第十六話 蒼き盾と誓い
「な、何だこの盾……?」
俺は左腕に現れた青白い盾を見つめ、その不思議な輝きに息を呑んだ。青い翼の鳥の紋章が浮かぶシールドと白いレバーを持つその盾は、まるで俺の体の一部のように、しっかりと左腕に装着されていた。俺は盾のグリップを握り締め、じっくりと観察した。
「何が起きたんだ……まさか、腕輪の……」
「シャアア!」
その瞬間、俺の目の前に一匹のロイヤーが現れ、牙をむき出しにして飛びかかってきた。
「うわぁあああ!?」
驚いて反射的に左腕を構えた瞬間、盾がロイヤーの顔面に激突し、ロイヤーは無惨に吹き飛び、他のロイヤー達に衝突していった。
「ガァアア!?」
「えっ……これ、何が……」
しかし、ロイヤーたちは容赦なく次々と俺に迫ってきた。俺は必死で森の奥へ逃げようとするが、すぐに追い詰められ、二匹のロイヤーに挟まれてしまう。
「くそっ、何か無いのかよ!」
「ガァアア!」
正面のロイヤーが牙を剥いて迫るが、俺は必死で盾でその口を押さえ付けた。だが、後方のロイヤーは無情にも俺の首を掴んで引き寄せ、体が引き寄せられていく。
「うわっ!? や、やめろ!」
俺は必死に左腕を振り回して暴れた。その振り回された盾が、後ろのロイヤーの腹に命中し、ロイヤーはその場で崩れ落ち、口からデストロイクリスタルを吐き出した。俺は一瞬の隙をついて、後ろのロイヤーの手を振り解き、正面のロイヤーを蹴り飛ばして坂を転がらせた。
「はぁ、はぁ……駄目だ、盾があっても何とかなりそうに……!」
体力が限界に近いのに、まだ遠くに次々とロイヤーの姿が見える。俺は無意識に盾に手を伸ばし、白いレバーを引いてしまった。
「あっ……!」
その瞬間、盾が後ろにスライドし、謎の台座が現れた。
「えっ、これって……?」
何かに気付いた俺は、視線を地面に落とし、散らばったデストロイクリスタルを手に取った。それを台座に乗せ、盾を元に戻すと、鳥の紋章が赤く光り始めた。
「やっぱり……それで、どうするんだ?」
無意識にグリップの横に付いているトリガーを引いたその時、盾の先端から赤い弾が飛び出した。
「うわっ!?」
猛烈な反動で俺の体が吹き飛ばされ、尻餅をついてしまった。赤い弾は明後日の方向に飛んでいき、付近の木に命中して爆発を起こし、周囲の木々を吹き飛ばしてしまった。俺は呆然とその光景を見つめるしかなかった。
「嘘っ……!」
あまりにも信じられない光景に、俺はただ呆然とその場に座り込んだ。周囲には破壊された木々が散らばり、ロイヤー達には命中しなかったものの、俺の盾に怖じ気付いて逃げていった。心臓の鼓動が激しく響く中、何が起きたのか、全く理解できなかった。
俺はゆっくりと体を起こし、小屋を目指して再び走り出した。
◇
ようやく小屋に到着した俺は、玄関の扉を開け、ソファに体を投げ出すようにして倒れ込んだ。
「今の何だったんだ……」
深いため息を吐き、左腕に装着された盾に触れた。初めてロイヤーと渡り合えたことを認識する一方で、その裏に広がる虚無感が心を締め付けていた。レイを失った喪失感が、俺をじわじわと押し潰そうとしてきた。
(……あいつの匂いか……?)
ソファからレイの甘い香りが微かに感じられた。その瞬間、装着していた腕輪が盾が消え始めた。まるで役目を終えたかのように青白い光をゆっくりと放ち、光が消えるとともにただの腕輪に変わってしまった。
だが、この魔法のような光景を目撃しても、何も感じなかった。
「……俺があいつの代わりに生きて、何になるって言うんだよ……」
声にならない呻きが漏れる。ポケットから取り出したエタニティクリスタルが、冷たく手のひらにひんやりとした感触を伝えた。レイの兄、グレンの形見を守れたとしても、肝心のレイがいなくなってしまった。ガーネットはおそらく生きていて、今も俺を必死に探しているだろう。その間に俺はこんな風に、何もできずに休んでいる。
「……くそっ!」
拳を強く握りしめ、ソファに叩きつけた。悔しさと虚しさが入り混じり、胸の奥で激しく痛みが広がる。エタニティクリスタルの冷たい感触が、今の俺を現実に繋ぎ止めている唯一のものだった。
その時、小屋の扉を叩く音が響き、俺は驚いて扉の方に振り返った。
「レイ……!?」
まさか、と思った。しかし扉を開けた先に立っていたのは、昨日レイと一緒に夕食を取ったレストランの店主、キョウジだった。
「レイ、井戸の……あれっ、昨日の坊ちゃんじゃねぇか」
「……はぁ」
落胆した俺はすっかり力が抜けてしまい、エタニティクリスタルをソファに放り投げて再び腰を下ろした。キョウジは俺に歩み寄り、心配そうに顔を覗かせた。
「って、お前凄い怪我だぞ。一体何があったんだ?」
キョウジの問いかけに、胸が締め付けられる。俺は何も答えられず、ただ俯いて拳を握りしめた。キョウジの心配は痛いほど伝わるが、今の俺にはその優しさを受け入れる余裕がなかった。頭の中では、レイを失った記憶や、ロイヤーとの戦闘が何度も何度も繰り返されていた。
「……おい、大丈夫か?」
キョウジの声が更に近付き、俺の肩に手が置かれた。その瞬間、張り詰めていた感情の糸が切れた。
「大丈夫なわけ無いだろ……!」
「えっ?」
「レイは……俺を庇って……!」
声を震わせながら、俺は思わず叫んだ。頭の中に、あの絶望的な瞬間が蘇る。レイが俺を庇って立ち向かったガーネットとロイヤー。その後、あの光に包まれ姿を消してしまった。今でもその光景が目の前に浮かんでは消え、心の中で何度も繰り返される。
◇
気付いた時には、俺はキョウジに先程の出来事を全て話していた。
「そうか、デストロイヤーにレイが……」
「……ごめんなさい。俺が邪魔だっただけに……あいつが……」
俺は言葉を絞り出しながら、胸の奥で苦しんでいた。キョウジはじっと俺の目を見つめ、何も言わずに黙っている。そんな沈黙が、更に俺を追い詰めた。
「やっぱり、レイと初めてあった日に別れておくべきだったんだ……」
「……あいつなら無事だ」
キョウジは何の根拠も無く、しかし力強くそう言った。その言葉に、俺は耳を疑った。
「慰めのつもりですか?」
「いや、確信だよ」
「……えっ?」
俺はキョウジの言葉に、思わず声を上げた。
「俺とレイが初めて会ったのは、レッドウェザーから数日後のことだった。厨房にレイが不法侵入していて、生肉をかじっていた所を見つけた」
「生肉を……?」
「随分腹を減らしていたようで、ガリガリになっていた。追い出すわけにもいかず、俺はレイに一食与えてやって、あいつと親しくなれたんだ」
キョウジはボロボロになった小屋を見渡し、笑みを浮かばせた。
「懐かしいなぁ。ここって確かレイの兄貴が建てたんだよな」
「建てたって、グレンが?」
「元々レイは、兄のグレンと二人の弟とは血縁関係が無かったようなんだ。孤児院にいたレイは同じように親を失ったグレンに引き取られ、四人でこの小屋に暮らしていたって聞いたぞ」
レイの過去が少し明かされ、俺は驚きと共にその事実を噛みしめた。レイの兄であるグレンが血縁関係が無いにも関わらず、レイを家族として大切にして、自らの命を捨てて彼女を守ったのだ。そんな兄弟愛を知って、レイが少し羨ましく思えてきた。
「グレンのことは残念だったが……レイはこの街から離れることは無かった。あいつはグレンが守ってくれた命を決して無駄にしないことを誓って、グレンの旅を受け継いだんだ」
「……それで、あいつはルインクリスタルを……」
レイが言っていた命を軽く見ないで、という言葉。今思い返せば、その言葉の重さはレイが一番理解しているように思えた。
「だから、あいつは旅を終えるまで絶対に死ぬことは無い。信じてるんじゃない。あいつならそれ以外あり得ないんだ」
「……」
「それに……あいつも最初から強かったわけじゃ無い。あいつの強さは、あいつが背負っているものと向き合うために積み重ねたものだ。それがあいつの、本当の強さなんだ」
キョウジの言葉は確かに胸に響いた。それでも俺は、まだ心の中でレイを失った現実に耐えきれずにいた。レイの過去を知るたびに、自分のせいでレイが苦労したという事実が心に重くのしかかってくるのだ。
(……あいつ、そんなに頑張ってきたのに……)
俺がため息を吐いて下を俯いていると、キョウジは謎のケースを片手に外へ向かい、井戸を覗き込んだ。
「あなたは何しに来たんですか?」
「井戸の点検。害虫や細菌が潜んでないか調べるんだよ。病気にでもかかったらたまったもんじゃないだろ」
「だから水が綺麗だったのか……」
キョウジはレイのために水の確認を行っていたのだ。彼女のために動こうとする姿は、レイの父親のようだった。
(……レイの親って、どんな人だったんだろうな……)
「よし、とりあえず俺は店に戻るけど、お前はどうする?」
キョウジはケースから取り出した長い棒を折り畳みながら、俺に尋ねてきた。レイは今いない。どうしたか、どうするべきかは俺が決めなければならなかった。
「……分からない……」
だが、俺にはまだ決断する勇気も無かった。怖くて仕方なかった。レイがいなくなって、俺一人で生きていける感じがしない。それ以上に、俺自身が俺の選択を拒否しているのだ。
この時、俺は本当に弱い生き物であると自覚した。
現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)
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