第二十八話 家出とトラウマ
俺はレイに肩を貸しながら、リウの後を追った。リウはレイが持つ槍を何度も見つめながら、呑気に森の奥へと進んでいた。
「お前、女なのによく蛇を平気で触れるよな……」
「んー? 慣れだよ、慣れ!」
リウは振り返り、にこりと笑って見せた。
「この森で暮らす動物は夜行性がほとんどだよ。デストロイヤーがいなくなる夜になれば、絶好の狩りの時間なんだ」
「だったら、昼にデストロイヤーに襲われる方が良いですよ……」
レイは相変わらずの震えを見せながらそう呟いた。
(あの屋台にビビっていたのって、飾られていた蛇を見たからだったのか……)
しばらくして、気に囲まれている巨大な倉庫が現れた。学校の体育館ほどの大きさをしており、一人で住む大きさじゃなかった。
「お前、何人で暮らしてるんだ?」
「今は一人」
「……どういうことだ?」
リウはこちらに振り返って頭を抱えた。
「私、家出してきたの」
「……え?」
◇
廃墟に入った俺達は、二階の狭い部屋に免れた。中は大量のガラクタに囲まれており、俺とレイは身を縮めながら床に座った。 リウは倉庫の中で静かに動き、手際よく灯りを灯していく。その明かりが壁に映るガラクタの影を引き立て、奇妙な雰囲気を醸し出していた。
「ごめんね、ちょっと散らかってるけど、これが私の家だから」
リウは不安げに言い訳をしながら、蛇を槍から外して床に置く。レイは目を背けながらも、徐々にその場に馴染もうとしている様子だ。だが、やはりその様子には緊張感が漂っていた。
「で、家出って何を考えているんだ。デストロイヤーが暴れているって知ってるんだろ」
「私はエクリプスじゃないって判明しているから大丈夫。それに、私一人でも生きていける知識を兼ね備えているから」
リウは野菜を洗い終わると、火打ち石を使って火鉢の中に火を付けた。慣れた手付きで調理を進めていき、遂に蛇の解体が始まった。硬い皮膚に包丁の刃を立て、ゆっくりと切れ線を入れ始めた。
「あっ、そういやまだ名前も聞いて無かったね」
「あぁ、俺はレヴァン」
「れ、レイです……」
レイは掻っ捌かれていく蛇に震えながら、そう答えた。
「お前、なんでそんなに蛇が苦手なんだ?」
「……昔、森で遊んでいたときのことです……」
◇
それは、レッドウェザーが起こる前に遡る。
「よーし! 今日は何が見つかるかな?」
幼少期のレイは今と比べて活気に溢れており、右手に木の枝、頭には玩具のヘルメットを被って森に潜っていた。リス、ウサギ、蛙までもを捕まえていた。そして、遂に奴と対峙することとなった。
「おっ! これは……!」
彼女の目には蛇が映っていた。地味な見た目だがサイズはそこそこで、自称探検家のレイにとっては大きな発見だった。
「気に入った! 君、私のペットにしてあげよう!」
レイは蛇の背後からこっそりと近付き、尻尾を両手で掴んだ。
「そらっ!」
ところが、それに驚いた蛇はレイの両手から抜け出し、素早く背後に回って彼女のお尻に思いっきり噛み付いた。
「ぎゃぴー!!」
この時のレイの叫声は、小屋で過ごしていたグレン達の耳にも届いたという……。
◇
「あれのせいでしばらく座れなくなって……」
レイは真っ赤になった顔を両手で隠した。俺は呆れて声も出ず、逆にリウは調理しながら、大声で笑い転げていた。
「アハハハ! き、君面白すぎるよ……!」
リウは鍋を掻き回しながら涙を堪えていた。
「全く、笑い事じゃ無いですよ」
「ごめん、ごめん。確かにそんな過去があるなら、怖がるのも納得だよね」
リウは蛇を煮込む鍋の蓋を閉じ、薪を取り除いて火力を少し弱めた。彼女は楽しげな笑顔を浮かべながら、壁際に置かれた椅子に腰掛けた。
「でもさ、過去の失敗ってさ、乗り越えるチャンスでもあるんだよね。ほら、今も蛇料理を目の前にして、ちゃんとここに座ってるじゃん。えらい、えらい」
「……それはそうですよ」
レイもキョウジさんが言っていたことを胸に刻んでいた。過去ばかり見ないで前に進むことを決意したようだ。
「……でも、これは無理しなくていいと思うぞ」
「いいえ……ここまで来て引き下がれません。過去の怨念を晴らす時です!」
「お前から手を出したんだから普通に正当防衛だろ」
リウは遂に、蛇鍋を持ってきた。色とりどりの野菜に囲まれている中、真ん中に目立つように蛇の切り身が入っていた。
「さぁ食べて食べて!」
「……よし、俺から行く」
俺は箸を手に取るが、直後に手首が震え出した。震えは収まる様子を見せず、俺は慌てて箸をテーブルに置いた。
「悪い……掬うものはあるか?」
「えっ? う、うん」
リウは新しくスプーンを用意してくれた。それでも震えは起きたが、俺は恐る恐る蛇肉を掬い、ゆっくりと口に運んだ。思った以上に柔らかい感触が伝わり、直後に俺は目を大きく見開いた。
「……ん? 美味いぞ……」
「でしょでしょ! これが生きていくための秘訣その一! とりあえず美味しそうに見えたら調理すべし!」
「食いしん坊のセリフにしか聞こえん」
リウは深皿に蛇の切り身と野菜を乗せ、レイに差し出した。
「ほら、温まるよー」
「ど、どうも……」
「それでリウ、なんで家出なんかしたんだ?」
すると、リウは真剣な表情を浮かばせた。
「それは……知りたい?」
「……うん」
しばらくの沈黙が流れ、リウは口を開いた。
「一人暮らしに興味あったから」
「それだけかよ!」
俺とレイは思わずずっこけたが、リウは変わらず笑顔を浮かばせていた。
「家族に心配掛ける前に早く帰れ」
「家族はもう知ってるし大丈夫。それに、こんだけ頑丈な家を建てれば、万が一デストロイヤーが来ても大丈夫でしょ。静かで動物もたくさんいて川も流れている。ここは本当に良い場所だよ」
「……建てたって、この建物自作なんですか?」
レイが尋ねると、リウは近くに置かれてあるリュックサックからカラフルで厚い本を取り出した。
「おじいちゃんは大工と科学者を両立していてね、私のために基礎を学ぶ本を作ってくれたんだよ。一冊百シードだけど、いる?」
「いりません」
「おじいちゃんのサインと私の肩叩き券もあるよ」
「結構です」
俺は必死に断るレイに顔を近付けた。
「百シードって、どのくらい?」
「先程買った食材三つ分ほどです」
「ぼったくりの極みだな」
その時、リウは何かに気付き、皿と箸を置いて俺の手を掴んだ。俺はびっくりして手を引っ込めるが、リウは俺の手首に視線を向けていた。
「それ、刺青だよね?」
「……まぁ……」
「……無理矢理されたの?」
直後に、リウは俺の刺青の秘密を当ててきた。俺は思わず息を呑み、その様子を見たのか、リウは再び俺の手を取って観察をした。
「所々線が飛び出している。少なくともプロの技じゃ無いし、こんな手首に刺して神経に触れたら危ないよ」
「……!」
リウの言葉に、レイは驚いた様子を浮かばせた。
「レヴァンさん……箸を持って震えていたのってもしかして……!」
「……」
俺はため息を吐きながら、手首の真実を話した。
「……これは俺の同級生に無理矢理入れられた刺青だ。リウが言う通り、神経に針が当たって、細かな作業ができなくなったんだ」
「……そんな……」
今でも鮮明に覚えているあの時の光景。
小太郎の取り巻きに体を押さえ付けられ、小太郎に無理矢理タトゥーニードルを入れられたあの瞬間、心臓を抉られているかのような激痛とともに、俺の手先が一瞬で冷たくなった。指がほとんど動かず血が止まらない。意識が朦朧とする中でも、小太郎達は俺を押さえるのを止めなかった。
「……それ、消してあげるよ」
「……えっ?」
その時、リウが俺に向かって笑顔を浮かばせた。
「おじいちゃんに頼んで、安全に刺青を取る機械を作ってきてもらうよ。それで、そんなもの消しちゃおうよ」
「……そんなこと、本当にできるのか?」
俺は思わずリウの言葉に疑いを込めた声を出した。これまで、刺青のことをどうにかできるなんて考えたこともなかった。俺の手首に刻まれたそれは、ただの模様じゃない。過去の屈辱と、無力さそのものだ。
「おじいちゃんは天才だよ。これくらい簡単だと思う」
リウは自信満々に笑って見せた。その笑顔には一切の迷いがなく、彼女の言葉を信じたくなる何かがあった。
「……なんでそんなことまでしてくれる?」
俺はリウに尋ねると、リウは空に向かって右手でピースを作った。
「秘訣その二。他人を助けることに理由を付けない」
「えっ?」
「困ってたら助けるもの。おじいちゃんはそう言っていたよ」
この時、俺は確信した。リウはレイとは真逆な性格だったが、誰かを助けたいという思いは同じだった。彼女と出会えたことも、何かの縁だと感じていた。
だが、同時に無力感で溢れ始めた。
(……レイもリウもこんなに強いのに……俺は……)
俺がいた世界から、弱くても逃げられるから良かった。でも、この世界で逃げは通用しない。生きるか死ぬか、それだけだ。
俺はポケットからクリスタルスキャナーを取り出し、両手で握り締めた。
(……こんな自分で、本当に良いのか……)
現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)
現在使えるネオクリスタル 二個(アクアマリン・ガーネット)
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