第二十五話 誇りと変化

 ◇


 クラスタフォージを後にした俺達は、キョウジの店に向かった。店の前に着くと、割れた窓ガラスや壁の破片が散乱していた。しかし、その中で懸命に復興作業を進めるキョウジが目に飛び込んできた。


「レヴァン……レイ……!」


 その時、俺達の視線が割れた窓ガラス越しにキョウジと交わった。キョウジは店の奥から駆け寄り、思い切り俺達を抱き締めてきた。その勢いで、腹の傷が一層痛みを増した。

 

「よく帰ってきた……!」


「いだだだ! キョウジさん! やめて!」


 俺が声を上げると、キョウジはすぐに俺たちから離れ、少し照れたように言った。


「あっ、あぁ悪かったな。それよりほらっ、今日は奢ってやるから、早く中に入ってくれ」


「えっ、いや……」


 その言葉に押されるように、俺たちはキョウジの店に足を踏み入れた。


 ◇


「カレン・メル?」


「そう、それが俺の店の名前だ。俺の大切な人の名前を取ったんだ」


 キョウジさんはそう言いながら、大皿に乗ったステーキとパンの山をテーブルに置いた。レイはお腹が減った様子でパンを手に取って口に運び始めるが、俺は中々手を付けられなかった。

 

「……レヴァンさん、大丈夫ですか?」


「あっ、まぁ……。キョウジさん、この世界では雨が降ってないって本当ですか?」


「あぁ。レッドウェザー以降、ルナルス国では一度も雨が一度も降っていない」


 質問を逸らすように尋ねると、キョウジさんは水の入ったグラスを運びながら答えた。


「ルナルス国だけ?」


「あぁ、他の国は何の影響も受けていない」


 キョウジはとある新聞を持ってきた。しかし、文字が全く理解できないせいで言いたいことが分からなかった。それを察したレイが、耳打ちしてくれた。


「レッドウェザー以降、ルナルス国全地域で降水途絶える、と書かれています」


「……なんで雨が……?」


「未だに原因は不明だ。それに、変わったのは雨じゃない」


 キョウジは新聞紙のページを開き、ルナルス国の全体図を見せた。ルナルス国は日本と同じ海に囲まれた海洋国であり、日本と違い丸い島だった。その島をよく見てみると、様々なマークが付けられていた。


「真ん中の白い丸はディザイアータワー、周囲にある黒い点は周囲にある正体不明の柱。赤い点は、スカーレットクリスタルだ」


「スカーレットクリスタル?」


 キョウジは少し黙った後、深刻な表情で答えた。


「レッドウェザーが起きた後、ルナルス国中の街にこの結晶が突如として現れた結晶だ。街のそこらに生えているだろ?」


 思い返してみると、この世界では何度も正体不明の結晶を見てきた。そのどれもは赤く、デストロイクリスタルに近い感じがした。


「それって、デストロイクリスタルじゃ?」


「ラース部隊の調査で、全く異なる存在であることが判明している。現時点では危害を加える可能性は低いとされているが、その正体は依然不明なままだ。」


(俺が最初に訪れた洞窟に生えていたあの結晶も、スカーレットクリスタルなのか……。俺はなんであんな所に……?)


 しかし、この世界は本当に結晶に溢れていた。人間の願いのディザイアークリスタル、デストロイヤーの体を作るデストロイクリスタル、世界中に生えている謎のスカーレットクリスタル。更に、未知の結晶が複数。まるでこの世界そのものが晶洞のようだった。

 

「ん? レヴァン、その黒いのは何だ?」


 その時、キョウジは俺の手首に描かれている黒い線に指を差した。俺は慌てて手首を隠し、それを見かねたレイが話題を逸らした。


「キョウジさん、私もステーキ良いですか? いつもので」


「あぁ……お前いつも同じだな……」


 キョウジが席を外し、静けさが戻った。レイはほっと息を吐きながらも、ちらちらと俺の手首に刻まれた黒い線に目を向けていた。その視線の先には明確な好奇心と、少しの躊躇いが混じっているように感じた。


 俺は彼女の視線に気を引かれながらも、震えた手で肉を切り分けながら、アルフのことを思い返した。


「あのアルフとかっていう子供、もしかしたら雨が降らなくなった理由やスカーレットクリスタルについて、何か分かってるかもな」


「それもですが、今一番恐ろしいのは、彼の特性です」


 レイの言葉が、俺の胸に重くのしかかった。


「彼はデストロイヤーでありながら、人間の姿に化けていました。これから出会うデストロイヤーは、もしかしたらそういうので溢れているかもしれません」


「じゃあ……会ったことのある人もデストロイヤーの可能性が……」


 俺は店を見渡し、キッキチンで働くキョウジの背中を見つめた。


「……まさか……な」


「ルインクリスタルも奪われてしまいました。いつか必ずケリを付けないと……」


「そうだ……!」


 俺は懐からエタニティクリスタルを取り出し、そっと差し出した。


「あっ……!」


「危なかったけど、何とか守り切れた」


「……本当にありがとうございます」


 レイがホッとする様子を見せたその時、キョウジがレイの分の肉を持ってきた。


「にしても、レヴァンは朝と比べると本当に変わったな」


「えっ?」


 突然の言葉に、思わず声を上げた。


「ちょっと前までくよくよしていたのに、一人で考えて行動している。それのお陰で、俺はデストロイヤーに襲われずに済んだんだぞ」

 

「……」


 キョウジの言葉が、胸の奥に小さな火を灯した気がした。今まで、自分が人に評価されるなんて考えたことが無かった。それに、レイの人形を守ったのも、戦うことを決意したのも、俺自身が判断して動いたものである。スキャナーに頼っていなかった。


(レイがいなくても、一人で戦えた……?)


 ふと自分の変化に気づき、胸に小さな誇りが生まれるのを感じた。今まで自分のことを見下してばかりの日々を送っていたのに、大きな変化を感じた。


 すると、キョウジは椅子を持ってきて俺の前に座った。


「レヴァン、過去を振り返って反省するのは良いことだが、悪いことばかり向けるのは駄目だ。自分がしたことを誇りに思って、それを未来に繋げていくんだよ」


「未来に……」

 

 その言葉が胸に深く響いた。俺には、未来なんて考える余裕すらないと思っていた。それでも、こうして誰かに支えられていると感じる瞬間、自分も少しずつ変わっているのかもしれない。


「そうだ。過去に囚われすぎれば足が止まるが、そこから学んだことは前に進むための大きな力になる。お前にはその力がある。自分を信じて進めばいい」

 

 キョウジはそう言うと、まるで父親のような温かさで俺の肩を軽く叩いた。その手の重みが、妙に心地良かった。


「キョウジさん、ありがとうございます。俺、頑張ってみます」


「おう。お前が頑張らなくてどうする。さ、飯を食え。まだ冷めちゃいねぇ」


 俺は頷き、冷めかけていたステーキを一口頬張った。味がする……何となくそれが嬉しかった。


「あっ、アルバイト募集中だけどどうだ? バイト代渡せるか分からないけど」


「ありがたいけど遠慮しておきます」


 ◇


 俺とレイは小屋に戻った。今日もデストロイヤーに襲われる日々だったが、自分自身の成長も感じた。


「レイ、お前と会って、何か色々変われた気がする」


「……今もそうですね」


「えっ?」


 レイはキョウジからもらった肉を丁寧に切り分けながら、穏やかに微笑んだ。


「私のこと、名前で呼んでくれてるじゃないですか」


「……あっ、そういえば……」


 気づけば、いつの間にか彼女の名前を呼ぶことに慣れていた。少し前までは「お前」や「おい」としか呼べておらず、思い出すと急に恥ずかしくなった。

 

「い、嫌だった?」


「いえ。でも何か、兄を思い出して……」


 俺はボロボロになった小屋を見つめ、あることに気付いた。


「……お前、この小屋を直さないのってもしかして……」


「……はい。兄が大切にしたここの形を変えたくなくて……。でも、キョウジさんの言う通り、過去の悪いところばかり見るのも……」


 レイは明らかに迷っていた。思い出を守るべきか、新しい一歩を踏み出すべきか……その葛藤が伝わった。俺は椅子から立ち上がり、彼女の隣に歩み寄った。


「……レイ、今日は休もう。またゆっくり考えれば良い」


「レヴァンさん……」


「またいつデストロイヤーが襲ってくるか分からない。休める時は休んでおこう」


 そう言うとレイはしばらく沈黙し、顔を上げた。


「……はい、そうしましょう」


 その笑顔が、彼女の本心からのものだと分かった時、俺の中に新しい感情が芽生えるのを感じた。それが何かは、まだ分からない。だが、それは決して悪いものではない気がした。



 

 現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)

 現在使えるネオクリスタル 二個(アクアマリン・ガーネット)

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