第十五話 紅き破壊者と安否不明

 突如現れた赤いデストロイヤーを目撃して、全身が凍りついたような感覚が襲ってきた。膝は震え、体が言うことを聞かず、立ち上がることができない。心臓が激しく鼓動し、ただひたすらにその異形の存在から目を逸らしたくなった。

 

「この匂い……薄いが間違いないな」


「またデストロイヤーかよ……!」


 冷たい汗が背中を伝ったその時、鋭い爆発音と共にデストロイヤーの背後が炎に包まれた。直後に煙の中から宙を舞うレイの姿が見え、彼女は軽やかに俺の目の前へと着地すると、デストロイヤーに銃を向け、間髪入れずに引き金を引いた。


「はぁあ!」


 デストロイヤーの腹部に次々と弾丸が撃ち込まれ、爆発とともに煙が舞い上がった。しかし、煙が晴れた時には、無傷のデストロイヤーが立っていた。


「……もう終わりか? このガーネットにそんな豆鉄砲が通用するとでも?」


「うっそだろ……!?」


 俺の声は、恐怖でかすれていた。レイは銃を剣に変形させ、背後にいる俺に顔を近付けた。


「私が引きつけますから逃げて下さい!」


「そんなことできるかよ……!」

 

 その時、ガーネットは俺とレイに向かって頭突きを仕掛けた。鋭く尖った角が目の前に迫り、俺とレイそれぞれは反対方向に避けた。ガーネットはそのまま橋の柵に激突し、砂埃を上げながら破壊していった。


「やっば!」


「危ない!」


 レイが声を上げたその時、俺の足元が盛り上がり真っ赤な手が伸びてきた。更に次々と地面から手が飛び出し、橋の下からロイヤーが姿を現した。


「またこいつらかよ!」


「どいて下さい!」


 その時、レイは一人でロイヤーの群れに突っ込んだ。ロイヤー達が次々と口から放つ赤い光を回避しながら、先頭に立っているロイヤーの顔面を蹴り上げた。更に、剣でロイヤー達を次々と一刀両断していき、辺りはデストロイクリスタルで溢れ始めた。


「レイ……!」


「はぁ!」


 更に、レイはガーネットとも交戦した。ガーネットはレイに向かって尻尾を振り回すが、レイは体をしなやかに反って攻撃を回避し、ガーネットの顔面を蹴り付けた。金属がぶつかるような鈍い音が響いた後、レイは次々と剣で攻撃を仕掛け、ガーネットの体勢を崩し、腹を蹴り上げて体を浮かせて顔面に肘を喰らわせた。


「ガァ!?」


 ガーネットの体は大きく吹っ飛び、瓦礫に体を激突させて砂埃の中に消えてしまった。


「つ、強っ……!」


 その動きはまさに無駄がなく、まるで戦場で鍛え上げられた者のようだった。レイの姿がまるで別の世界の人間のように感じられて、次第にその背中が遠く手の届かない場所に思えた。


 ガーネットは砂埃の中から赤い光を放つが、レイは剣を巧みに操って光を跳ね返し、ガーネットの肩口に直撃させた。ガーネットは咆哮を上げながら後退し、鋭い爪を地面に突き立てて踏み止まった。


「グッ……小娘、やるじゃねぇか」


 ガーネットの低い唸り声が響き、対峙するレイの表情は、決意に満ちていた。


「これ以上、私の目の前で誰かが願いを失う所を見たくありません……!」


 その言葉に一瞬息を呑んだ。レイの瞳に宿る覚悟は鋭く、まるで全てを背負うつもりでいるかのようだ。


 その時、ガーネットは不気味な笑みを浮かべ、俺に冷たい視線を向けた。

 

「ロイヤー! あのガキを狙え!」


「!」


 命令が下ると同時に、ロイヤー達が一斉に俺を標的にして襲いかかってきた。血の気が引き反射的に身を低くすると、レイが銃でロイヤーを狙撃した。


「っ!?」


「レヴァンさん! 速く逃げて!」


 レイは俺に背を向けると、対処しきれない程の数に増殖してしまったロイヤー達を前に、明らかに苦慮する様子を見せた。


「まずい……こうなったら……!」


 レイは懐からルインクリスタルを取り出した。またあの無茶な行動をする予感がした俺は、レイに向かって手を伸ばした。


「! よせ!」


「させるか!」


 ところが、レイが視線を逸らした隙にガーネットが再び口から赤い光を放った。レイは何とか回避するが、体が宙に浮いた瞬間を狙われてデストロイヤーの体当たりを受けてしまう。


「ぐっ!?」


「あっ!」


 レイは何とか角を掴んだものの、橋の柵に体を激突させられてしまう。更にガーネットの尻尾で遠くに吹き飛ばされ、その勢いでレイの手から二つのルインクリスタルが離れ、宙に放り出されてしまう。


「しまった!」


「まずい!」


 俺は咄嗟にルインクリスタルに手を伸ばすが、ガーネットに腹を蹴り付けられてしまう。俺は冷たい地面に転がり、ガーネットはラヴァクリスタルを奪い取ってしまった。


「俺もツいてるな」


「そんな……!」


 すると、ガーネットは地面に倒れている俺に目を向けた。

 

「ほう、首の皮が一枚繋がったな」


「はぁ、はぁ……」


 俺は息を切らしながら、自分の右手に目を落とした。そこには、辛うじて掴み取ったエタニティクリスタルが輝いていた。冷たく、それでいてどこか心臓の鼓動を感じさせるような温もりが手に伝わった。


 それを見たレイは、銃でガーネットの背中を撃ち抜いた。


「レヴァンさん!」


「!」


 その一声が、まるで雷のように俺の意識を引き戻した。俺は反射的に立ち上がり、全身が震えながらも走り出した。レイは追い掛けようとするガーネットに近付くが、足を掴まれて地面に叩き付けられてしまう。


「っ!」


「目障りだ、消えろ!」


 ガーネットの口が赤々と輝き始め、大きく息を吸い込む姿が目に飛び込んできた。その瞬間、俺の体は勝手に動き、レイのもとへと全力で駆け出していた。何も考えられなかった。ただ、レイがその場から動けないままガーネットの一撃を受けてしまう光景を想像しただけで、全身が燃えるような衝動に突き動かされた。


 俺はあの日のように、レイに向かって必死に手を伸ばした。

 

「やめろーー!!」


「!?」


 しかし、俺の手はレイに届くことは無かった。ガーネットの口から熱線が放たれ、周囲が一瞬で熱を帯び、橋全体が轟音と共に崩壊し始めた。


 橋が崩壊する轟音とともに、瓦礫は次々と川へと飲み込まれていった。俺は恐怖と絶望に呑まれながらも、必死に瓦礫にしがみつき、体を起こした。崩れ落ちる橋の断片が川に飲み込まれる中、視界の中からレイの姿が消えていた。


「そんな……!」


「シャアア!」


 川を覗き込んでいる俺に向かって、一体のロイヤーが飛び掛かってきた。鋭い爪が俺の顔を狙い、俺は反射的に身を低くしてかわした。だが、その動きはあまりにもぎこちなく、すぐに別のロイヤーが背後から襲いかかってきた。


「くそっ……!」


 俺は重たい体を起こして走り出した。レイがいなくなった喪失感に押し潰されそうだったが、今はエタニティクリスタルを守るしか無かった。


 ◇


 俺は小屋を目指して森の中へ駆け込んだ。足場の悪い道に足を取られながらも、振り返る余裕はなかった。胸の鼓動が耳の奥で響いた。


「はぁ……ゲホッ!」

 

 なんとか命からがら逃げ切ったが、体力はもう限界だった。大木に寄りかかりながら、荒い息を整える。指先は震え、全身から汗が滲み出る。思考が霧の中をさまようように乱れていく中、真っ先に浮かんだのはレイの顔だった。

 

「……あいつ……」


 レイがいなくなってしまっては、もう生きていける気がしなかった。それ以前に、レイは俺を庇おうとしてラヴァクリスタルを奪われてしまった。


「……俺のせいで……」


 水たまりに視線を向けると、そこには情けない自分の顔が映り込んでいた。歪んだ水面の中で、俺は相変わらず不器用で、弱者で、何も変わっていない。更に、この世界でも尚、人の未来を奪う存在に過ぎなかった。レイが安否は不明だが、俺のせいで彼女を危険にさらしたことに変わりは無かった。


「……お前、一体いつ来てくれるんだよ」


 俺は指輪を取り出して、そう呟いた。あの女性が言ってくれたいつか助けるは、いつになるのだろうか。


 更にポケットを漁ると、仮面の男に渡された銀色の腕輪が現れた。これに関しては何故渡されたかも全く理解できない。それ以上に、これが何なのかも分からなかった。ただ、その無機質な輝きが、俺の不安をさらに煽るように見えた。


「グルルル……!」


「!」


 ロイヤーの唸り声が聞こえ、俺は木に身を隠した。しかし、ロイヤー達は俺の方に真っ直ぐ視線を向けていた。


(待て……。そういえば、結晶であるならデストロイヤーは狙ってくるってレイが……!)


「シャァアア!」


 全身に嫌な汗が流れるのを感じたその瞬間、ロイヤー達がこちらに飛びかかってきた。俺は咄嗟に木から離れるが、ロイヤーに激突された木は根本から折れてこちらに倒れてきた。


「うわっ!?」


 土埃が舞い上がり、俺はその場をなんとか転がるようにして避けた。視界が曇る中で聞こえてくるのは、ロイヤー達の唸り声と。赤い目が暗闇の中で獣じみた輝きを放っていた。


「くそっ……!」


 ロイヤー達は赤い目を光らせながら、獲物を狩る獣のようにこちらへと迫ってきていた。俺は森の奥へと走り出すが、ロイヤー達は次々と地面に潜り、地中を高速移動して俺を追い始めた。


「マジかよ……!」


 ロイヤーは俺の近くにまで接近すると、地面から飛び出して俺に鋭い爪を振り下ろしてきた。突然の攻撃に対処しきれず、左腕を切られてしまう。


「あぁ!?」


 腕から流れ出る血の感覚に寒気が走る。激痛で足がもつれ、地面に倒れ込んだ。ロイヤーたちは俺を囲むように集まり、赤い目をギラつかせて獲物を狙う獣そのものだった。


「くそっ……!」


「シャアアア!!」


 ロイヤー達がゆっくりとこちらに近付いてくる中、俺は咄嗟に腕輪を手に取り、血で赤く染まった左腕に押し当てた。冷たい金属がひんやりと肌に触れ、思わず身体を震わせる。


「おい……何とかしろよ……!」


 焦りの声が漏れたが、腕輪は無言のままだ。絶望が胸を締め付け、俺は右手に握った指輪を必死に強く握り締め、もう一度必死に祈るように叫んだ。


「もう失いたくない……! 俺の声が聞こえるなら……助けてくれ!」


「シャァアア!!」


 ロイヤー達が一斉に俺に飛び付いた瞬間、俺は指輪を持った右手を腕輪に叩き付けた。


 その時だった。


『アクティベート』


「!?」


 突然、謎の音声が響き渡ると、周囲が青白い光に包まれた。まるで光の波動が押し寄せるような感覚が全身を駆け抜け、ロイヤー達はその光に圧倒されたのか、後退し始めた。俺は驚きと恐怖で瞳を閉じ、光が収まったと同時にゆっくりと目を開いた。


「……えっ?」


『レガリアシールド』


 俺の左腕には、蒼白い光を纏う盾が生まれていた。


 


 現在使えるルインクリスタル 一個(エタニティ)

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