第二十四話 アークロードと資格
「レヴァン、レイの言う通り、これは到底許されがたい事実だ。それでも理解してほしい。進化した奴らに立ち向かうためには、俺達が持てる全てを尽くす必要があったんだ」
フェリックスの表情を伺えば、その葛藤は良く伝わった。
「当然、ここでも困難と対峙した。というものも、ディザイアークリスタルの存在は、レッドウェザーが発生するまで認知されていなかったのだ」
「……誰も知らなかったってこと?」
「あぁ、いつ生まれたのか、どれくらいの人間が持っているのか全てだ。俺達は一からディザイアークリスタルの性質を調べ直した」
意外な事実だった。俺にとってもディザイアークリスタルは謎そのものだったが、それはこの世界に住む人々も同じだったのだ。
「そして去年、遂にサンプルが完成した。五年の時を経て、クリスタルスキャナーは俺達に、人間の限界を超越した力を与えてくれた」
「具体的に、どんな?」
俺が尋ねると、フェリックスは彼の左腕に付いているスキャナーに触れた。
「一、人間とデストロイヤーの融合、それに適応した身体能力を得る。
二、一時的に人間の五感を鈍らせ、戦闘に対する恐怖を削ぐ。
三、ディザイアークリスタルに眠る欲望を引き起こし、戦闘衝動を飛躍させる。
そして、これが最も重要な……」
「隊長、それ以上話す必要はありません」
何か重要な話が得られそうになったその時、レオンが話に割り込んできた。その冷ややかな声には、厳格さと緊張感が滲んでいる。彼の視線が俺に向けられ、鋭く問いかけてきた。
「貴様、そのスキャナーをどこで手に入れた?」
その視線の鋭さに気圧されながらも、俺は震える手を押さえつつ答えた。
「……知らない洞窟で拾って……仮面の男に無理矢理付けられたんだ」
「仮面の男?」
フェリックスは顔をしかめた。
「正体も目的も分からないけど、とにかく俺を恨んでいるようだった。追い詰められた後、このスキャナーを俺の腕に装着して、そのまま姿を消したんだ」
仮面の男について、知っていることを全て話した。フェリックスとレオンはお互いに顔を見合わせ、まるで知らないかのように首を横に振った。
「それはどこの洞窟だ?」
フェリックスが重ねて尋ねてきた。
「えっと……ごめんなさい。その後デストロイヤーに襲われて、必死に逃げ回っているうちに忘れてしまって……」
フェリックスはため息を吐くと、すぐに顔を上げた。
「とりあえず、ボットシリーズが何か映像を残していないか探そう。大丈夫だレヴァン、仮面の男も必ず見つけ出してやる」
フェリックスの優しさに、俺はただ深く頭を下げた。
「だが警告する。俺の前で二度とそれを使うな」
しかし、レオンの冷たい声が響いた。忠告だけしてそのまま立ち去ろうとする彼の肩を、俺は咄嗟に掴んだ。
「ま、待ってくれ……! あんたに聞きたいこともあるんだ」
「貴様の質問など受け付けるか!」
しかし、俺はレオンに腕を振り払われてしまう。その力の激しさに、彼が抱える感情の深さが伝わってくるようだった。
「クリスタルスキャナーを使うことの責任について、一度でも真剣に考えたことがあるのか?」
「えっ……?」
「この世界の人々は、突如現れた未知の怪物のせいで友や家族、願いを理不尽に奪われ、底知れない絶望を与えられてきたんだ。ラース部隊は、彼らの無念を晴らすだけでは無く、新たな希望として立ち上がったんだ。自らを犠牲にしてでも他者の願いを守るために戦う。それが、俺達に課された使命なんだ。」
その時、俺はレオンに胸倉を掴まれた。
「だがな! 運良くスキャナーが手に入ったのに浮かれ、何の努力も苦労も積み重ねずに俺達と対等の立場に立とうとする貴様を見ていると、胸焼けがして仕方無いんだよ!」
「お前っ……!」
咄嗟にレイが立ち上がったが、俺はレオンに地面に倒されてしまう。レオンが息を整えていると、フェリックスが席から立ち上がって彼に近付いた。
「レオン、もうよせ。あれを使うように言ったのは俺だ」
「フェリックスさん。あなたには、とことん失望しました。ラース部隊の出動要請を止め、この二人を隊員に相応しいか確かめるために無駄なリスクを冒した挙句、こんな馬の骨に国の未来を託そうとしているなんて、正気とは思えませんよ!」
「えっ!?」
俺は思わず声を上げた。レオンは俺達に背中を向け、冷たく話を続けた。
「……貴様に、アークロードは無理だ」
レオンは黒いマントを翻し、扉を開けた。
「レイ」
「!」
去る直前、レオンはレイに向かって声を上げた。
「貴様なら歓迎するぞ」
そう言うと、レオンは部屋の外へ出て行ってしまった。
「……アークロード?」
「クリスタルスキャナーを使って戦う戦士のことだ」
フェリックスは椅子に座りながらそう話した。俺がレイの隣に座り直すと、フェリックスは笑みを浮かばせた。
「悪かったな。レオンだけじゃなく、俺のことも気に障っただろう?」
「いえ。それより、アークロードって……」
俺が尋ねると、フェリックスは小さく頷いた。
「知っているかレヴァン。レッドウェザー以降、この国では十二年間一度も雨が降っていないんだ」
「……そうなんですか?」
「あの日の雨と人々の涙が消え去り、乾き切ったこの世界に希望をもたらす存在。失われたものを取り戻すため、微かな希望を求めて神聖な道を歩むことを願い、ラース部隊が名付けた。それがアークロードだ」
窓の外を見れば、雲一つない快晴の空が広がっていた。
「幸いにもこの国は海に囲まれていた。海水を淡水に変える装置を急遽製作したことで、事なきを得た」
「それで、レオンは一体……」
俺が再び尋ねると、フェリックスは少し表情を曇らせた。
「レオンは、そのアークロードの責任を誰よりも知っている。六つに別れたラース部隊の隊長全員にクリスタルスキャナーが譲渡された後、一般隊員で初めにアークロードになったのはあいつだからな」
「あいつが……?」
「奴は長年血が滲む努力を続けた。人体じゃ超えられない記録にギリギリまで迫り、医者からも何度も忠告を受けるくらいまでにな。そんな過去があったからこそ、奴は到達できたんだ。世界を救う戦士の地位に」
フェリックスはレオンの壮絶な戦いを語った。
(そうか、あれはレイの努力を認めて出した言葉だったんだ……)
「だがレヴァン、君もその戦士に立つ十分な資格がある」
その時、フェリックスはテーブルの上に付いている俺の右手を掴んだ。
「えっ?」
「アークロードはただ、体力や知力に優れているだけじゃ無い。どんな強大な悪を前にしても体一つで喰らい付く、その心こそがアークロードだ。君にはその勇気があった」
「そんな……俺にはそんな……」
「俺は見ていたぞ。さっきのデストロイヤーとの戦い、レヴァンは生身の状態でデストロイヤーの懐へ突っ込んだだろ?」
俺は言葉を詰まらせた。あの時の自分の行動は、ただの無鉄砲な賭けだった。何の計画も無く、ただ必死で体が動いた結果に過ぎないのだ。
「勇敢か馬鹿かは分からない。だが、生半可な覚悟では決して移せない行動だ。俺はお前のような奴が欲しい」
「……それって」
俺が尋ねようとしたその時、フェリックスはディザイアースキャナーを差し出した。
「お前も、ラース部隊に入らないか?」
「……えっ」
それは、予想もしていなかった言葉だった。
「勿論、今すぐ決めてくれとは言わない。日を改めて回答を聞こう。しっかり自分の思いと向き合って答えを出してくれ」
そう言うと、フェリックスは席を外した。言葉では表せない緊張と焦燥感が、俺の心の中で渦巻いていた。
◇
俺とレイは、クリスタルシャリオを出た後、広がる花壇を静かに見つめていた。レイはその中の青い花を見つけると、しゃがみ込んで花びらにそっと指先を添えた。
俺はその後ろ姿を見つめながら、心の奥に潜む迷いを抱え、小声で話しかけた。
「……レイ、実はクリスタルスキャナーの秘密は、お前と再会する前にフェリックスさんから聞いた」
「……」
レイは目を伏せたまま、花に触れ続けた。俺は鼓動が早まるのを感じながら、話を続けた。
「でも、俺は同じ話を聞いた時、お前のように怒りも悲しみも感じなかった。そんな俺を……お前はどう思う?」
風が静かにレイの髪を揺らした瞬間、彼女は静かに答えた。
「……私と似てるって」
「えっ?」
不意を突かれた俺の声に、レイはわずかに微笑みながら、静かに立ち上がった。
「私も……強さを認められている一方で、弱さを隠し続けるのが辛い時があるんです。でも、それを隠している自分自身に、時々問いかけたくなるんです。これでいいのかな、って」
レイは少し照れたように髪をかき上げると、まるで太陽の光が差し込むような笑顔を浮かべ、俺をまっすぐ見つめた。
「あなたも同じですよ。初めて会った時、怖い人だと思ったけど……今では、心の奥に優しさを秘めている人だと分かりました。あなたも、本当はそれであるべきだと思うんです」
俺は言葉を失い、レイの空のような青い瞳を見つめた。
「私より、あなたの方がずっと前向きで、心が強いです。それに……あの時も、本当は凄く嬉しかったんです」
「あの時……?」
レイは微笑みながら話した。
「私は怪物じゃないって言ってくれて……ありがとう」
レイの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。こんなに温かい言葉は久しぶりだった。
「……お前のその思いが本物だというのなら、さっきの言葉は弱さじゃない」
言葉を詰まらせながら、大きく息を吸い込む。
「ただの優しさだ」
レイはふっと笑みを浮かべた。俺の心にいつの間にか灯った光を、彼女も感じ取ったように見えた。
◇
その後、俺達はラース部隊の施設を後にし、宝石のように輝く街に入った。ガーネットの暴走した痕跡が多く残っており、この街は深手を負ったことが表現されていた。それでも、街の人々やラース部隊が復興を進めており、もう一度立ち上がろうとしていた。
「デストロイヤーが何なのか……分かる日は来ると思うか?」
レイは復興作業に励む人々を見つめながら、ぽつりと尋ねた。
「……幹部が全てを握っているようです。彼らを倒し、全てを判明させる必要があるようです」
レイは街の人々を見つめながら、決意を伝えた。俺は左腕に装着したクリスタルスキャナーを見つめながら、小さく呟いた。
「戦いへの恐怖を失い、戦闘衝動を飛躍させる……聞く限りアークロードは、本物のデストロイヤーに近い存在のようだな」
「それより、フェリックスさんが言おうとした重要なこと……一体何だったのでしょうか……」
レオンが言葉を遮ったことで、聞けなかったアークロードの最も重要なこと。その真実は、俺たちにとってどんな意味を持つのだろうか。
「……アークロードになり続けたりしたら、何か起きたりするのかもな」
「もしかしたら、知らない方が良いことかもしれませんね」
「怖いこと言うなよ……」
不安が心中で渦巻く中、俺はレイとともに街へ向かって歩き出した。
俺達と同じように、この世界も必死に戦っている。希望を持ちながら、傷付きながらも、前に進んでいこうとしている。その姿に、俺達は共鳴していた。
現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)
現在使えるネオクリスタル 二個(アクアマリン・ガーネット)
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