第二十七話 終わらない戦いと蛇

 ◇


 赤い結晶が地面から床にかけて生えている薄暗い洞窟内。その異様な空間に足を踏み入れたのは、赤い服を身にまとった男性ドラゴンと、手にラヴァクリスタルを握りしめたアルフだった。


 ドラゴンはアルフが右手に持っているラヴァクリスタルを見るなり、声を上げた。


「手に入れたのか!」


「これでこっち側のルインクリスタルは三つ。残りはラース部隊とレイちゃんが一つずつだね」


 アルフが口元に薄笑いを浮かべながら答えると、ドラゴンは少し首を傾げた。


「待てよ……ルインクリスタルは全部で6つだよな? あと一つは?」


 アルフは赤い結晶の上に飛び乗ると、そのまま腰を下ろして足をぶらつかせた。

 

「必ず見つける。全てはあの方のためにね」


「いやあいつなんだけどな……俺に全然戦わせてくれないから嫌気が差してんだよ」


 ドラゴンは吐き捨てるように言ったが、アルフは薄笑いを崩さず、静かに応じた。


「正しいことじゃないか。君みたいな人はエクリプスを殺しかねないからね」


「だからもう大丈夫だって、何度も言わせんな」


 どう見ても戦闘狂なドラゴンは、早く戦いたくてウズウズしていた。


「で、今度はどんなデストロイヤーを送ったんだ?」


「いや、もう少し様子見することにしたよ」


「……どうしてだ?」

 

 ドラゴンが尋ねると、アルフは赤い結晶の上で寝転んでドラゴンに顔を近付けた。


「実はその子ね……」


 ◇


 街日が沈み、街中に街灯が付き始めた頃、俺とレイは市場に向かい食料の調達をした。レイはパーティーでも開くのかという量の食材を買い占めており、俺の両手も食料袋でいっぱいだった。


「お前、こんなに食うのか……」


「いつお腹が減るのか分からないですし、多めに買っておきましょう」


「……まだデストロイヤーとの戦いは続くのか……?」


 俺はレイと並び歩きながら、ポツリと呟いた。


「はい。おそらく……」


 レイはそう言いながら、夜空を見上げた。その瞳には星明かりが揺れており、彼女の声は穏やかだったが、その中には不安と覚悟が滲んでいた。

 

「前にも言ったように、彼らはエクリプスの体に触れるだけで、相手の願いを読み取ることができます。あの能力、不可解だと思いませんか?」


「……確かに……言語はともかく、人に触れて心を読み取るなんて……とてもエクリプスの生まれ変わりなんて思えないぞ」


「彼らがどのような過程であの力を手に入れたのか……それが明かされるまで、備えておくべきだと思います」


 アクアマリンが言っていたが、デストロイヤーは願いを失ったエクリプスの成れの果て。しかし、数分前まで人間だった者が、そんな人の心を読む力を得られるなんて思えない。


「最初に生まれたデストロイヤーが、何か答えを持ってるかもしれないな……」


「難しいですよ、既に死んでいる可能性もありますし……!?」


 その時、レイはとある屋台の前で足を止めた。老人が熊や蛇の毛皮で作ったようなバッグやマフラーを売っている、趣味の悪そうな屋台だ。しかし、レイが足を止めるのを見ると、何か興味のあるものを見つけたようだ。


「レイ? 何か欲しいのか?」


「い、いえ! 早く行きましょう!」


 しかし、レイは急ぎ足で去ってしまった。彼女の額からは汗が垂れており、その様子は何かから逃げているようだった。


(……気になるな)


 ◇


 小屋に戻ったレイは、謎の黒い箱を持って、再び外に出かけようとしていた。


「何だその箱?」


「ラース部隊が作った、色んな水を淡水化させる装置です。キョウジさんの新聞を読んで初めて知ったので、今日の分の水を汲んできます」


 俺は箒で地面を掃きながら、レイに視線を向けた。


「もう暗いぞ。明日にしろよ」


「今日の分の風呂水が欲しいので。レヴァンさんはゆっくりしていてください」


 そう言うと、レイはドアを開けて外に出てしまった。


(まぁ、夜はデストロイヤーは出ないし、大丈夫だろ)


 俺は窓を開けて換気をしながらレイのことを考えていた。レイは初めて会った時から、俺の分まで色々尽くしてくれた存在だ。


(……もし俺の家に来たら、あの汚部屋も片付けてくれるのかな。ついでに飯も……って、何考えてるんだよ)


 一人で突っ込みながらも、レイに対する感情が変化していることに気付いていた。前までは、レイはこの世界で生きるための大切な情報源、それ以上でも以下でもなかった。


 でも最近は違う。彼女の笑顔を見るたびに、胸の奥に言葉にできない感情が湧いていた。


(……何だろうな、このモヤモヤ……)


「きゃあああ!!」


「!?」


 その時、外からレイの悲鳴が聞こえた。慌てて外に飛び出し耳を澄ませるが、暗い森から聞こえた悲鳴は消えていた。しかし、それは間違いなくレイの声だった。


「どうしたんだ……!? まさか、川に落ちて……!」


 俺はフェリックスから受け取ったケースを開き、中から赤い球体を三つ取りだし、デストロイクリスタルを挿入させた。三つの球体はビートルボットに変形し、翼を広げて空を飛んだ。


「レイを探してくれ!」


 そう言うと、ビートルボット達は暗闇の中へ飛んでいった。俺も火が付いたカンテラを手にして、外に飛び出した。足元が暗くて何度も足を取られるが、構わず先に進んだ。


「レイ! どこだ!」


 声を張り上げると、ビートルボットの一体が俺のもとに飛んできた。その赤く光る目が何かを見つけたことを示しているように、興奮気味に首を振っていた。


「見つけたのか!?」


 ビートルボットを追いかけると、そこまで離れてない場所にレイが倒れていた。レイは腰を抜かして尻餅をついており、俺は彼女の肩に手を乗せた。


「おい……!」


「れ、レヴァンさん……!」


 レイは今にも泣きそうな表情を浮かばせており、思わず心臓が飛び跳ねた。しかし、レイがここまで怖がるのは考えたことも無く、俺はクリスタルスキャナーを取り出して構えた。


「何がいたんだ、とにかく……」


「あれっ……!」


 レイは近くの木に指を差した。その木の枝には何かが巻き付いていた。その正体は……。






 

 ……蛇だった。




 



「……へっ?」


 蛇と言っても、図鑑で見たものと比べてもかなり小さく、柄もそこまで毒々しさを感じない地味な見た目だった。しかし、レイの視線は間違いなく蛇に向いていた。


「お前……蛇が嫌いなのか?」


「ほ、本当に無理なんです……!」


 俺が呆れてスキャナーをしまったその時、木の上から何かが飛び降りてきた。直後に木の枝が真っ二つになり、その衝撃で木粉が舞い上り、目の前の木の枝が破壊された。


「どあっ!?」


 木が真っ二つに裂けた瞬間、レイの目前に蛇が滑り落ち、その鋭い牙を彼女に向けて襲いかかった。


「ひぃいいい!?」


「そこだー!」


 その時、破壊された木の上から少女の声が聞こえ、蛇に向かって槍のようなものを振り下ろした。今度は砂埃が舞い、俺は慌てて目を閉じた。


「ごほっ! ごほっ! こ、今度は何だ……!」


 俺は目を擦って前を見ると、長い茶髪が目に映った。


「今夜のおかず、取ったぞー!」


 俺の目の前には、陽気な少女が地面に槍のようなものを刺したまま、両手を上げて喜んでいた。俺は地面を見て、少女に声をかけた。


「あの……」


「駄目だよ! これは私が先に取ったから私の!」


「そうじゃなくて、お前が刺してるの……」


 少女の槍の先は、蛇では無く青い髪が刺さっていた。なんと、レイの髪が刺さってしまっていたのだ。


「痛たたた……ど、どうなってますか……?」


「えっ? まさか、身代わりの術!?」


「んなわけあるか、蛇はあっちだ」


 少女の槍から逃れた蛇は、地面を這って逃げていた。しかし、少女はそれを逃さず、俺からカンテラを取り上げた。


「ちょっと借りるよ!」


「えっ、おい!」


 少女はレイの髪を解いて槍の先端にカンテラを吊り下げると、僅かな光を頼りに蛇を追いかけた。少女は恐ろしい速度で走っており、あっという間に蛇に追いついてしまった。蛇は驚いて動くのを止め、少女は蛇に槍を向けて笑みを浮かばせた。


「もーう、逃げちゃ駄目だぞっ」


 しばらくして、槍の先端に蛇を巻き付けた少女が帰ってきた。レイは俺の背後に隠れたまま、恐る恐るその槍を見つめており、少女はカンテラを返しながら満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがと! お礼に蛇鍋分けてあげるよ!」


 少女は満面の笑みでそう言った。レイとは真逆の活発そうな少女で、俺は頭を抱えた。こういうタイプは苦手なのだ。


「あ、あのさ、まずお前誰?」


「私? 私はリウ。この森の管理人だよ!」


 リウは胸を張ってそう答えた。彼女はこんな寒い森の中でも短パンを履いており、心配になった。


「お前、寒くないの?」


「ふふん、長年ここで暮らして寒さの耐性が付いたんだよ。ねぇ、良かったら私の家に来なよ。その秘訣を教えてあげる」


「い、いえ……私は結構です……」


 レイは今まで見たことが無いくらい震えていたが、リウはレイに槍を持たせて手を繋いだ。


「大丈夫! 蛇の場所を教えてくれたあなたにも蛇鍋分けてあげるから!」


「ひぇ……」


 レイは槍の先に垂れている蛇に震えながら、リウとともに森の奥へ進んでいった。それを見た俺とボット達は、顔を見合わせて呆れたようなため息を吐いた。


「……仕方ない、ついていくか」




 現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)

 現在使えるネオクリスタル 二個(アクアマリン・ガーネット)

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