第十四話 破滅の結晶と旅
◇
激しく降りしきる雨の中、駐車場には救急車とパトカーが集まり、青と赤の光が闇を照らしていた。焦げた車の周囲では警察官が忙しなく動き、騒然とした空気が漂っており、その様子を傘も差さずに携帯電話で撮影する群衆が見つめていた。
救急車の後部扉が何度も開かれ、担架が次々と運ばれていく。そんな中で、俺は若い男性警察官に声をかけられ、雨で濡れた体をタオルで拭かれていた。
「……大丈夫、皆すぐに目を覚ますから。そんな顔をしないの」
「……」
しかし、彼の言葉は耳に入らなかった。視界は曇り、頭の中には家族の悲鳴と崩れ落ちる記憶がぐるぐると渦巻いていた。
この日を境に、俺は生きる希望や願いを失い、空を見上げることが無くなった。空が嫌いになったり、雨が嫌いになったのではない。
俺は(?)ものが嫌いになったのだ……。
◇
ディザイアータワーの鐘の音が耳に届き、俺はふと目を覚ました。目を開けると、そこは見知らぬ部屋。窓の外を見ると、空は黒い雲で覆われていており、雨が降るような雰囲気を醸し出していた。
頭を押さえて体を起こすと、昨晩の記憶がゆっくりと甦ってきた。
「……そうか、あの後、眠っちまったのか……」
自分が知らない世界にやって来たという現実が襲いかかった。まだ信じていなかった昨日と比べて、心身への負担は大きかった。
「……嫌な夢だったな……」
俺はふと左腕に視線を移し、装着されている腕輪を見つめた。
(……そうだった、くっついている感じがしなくて、完全に忘れていた……)
俺は腕輪を外し、じっと眺めた。仮面の男が俺に渡した謎の腕輪。これを受け取った際にあいつが放った言葉は、しっかり脳に刻まれていた。
◇
『今から三ヶ月後、俺はもう一度お前のもとに現れる』
『お前が負ければ、お前の一番大切なものを破壊する』
◇
「三ヶ月後に、これを……」
俺はポケットから取り出した指輪を握り締めた。あの時の恐怖がまだ忘れられず、俺は無意識に体を震わせていた。
◇
部屋を出ると、レイがそこにいた。彼女は荒れた壁や床に手を当て、険しい表情を浮かべていた。彼女の指が触れる先には、かつての傷跡を覆うかのような薄い亀裂が走っていた。
俺がレイに歩み寄ると、足音に気づいた彼女がふと振り返った。
「あっ、おはようございます」
俺はレイの左肩に視線を向けた。アクアマリンに貫かれて負った怪我に、包帯を巻いていた。
「肩の怪我は大丈夫か?」
「はい、もう痛みも感じません。あなたの方こそ……」
「俺は別に……」
俺は腹に巻かれている包帯に触れた。痛みは去っており、包帯を取り外すと、仮面の男に斬り刻まれた傷痕がくっきりと残っていた。
「……あいつ、一体何者なんだ……」
「……その傷は?」
すると、レイは俺の腹に指を差した。
「……そういえば、ここに来るまでのことを何も話してなかったな……」
◇
俺はレイに今まで自分の身に起こった出来事を話した。レイは話を遮ったりすることもなく、最後まで俺の話に耳を傾けてくれた。
「……元の世界で助けたはずの男に襲われて、アクアマリンにばったり会った……と」
「しかもそいつは、俺の過去を知っていて、そのことに何か怒りを抱いている感じがした……。思い返しても、俺はあの時以外にあいつに会った覚えはないんだ」
「うーん……あなたの過去を知っているのなら、知り合いである可能性は高いですね……。心当たりはありますか?」
俺は仮面の男について、何か見落としが無いか考えてみた。俺の過去を知っていて、死んだ目を持っている者……。必死に思い返してみると、とある過去に行き着いた。
真っ赤な炎に包まれ、俺に向かって必死に手を伸ばす家族だった。
「……まさか……」
信じたくなかった……。だが、それだと辻褄が合う。どうしてこの世界にやって来てしまったのかは不明だが、仮面の男は復讐のために俺を襲った。死んだ目をしていたのは、おそらく……。
その時、視線の先にある机の上で、ひときわ小さな鍵が光を反射していた。
「……何の鍵だ?」
「あっ……兄が最後に私にくれたものです。兄の机の引き出しの鍵でした」
「何か入っていたのか?」
レイは静かに懐から二つの石を取り出し、テーブルに乗せた。一つはランプの印が彫られたオレンジ色の石。そして、もう一つは時計の印が彫られた白い石だった。
「この石って、お前がアクアマリンに使った……」
「はい。これらはルインクリスタルと呼ばれる結晶です。解明できてない謎が多いですが、どうやらかなり古い時代の結晶のようです」
「古い時代……?」
俺は手に取ったオレンジ色の結晶をじっと見つめた。他の結晶と比べると、どこか鈍い光を放ち、まるで長い時を経た石ころのようだった。
「確かに、古い感じはするな……」
結晶に刻まれている炎の印を見つめると、あの事件の日の記憶が蘇り、無意識に体が震え出した。
それに気付いてか、レイは俺の手からそっとルインクリスタルを取り上げた。
「レヴァンさん……」
「……あぁ、すまない。炎か……」
「これはラヴァクリスタル、怒りを象徴した結晶……って兄が言ってました」
俺は白い結晶の方を持った。炎が怒りは分かるが、時計は何を表わしているのかよく分からなかった。
「……時計の方は何だ?」
「これは時間のエタニティクリスタルです」
「エタニティ……永遠ってことか」
レイは静かに頷き、二つのルインクリスタルをじっと見つめた。
「兄はこの結晶をどこで手に入れたのか、何のためにこれが生まれたのか、多くが謎で包まれている結晶なんです」
「そう言えば、アクアマリンもこれのことを知っているようだったよな」
アクアマリンはラヴァクリスタルの攻撃を受ける直前、ルインクリスタルという名前を確かに口にしていた。つまり、デストロイヤーもある程度の情報を持っているのだ。
「……結晶である以上、彼らデストロイヤーも狙っているでしょう。もしこれだけの力を持つルインクリスタルを奪われてしまえば……」
「あぁ。しかもあいつは、俺の家族写真を持っていた……。もしデストロイヤーが俺の世界に関与していたら、大変なことになる……」
現状何とも言えないが、アクアマリンが俺の家族について知っていた以上、彼女が死に際に言っていた、写真を渡した者の正体を暴かない限り、決して安心できない。
レイはルインクリスタルを懐にしまい、俺に背を向けた。
「だから私は旅を始めたんです。ルインクリスタルのことを知れば、兄のことをもっと知れると思って……」
「それが、昨日キョウジさんが言っていた旅か」
「ええ……兄の残した痕跡を追って、いつか真実に辿り着けると信じて。けれど……こんなにも多くの謎が絡み合っているなんて、想像以上でした」
レイの表情は険しく、決意に満ちていた。彼女が兄の死の真相を求めて旅を続けている理由が、少しずつ理解できてきた気がした。
「……ん?」
「どうした?」
その時、レイは俺の服の裾を掴んだ。昨日散々な目に遭った俺の服は、汚れや傷が目立っていた。
「……レヴァンさん、身長はどれくらいですか?」
◇
レイに用意してもらった服に着替えた。元々はグレンのものらしく、ありがたく着させてもらうことにした。
「キツイな……」
服は白と黒を基調にした、妙に洗練されたデザインだった。腹部が大胆に露出しており、ベルトやチェーンで身体を締め付けるような構造。街を歩けば人目を引きそうだが、俺の好みからは程遠い。これだけ奇抜なら、グレンという男がどんな人物なのか、想像できてしまうくらいだ。
とはいえ、鏡に映る姿が自分だとは信じがたかった。いつも地味な服しか着ない俺が、こんな派手な装いをする日が来るなんて思ってもいなかった。
「……皆にも、見せたかったな……痛っ!」
その時、腹に鋭い痛みが走った。仮面の男に斬られた傷口の痛みだった。レイに手当と包帯を巻いて貰ったため、あの時より痛みは随分引いたが、その瞬間の恐怖が、鮮明に記憶の奥底から蘇るのを感じた。
「……俺が本当の強さを手に入れた時……か」
◇
「やっぱり丁度良かったですね」
「悪いな。こんな綺麗な服まで貰って」
俺とレイは巨大な川にかかる橋に向かい、そこで少しの時間を過ごすことにした。レイは海風を浴びながら、穏やかな表情を浮かべていた。
「考え事をしていた時は、よくここに来ていたんですよ」
「……」
レイの後ろ姿を見ると、俺に指輪を渡したあの女性の姿を思い出した。俺は無意識に、レイの背中に向かって手を伸ばし、彼女の肩甲骨に触れた。
「ひゃぁ!?」
「あっ……」
レイは小さな声を上げ、俺は慌てて手を引っ込めた。彼女の小鳥のさえずりのような声を聞き、俺は一瞬心臓が跳ね上がったのを感じた。
「ちょ、ちょっとびっくりするじゃないですか……」
「悪い……お前でもそんな声上げるんだな……」
少し気まずい空気が流れ、俺は視線を遠くの街へと移した。俺が今まで見てきた街とは違い、どこもかしこも輝いていた。光に照らされているというより、この世界そのものが光になっているようだった。
「……こうして見ると、悪くない世界なんだよな……」
ぼんやりと呟くと、レイもまた小さく頷いた。
「そうですね……デストロイヤーさえいなければ……!」
彼女がそう言った直後、何かが変わった。レイの体が微かに震え出し、その表情に明らかな緊張が走った。
「おい、どうしたんだ?」
「……何かが、来てる……」
「えっ……!?」
辺りを見渡すが、何も異変は見つからない。しかし、レイの表情は明らかに普通ではなかっく、俺の背中を冷たい汗が伝い落ちた。
「レイ……! 一体何だ? っていうか、なんで分かるんだ?」
「……!」
返事を待つ間もなく、レイが突然俺を突き飛ばした。その勢いで俺は橋の端に転がり、その瞬間、俺が立っていた場所が爆発した。
「っ!?」
爆風で舞い上がる砂埃の中、巨大な影が現れた。人間の血のように真っ赤に染まった体に、地面に深く食い込む鋭い爪、そして空を裂く巨大な角。その姿が視界に入った瞬間、全身に電流が走るような恐怖が広がった。
「見つけたぞ、エクリプス……!」
低く唸るような声が響き、俺は息を呑んだ。
「まさか……!」
目の前に現れたのは、紛れもない新たなデストロイヤーだった。
現在使えるルインクリスタル 二個(ラヴァ・エタニティ)
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