第二十一話 裁きと共有

 レオンが振り下ろした巨大な爪は、俺の額を掠め、背後の地面に深々と突き刺さった。地面からは放射状の亀裂が広がり、彼が抱える殺意の強さが否応なく伝わってきた。

 

「な、何をするんだ!」


 驚きと恐怖が入り混じった声を上げるが、レオンは一瞬の躊躇いも見せていなかった。


「俺の本来の目的はデストロイヤーの排除では無い。貴様の抹殺だ!」


「どういうことだ……!」


 説明を求める暇もなく、レオンは再び動き出した。猛烈な勢いで繰り出される連続の爪撃に、俺は慌てて斧を構えた。しかし、レオンの動きは目で追い付くことすらできず、アーマーに傷が入っていき、遂に剥がれてしまう。


「ぐはっ!?」


「レヴァンさん!」


 レオンが慌てて介入しようとするが、黒い服の男達に銃を押し付けられ、身動きが取れなかった。


「何故貴様がそのスキャナーを持っている……! それに、その姿は!」


「スキャナー……!?」


 俺は腕輪を見つめた。そこに刻まれた不吉な輝きが、まるで俺自身を見透かしているかのように感じられた。レオンの鋭い視線もスキャナーに向けられており、思わず声を上げた。


「違う! これは知らない男に勝手に……!」


「くだらん言い訳を並べるな!」


 レオンの怒声が場を切り裂き、続けざまにレバーを倒す動作が鋭く目に飛び込んだ。


『エクセキューション!』


「えっ!?」


 レオンの両爪が金色に輝き出し、激しい閃光を放ち始めた。


『サンライズクロー!』


 レオンは一切の躊躇も見せず、俺に向かって爪を振り下ろした。巨大な爪から金色の波動が放たれ、俺の腹に命中すると大爆発を放った。


「うわぁああ!」


「!?」


 視界が炎に飲み込まれ、爆発音が轟いた。衝撃で吹き飛ばされた俺の体は無防備なまま地面に叩き付けられる。更に、変身が解除され、顔から腹にかけて巨大な爪痕が入っていた。


「スキャナーの力で誤魔化しが効いていたようだが、まるで戦闘に向いてないな」


 冷たい声が降り注ぐ。痛む胸を押さえながら顔を上げると、レオンの瞳が冷酷な光を宿して俺を見下ろしていた。体を起こそうにも、痛みが激しくて呻ることしかできなかった。


「うぐっ……あぁ……!」


「その面を二度と見せるな……!」


 レオンは倒れている俺に向かって、爪を振り下ろした。


 その時、レイは付近の建物の窓ガラスを銃で撃ち抜き、黒い服の男達の頭上にガラスの破片を降らせた。男達が慌てて頭を守り、彼らが気を取られた隙にレイは素早くレオンに向かって駆け出した。


「やめなさい!」


「!?」


 刃が振り下ろされる直前、レイは剣でレオンの爪を弾き返し、鋭い視線で彼を睨み付けた。レオンも同様にレイに冷徹な視線を向けていた。


「何のつもりだ」


「何故彼を攻撃するのですか……!」


 レイが鋭く剣を振り上げ、レオンの腹部に蹴りを叩き込むと、二人の間に距離が生まれた。レオンはゆっくりと爪を下ろし、俺に視線を向けた。


「貴様らに語る価値など無い……!」


「あなたのレヴァンさんに対する怒りの矛先が分からない以上、あなたを敵と見なすしかありません」


「……良いのかよ、本当にその男を庇って」


 レオンの一言に、レイは驚く様子を見せた。


「昨日出現したデストロイヤーの発言をビートルボットが録音していた。その男は過去に家族を見捨てらしいな」


「えっ……!?」


 レオンの言葉を耳にして、俺は言葉を漏らした。


「どのみちそいつは極悪な殺人鬼だ。俺の手で裁きを下す」


 出会ったばかりの相手に殺人鬼と罵られ、更に胸がギュッと締め付けられるように痛んだ。この知らない世界に来ても、運命は何ひとつ変わらないのか。


 その現実に打ちのめされ、悔しさと怒りがせめぎ合った。

 

「……私はそうとは思えません」


 その時、レイの静かな声が激しい戦場に響き渡った。俺の目の前でレイがレオンと対峙する姿勢を見せ、強い意志が伝わった。


「彼の過去が本当かどうかは知りたくありません。ですが、少なくとも私の目にはそんな悪人、いえ、罪を背負う必要のある人には見えないんです」


「レイ……?」


「私にとっての悪人は、そうやって他人の過去を逆手に取って弄ぶあなたのような人です!」


 レイは声を上げると、レオンのもとに突っ込んだ。レオンが放つ波動を剣で弾き返し、レオンと剣を交えた。


『エクセキューション』


「ブルーホークエッジ!」


 レイはエクセキューションを発動させ、レオンの武器の両爪を破壊した。更に、剣の柄をレオンの腹に当てて、怯んだ隙に頬を蹴り上げて吹っ飛ばした。


「ごふっ!?」


 レオンは空中で体勢を整え華麗に着地するが、痛みが走る頬に触れて怒りを露わにした。


「貴様……!」


「あなたを許しません!」


 レイは左手に持っている剣を逆手に構えた。その姿は力強く、決して怯むことがないように見えた。


 痛みを共有した者同士とはいえ、ここまで命を張ってくれる人が現れるなんて思ってもいなかった。涙こそ出なかったが、目頭が熱くなった気がした。


「後悔させてやるよ……!」


 ところが、レオンの攻撃も激しさを増した。建物間を高速移動し、通過間際にレイを斬り付け始めた。


「うっ!」


「貴様如き俺に勝てると思うな」


 レイは連続で斬り付けられ、地面に手を付いてしまう。その瞬間レオンが接近し、彼女の腹を斬り上げ、宙に浮いた瞬間に雷を帯びた足で蹴り付けた。


「おらぁ!」


「がはっ……!」


 レイの腹に電気が走り、地面に叩き付けられてしまう。スキャナーを持つレオンと丸腰のレイでは明らかに差が開いており、ピンチに陥っていた。


「くそっ……!」


 ふと俺は自分の左腕に注目した。スキャナーが俺に向かって何か語りかけているように聞こえ、レバーを倒した。


「この偽善者が! 消えろ!」


 レオンはレイに向かって再び剣を振り下ろすが、レイは咄嗟に首を捻って回避して地面に手を付いて起き上がり、その勢いでレオンの腹を蹴り付けて後ろに下がらせた。


「こ、この……!」


「レイ!」


 その時、俺はレイに向かって声を上げ、スキャナーを外した。


「受け取れ!」


「!」


 俺はレイに向かってスキャナーを投げ付け、レイは右腕を伸ばして装置した。スキャナーはレイの右腕に自動で装着され、レイと一体化した。


 直後にレオンの剣が振り下ろされたが、レイは地面を転がって回避し、レバーを手にかけた。


「馬鹿が! そのスキャナーは初めの装着者以外使えないぞ!」


「えっ……!?」


 ところが、レオンから衝撃の発言が聞こえ、全身の力が抜ける感じがした。しかし、レイは構わずスキャナーのレバーを手前に倒した。


『アクティベート!』


 その時、腕輪からいつもの機械音が鳴り響いた。


「えっ……?」


「!?」


 レイの頭上に黒い結晶が出現し、レイを包み込んだ。結晶が割れると同時に、レイは俺と同じ重ね着した黒いローブと鎖を装備した姿となった。その姿は、胸の内に秘めた覚悟が漆黒の姿と共鳴しているようだった。


『ロストフォーム!』


「馬鹿な……! 何故だ!?」


 レオンの予想は外れ、腕輪は本来の機能を見せつけた。この異常事態にレオンだけでは無く、周囲の男達も思わず声を上げていた。


 レイは困惑する様子を見せながらも、スキャナーの先端を剣に当てた。


『アクティベート、ロストブレイカー』


 スキャンされた剣の刃が黒く染まり、更に黒い炎を上げ始めた。その炎の不吉な揺らぎに、レイの表情が強張った。


「何これ……嫌な予感が……!」


「虚仮威しだ!」


 レオンはレイに向かって剣を振り下ろすが、レイは体をしなやかに曲げて回避し、レオンの懐に攻撃を当てた。レオンのアーマーから黒い火花が散り、追撃で爆発が発生した。


「うぐっ!?」


「でも、これなら行ける……!」


 そう呟くレイの瞳には、覚悟の色が浮かんでいた。彼女の剣が黒い閃光を放つたびに、空間には緊張感が張り詰めた。


「行け……! レイ……!」


 しかし、ここまで来ても二人は良くて互角だった。レオンは明らかに戦い慣れしており、特にレオンの高速移動にはレイもついていくのが必死で、決定打を与えるには至らなかった。


 レオンはレイと刃を交えながら声を上げた。


「どういうことだ……貴様ら何者だ!」


「はぁ……はぁ……くっ!」


 レイとレオンは高速で移動しながら斬撃を繰り広げた。お互いに剣から波動を放ち、次々と爆発が発生した。二人とも本当に俺と同じ人間かを疑うレベルの域に到達しており、異次元の戦いを繰り広げていた。


 俺は体を起こすことはできたが、歩くとなれば一苦労した。一歩踏み出すたびに血が地面に滴り落ち、吐き気を催した。


「はぁ……はぁ……」


「ガァアアアア!!」


「!?」


 その時、地面からガーネットが飛び出してきた。彼はアクアマリンの力で再生し、再び俺の前に現れた。黒い服の男達は右手に装着した銃で発砲するが、ガーネットの動きに付いていけず、体当たりを喰らったり、巨大な顎で噛み砕かれてしまう。


「ぎゃあああ!!」


「そんな……!」


 ガーネットは全く勢いを止めず、暴走を続けた。スキャナーを失った俺はガーネットに睨み付けられ、慌てて後退りをする。


「クソガキが……たっぷり礼してやるよ!」


 俺はガーネットの触手に体を持ち上げられてしまう。必死に抵抗するが、締め付けが強くなり、次第に意識が薄れ始める。


「こ、こんな……!」


「ただで死なすと思うなよ……!」


「レヴァンさん!」


 レイがすぐに気付き、レオンとの戦いを離脱してガーネットに斬りかかった。しかし、ガーネットはレイの攻撃を溶岩で防ぎ、体中から別の触手を伸ばして天井に張り付き、拘束している俺に鼻を近付けた。


「わわっ!? 何をするんだよ!」


「貴様の匂いでエクリプスを探す」


「お前、何を言って……!」


 その時、俺は嫌な予感を感じた。ガーネットは何度も匂いという言葉を使っている。つまり、嗅覚でエクリプスを探しているのだ。俺とレイから共通して薄く匂うものは、一つしか無かった。


「ほう、美味そうな匂いがする。随分古い建物から……」


「レイ! マズいぞ!」


 ガーネットが匂いの招待に気付いた瞬間、俺は声を上げた。レイはレオンの攻撃を防ぎながら、慌てて顔を上げた。


「何ですか!?」


「こいつが元々狙っていたのは俺らじゃない!」


 俺は喉が裂ける勢いで、大声を上げた。


「キョウジさんが危ない!!」

 

 


 現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)

 現在使えるネオクリスタル 零個

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