第二十三話 プレゼントと破れた袖
◇
俺とレイを乗せたキャリッジは、巨大なアリ達に紐で繋がれ、砂煙を上げながら滑るように走り始めた。車内は驚くほど広く、座る後部席には余裕があり、俺とレイは疲れた体を休めた。
レイが俺の傷の治療をしてくれたが、まるで本業なのかというくらい作業が上手く、ほとんど痛みを感じずテキパキと進めてくれた。
「上手いな、お前」
「ありがとうございます。レッドウェザーが起きる日までは、弟達の怪我をよく治していましたから」
レイは笑顔でそう答えたが、その奥には暗い闇が見えた。俺はポケットに入れていた鳥のぬいぐるみに触れたが、まだ取り出すべきではないと感じて手を引っ込めた。
「……?」
その時、レイは何か首を傾げるような仕草を見せた。丁度俺の腹を触っている最中だが、明らかに疑問を抱えている様子だった。
「……どうかしたか?」
「あっ……いえ、少し手間取っただけです。大丈夫です、痛くしませんから」
レイは周囲をキョロキョロ見渡して、そう話した。
「お前は良いな。俺も兄貴に何度かやってもらったけど、返って酷くなった覚えしかないぞ」
「ははは……でも、この程度で済んで良かったですね」
「っていうか、なんであんだけ戦ってお前は無傷なんだよ」
するとレイはそっと袖口をめくり、ほつれた布の端を俺に見せつけた。
「無傷ではないですよ」
「お前は服と一緒に生まれてきたのかよ」
思わず突っ込んだが、胸の奥では安堵している自分がいた。こうしてレイが無事でいてくれただけで、どこか心が軽くなった。例の指輪を握りしめていた時と同じような安心感だった。
これを、家族が生きていた時に感じたことあったのだろうか……。
「そういえば、一つ気になったことがあって……」
「気になったこと?」
「お前と一度別れた後、またガーネットが襲ってくる直前に、妙な頭痛を感じたんだ。アクアマリンの時には無かったけど、これに心当たりはあるか?」
俺がそう話したその時、レイの表情が一瞬で青くなった。しばらく黙り込んだ後、静かに呟いた。
「……いえ、虫の知らせ……というものかと……」
「……そうか……」
俺はレイの違和感に首を傾げながらも、返事をした。
(なんだ……? 昨日のステーキの時といい、頭痛の話といい、レイの様子が度々おかしくなっている気が……)
レイはキャリッジの窓ガラスに顔を近付け、外の様子を眺めていた。結晶に包まれた世界、ルナルス国の輝きは彼女までもを照らし、美しい宝石になっているようだった。まるで、例の指輪のように……。
「で、俺らはどこに向かってるんだ?」
「……恐らくあれでしょう」
レイの視線が捉えたのは、黒い壁と柵に囲まれた不気味な建造物だった。ガラスで覆われたその外観は、昼間にもかかわらず薄暗い輝きを放っており、不穏な気配が辺りに漂っている。巨大なアリに引かれたキャリッジは、その建物の前で止まった。
キャリッジはレイの予想通りその建物の前で止まり、俺達はキャリッジから下ろされた。俺は外の空気を吸いながら、目の前にそびえ立つ黒い建物と、その周囲を飛ぶビートルボットを見つめた。
「……今度は何が始まるんだ……」
◇
俺とレイはその建物の内部、ガラスに囲まれた部屋に案内された。背後には銃を構えた男たちが立ち、緊張感に包まれる中、二人並んで椅子に座らされた。
「……ここはどこだ」
「またせたな」
ぽつりと呟いたその時、ドアが軋む音を立てて開いた。本やファイルを抱えたフェリックスが姿を現し、その背後には無愛想な表情で黒いケースを抱えたレックスがついてきた。フェリックスは俺たちの前に腰掛け、レックスは無言で彼の背後に立つ。
「さて、どこから話そうか……」
「その前に一つ良いですか?」
レイが手錠で拘束された両手を掲げた。俺は特に何もされてないのに、レイだけが行動を制限されており、彼女の視線には冷静さと困惑の色が混ざっていた。
「……なんで?」
その問いに、レックスが一歩前に出た。
「貴様のような他人のスキャナーを扱える怪物を野放しにするわけにはいかないだろ」
レックスは壁にもたれてそう言い放った。流石に黙ってられなくなった俺は口を開いた。
「レイはお前みたいに感情にまかせて暴れたりするような奴じゃない。お前の方がよっぽど怪物だ」
「言ってくれるな、その面貸せ」
言葉を放った瞬間、レックスの目が鋭く光り今にも掴みかからんばかりの勢いでこちらに近付いた。しかし、フェリックスが即座に手を上げて制止した。
「レックス、これ以上揉め事を起こすな」
「……チッ」
舌打ちして引き下がるレックスを横目に、フェリックスは改めて俺たちを見据えた。
「改めて自己紹介しよう。俺はフェリックス、ラース部隊六班の隊長を務めている」
「初めまして、私はレイです」
レイは拘束されたまま、軽く会釈する。
「君はレヴァンとどのような関係なんだ?」
「えっ……」
レイが困惑した表情で俺の方を見て、ようやく答えを出した。
「兄さん……の知り合いです」
「にしても君達、デストロイヤーとの戦いでは結構息が合ってたよな」
「合ってたというか、レイが合わせてくれたんです」
実際、俺はレイと比べて自分の力不足を痛感していた。もし彼女があの場にいなかったら、間違いなくガーネットに殺されていただろう。その事実が胸に重くのしかかる。
「……まぁ良い。ここはクラスタフォージ。ラース部隊が極秘で運営している施設だ。デストロイヤーに関する実験と研究、そしてそれらに対抗するための兵器開発が行われている」
「……兵器?」
フェリックスは俺達が持っていたクリスタルスキャナーを差し出した。
「このスキャナーだけだなく、先程のクリスタルシャリオやビートルボットなども、俺達ラース部隊が製作したものだ」
「……そんな大企業が、なんで俺達を……」
「まずはこれを、レックス」
フェリックスが指示を出すと、レックスはため息を吐きながら黒いケースをテーブルに置いた。フェリックスがその蓋を開けると、中には三色の球体といくつかのデストロイクリスタルが収められていた。
「お近付きの印だ。受け取ってくれ」
「これって、まさか……」
俺は赤い球体を手に取り、窪みにデストロイクリスタルを挿入した。すると、俺の手の平の上で球体は変形を起こし、カブトムシの姿に変わった。
「やっぱり、ビートルボットだ」
「ボットシリーズを提供しよう。好きに使ってもらって構わない」
ビートルボットはしばらく翼を広げて自由に空を飛んでいると、レイの頭に乗って休み始めた。彼女の頭に付いているリボンにお腹を乗せ、羽をゆっくりと下ろした。
「へぇ、結構可愛いですね」
「虫も大丈夫なのか、お前」
森の中で暮らしているからか、レイはカブトムシの見た目をした機械に対して、まるで幼い子供を見守るような優しい表情を浮かべていた。
「ルナルス国は平和政策を重視し軍事力が低かったため、レッドウェザーの日のデストロイヤー襲撃に対応できなかった。デストロイヤーの二次襲撃に備えて設立された軍事組織、それがラース部隊だ」
フェリックスが持ってきた本には鳥の紋章が描かれており、それはフェリックスやレックスが持っているスキャナーや服に同じ印が付いていた。この世界でいう、自衛隊のようなものそうだ。
「ラース部隊は、デストロイクリスタルを利用した技術の開発だけでなく、多くの開発者を徴収し、短期間で対デストロイヤー兵器の量産に成功した。このビートルボットや、彼らが持つプラズマキャノンもその一つだ」
「……でも、それだけじゃ止められなかったんですね?」
レイの静かな問いに、フェリックスは小さく頷いた。
「あぁ……原因となったのが、君達が持っているネオクリスタルだ」
フェリックスの話を聞き、俺とレイは二つの結晶を置いた。レイが持っているアクアマリンクリスタルと、俺が持っているガーネットクリスタルだった。
「彼らデストロイヤーはデストロイクリスタルという名の破壊衝動に溺れる中、突然変異したこれらの結晶を生み出すようになった。この結晶が持つ未知の力に対抗できず、ラース部隊は一度、壊滅寸前にまで追い込まれた」
フェリックスの言葉から捕らえると、このネオクリスタルを持ったデストロイヤーは他にも存在するようだ。そう考えた俺の胸の奥に、冷たい恐怖が広がった。
「そこで科学者は、彼らが狙う人間のディザイアークリスタルの研究を始めた。もし人間のディザイアークリスタルも、彼らと同じような進化を遂げられたら、それ相応の力を得られるのではないかと思ってね。長年の研究で生み出されたのが、このクリスタルスキャナーだ」
フェリックスは、テーブルの上に置かれているクリスタルスキャナーに触れた。その表情には自信とわずかな誇りが混じっていた。
「レヴァンにはさっきも言ったが、ディザイアークリスタルとは本来、デストロイヤーの心に眠るもの。ディザイアークリスタルの力は、デストロイヤーだけがコントロールできるのだ」
俺は軽く頷きながら、話に耳を傾けた。
「だが、デストロイヤーがコントロールできると言うことは、デストロイヤーが目を覚ましていると言うこと。つまり、デストロイヤー化が起きたことになる」
フェリックスは顔の前で手を組み、話を続けた。
「まとめると、人間がディザイアークリスタルを扱うには、デストロイヤーに心を蝕まれることなく、理性を保ったまま自分の心からディザイアークリスタルを引き出すしかないんだ」
「そんなこと、人間にできるんですか……?」
「不可能だ。死と何ら変わらないデストロイヤー化を制御するんだぞ」
しかし、俺は確かにデストロイヤー化を防いだ。何が起きたのかほとんど覚えてないが、死の淵から生き返ることができた。
レイの方を向くと、彼女もそれに気付いている様子を見せていた。しかし、首を小さく横に振っており、口に出さない方が良さそうだった。
「だが、このクリスタルスキャナーは、その不可能の壁を破壊した。人間でもデストロイヤー化を制御し、デストロイヤーとディザイアークリスタルの力を扱えるようにした」
俺はクリスタルスキャナーを使ったときのことを思い出した。自分のロストフォームや、レックスのゴールドウルフフォーム……それらは戦士というより、見た目は完全に怪物だった。あの時の攻撃の威力も、常識では考えられないものだった。
(あのパンチも、デストロイヤーの力だったのか……)
「当然問題点も発生した。まずこのスキャナーは、心に強大な願いとデストロイヤーを持つエクリプスにしか使用できない。つまり、デストロイヤーの標的になる者しか使えないのだ」
「……だから、俺やレイは使うことができたんだ……」
その瞬間、胸の奥で不安がざわついた。納得できる説明であると同時に、嫌な予感を覚えざるを得なかった。フェリックスは更に話を続けた。
「そして、クリスタルスキャナーは、装着時に持ち主と契約を行う。これにより、スキャナーは他人との共有を拒むようになる」
フェリックスの言葉を聞いて、俺とレイは顔を合わせた。
「えっ、でも俺達は……」
「そう、君達はこのスキャナーを共有した。さっき研究室で不具合を確認したのだが、問題は全く見つからなかった。君達……本当に知り合い程度の関係なのか?」
困惑が頭の中をぐるぐると回る。お互いに答えられるはずもない問いが、胸の奥に重く響いた。
「……レックスさん、やっぱりあなたの狙いに全く検討も付きません」
その時、レイはフェリックスの背後に立っているレックスに視線を向けた。レックスは変わらない冷徹な視線で、黙ってレイを見下ろしていた。
「私はラース部隊でもないレヴァンさんが、このスキャナーを無断使用したことに怒っていたと考えていました。しかし、思い返せばあなたは私達でスキャナーを共有できることを知っても、レヴァンさんに牙を向け続けましたよね?」
「それがどうした?」
「フェリックスさんが言っていたことが本当なら、現在私達はラース部隊にとって貴重な実験材料です。深い恨みがあっても、研究という名の下の拷問ならいくらでも痛め付けられたはずです。それでもレヴァンさんの殺害を優先したということは……もっと深い理由があるんじゃないでしょうか?」
俺は思わずレイに視線を向けた。しばらくしてレックスに視線を戻すと、微かにレックスの瞳に震えが生じているのに気が付いた。
「な、なんだ……俺が何かしちまったのか……?」
俺は震えながらレックスに尋ねた。レックスは躊躇うように頭を掻きむしると、ようやく顔を上げた。彼の瞳には、何か悲壮感漂う感情が渦巻いているように見えた。
現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)
現在使えるネオクリスタル 二個(アクアマリン・ガーネット)
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