもしれない。言葉も場所も分からないこの世界では、甘い考えは捨てた方が良いに違いなかった。
「……レイ、俺の方からお願いする。俺を……強くしてくれ」
「……はい」
月明かりの下、俺はレイと新たな誓いを交わした。
信じよう。レイが見せてくれる新たな世界を、そして自分の心の強さを。
◇
次の日、炎天下で稽古が始まった。考えたこともない、過酷な特訓が始まる。
……そう思っていた。
「……何するって?」
「木登り、得意だったのならその感覚を覚えましょう」
レイは小さな木に手をかけ、そう話した。それなりの太さをした木の枝が均一の高さで生えており、木登りには最適だった。
言われるがまま、俺は細い木の枝に両手を乗せて、体を持ち上げた。
「うわっ……!?」
ところが、思った以上に体が重たく、持ち上がらなかった。重たいというか、腕力が足りず、ここまで軽い体が全く動かないのだ。俺はバランスを崩して、地面に倒れてしまった。
「痛っ!?」
「……これは、思ったより深刻かもしれませんね……」
その様子を見て、レイは考え込む仕草を見せた。俺は体を起こし、レイに尋ねた。
「で、今日は何するの?」
「とにかく、木登りの感覚をしっかり思い出して下さい。昔やったことがあるなら、きっと上手く行くはずです」
「……」
木登りできたところで……と思いながら、俺は再び木の枝を掴んだ。体を無理矢理持ち上げ、何とかお腹を木の枝に乗せることができた。
「はぁ、はぁ……」
しかし、これだけで体力が既に限界に来していた。とても次の枝を掴めそうになく、枝の上で腰を下ろして息を整えていた。
「大丈夫ですか?」
すると、レイは手を使わず、木を蹴って枝の上に飛び乗った。まるで鳥のような軽やかな動きで木の枝に登ると、俺の隣に座った。
「……やっぱり、俺じゃキツイかもな……」
「そんなことありません。私も最初はほとんど登れませんでした。ですが、毎日続ければ変化に気付きますし、楽しくてやめられなくなるんですよ」
「そうか……」
◇
俺は木登りを繰り返した。何度も木の枝に両手を乗せては体を引っ張り上げ、少しずつ先に進んだ。感覚を覚え、体は多少軽く感じるようになったが、木登りだけできても意味が無かった。
(……こんなことして、何になるんだよ……)
俺は木の上から飛び降りて、地面に着地した。高所から飛び降りても何とも思わなくなったが、それが別に強みになったとは思えなかった。
少し森の奥に向かうと、レイが一人で剣術に励んでいた。プロの構えで剣を巧みに動かしており、デストロイヤーを相手にしているかのような本気の目をしていた。
(……強いな、あいつは……)
俺はその場から離れ、木登りしていた場所に戻った。
「……ん?」
その時、木の後ろに何か赤い影が隠れているのが見えた。全身毒々しい色合いをした、怪人のような見た目をしていた……。
「……まさか……!」
「グルルル……!」
その時、怪人は木から離れて全身を映した。その赤い体は、アクアマリンやガーネットが生み出した、あの怪人だった。
「ロイヤー!?」
「ガァアア!!」
ロイヤーは俺に向かって飛び付いてきた。俺は慌ててロイヤーの両腕を掴んで押さえるが、圧倒的な腕力で押し潰されそうになる。
「うっ……! ぐぐっ……!」
「ガァ! ガァアア!」
「なんで、こいつがここに……!」
俺はロイヤーの脇腹を蹴り上げ、遠くに吹っ飛ばした。ロイヤーは地面に転がるが、すぐに体を起こして四足歩行で接近してきた。
「レイ! ロイヤーだ! 助けて……!」
俺はレイに助けを求めようとしたが、ロイヤーの角が目の前に迫り、付近の木々を破壊しながらこちらに一直線に突っ込んできた。俺は吹っ飛ばされながらも、付近の木に手をかけて登り始めた。すぐ下までロイヤーが迫ったがギリギリ爪攻撃を回避し、自分でも信じられないくらいのスピードで上へ登った。
「ウガァ!」
「!?」
その時、ロイヤーは俺に向かって岩を投げ飛ばしてきた。岩は木に命中して粉々に砕けるが、その衝撃で木から転落してしまった。
「うわぁああ!!」
俺は空中で必死に体を捻って受け身を取るが、左肩を強打してしまう。俺は左腕を押さえたまま後退するが、ロイヤーは牙を向けて再び襲いかかってきた。
「ウガァアア!!」
「うわぁああ!!」
俺は咄嗟に頭を抱えた。
「はーい! ストップストップ!」
「!?」
突如、木の上から黒い影が飛び降りてきた。その者はロイヤーの首根っこを掴んだ。その瞬間、ロイヤーの体は赤い砂に変化し、更にその者が手にしていた小さなガラス瓶に吸い込まれていった。
「……えっ?」
目の前で起こった出来事に呆然とする俺の目の前に、ドヤ顔を浮かべたリウが立っていた。手には赤い砂が詰められたガラス瓶を持ち、誇らしげに語った。
「言ったでしょ、私のおじいちゃんは大工と科学者の両立だって」
現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)
現在使えるネオクリスタル 二個(アクアマリン・ガーネット)
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