第十三話 人殺しと奪われた願い
レイの目の前に現れた謎の仮面の男は、割れた仮面の隙間からレイを見下ろした。彼の瞳には、微かな光が宿っており、彼の目を見たレイは次第に落ち着きを取り戻していった。
「だ、誰……?」
「……」
仮面の男はグレンの瞳をゆっくりと閉ざし、彼の目から零れていた涙を拭ってあげた。レイはグレンの手を握るが、既に冷たくなってしまった。
「お兄ちゃん……」
「貴様!」
デストロイヤーが姿を現した時、地面が震え、周囲の空気が一変した。仮面の男は、デストロイヤー達に立ち向かうため、一瞬の躊躇も見せずに前に進み出た。彼の瞳には、冷徹な決意が宿っていた。
「待って!」
レイが叫んだが、その声は戦場の喧騒にかき消された。仮面の男は振り返ることなく、剣を抜き放ち、鋭い閃光を放った。
彼はデストロイヤーの腕を押さえつけ、無防備となった脇腹を狙った。斧が空を切り、迫る刃の音が耳を劈いた。その瞬間、周囲の時間が止まったかのように感じられた。仮面の男の動きは、まるで舞うようだった。彼の体は一瞬で幾つもの敵の間を駆け抜け、流れるような剣さばきで次々とロイヤーを切り裂いていく。
「ギャァ!」
「ガァアア!?」
仮面の男は一瞬の隙も見せず、振り向きざまに斧を振り下ろす。刃が肉を切り裂く音が響く。周囲には、倒れた者たちから流れる赤い結晶、デストロイクリスタルが、まるで悪夢のように広がっていく。彼はまるで生ける武器のようだった。冷徹に、しかし情熱をもって、敵を一掃していく。
「……なんで、なんで皆……」
レイは、ただその光景を呆然と見つめるしかなかった。彼の戦う姿は、勇敢でありながらも、同時に恐ろしい。仮面の男が人々を救うために戦っていることは分かっているが、彼の手にかかる刃の先には、計り知れない死が潜んでいた。
レイは仮面の男が戦っている間、グレンに近付き、彼の体をゆっくりと抱き締めた。
「……お兄ちゃん……怖いよ……」
レイはグレンを抱き締めたまま、目を瞑った。デストロイヤーの声や人々の悲鳴も聞こえなくなり、レイは虚無の中で最後までグレンとともにいた。
◇
「……その日は、レッドウェザーと呼ばれています。ですが、デストロイヤーの正体も、何故人間を襲ったかも分からないまま、人々は無差別にも生きる希望や願いを失ったんです」
レイは鳥のぬいぐるみを手にして、ゆっくりと立ち上がった。レイは俺と同じエクリプスであるとともに、過酷な運命を辿っていたのだ。
「お前……ディザイアークリスタルを失っていたのか……」
「今でも見つかっていません。デストロイヤーに奪われてからかなり時間が経ったせいで、どんな願いを持っていたのか、まるで覚えていません」
「……弟達は?」
レイは唇を噛みしめた。
「……無事でした。二人とも大人達の言うことを聞いて、しっかり生き延びていました。でも、事情を聞いた二人は、私のもとから離れました。お前は兄を殺したって、言い残して……」
レイの声はどんどん小さくなっていった。彼女は願いを失っても、兄弟達への愛はずっと胸に残していた。俺にはよく分かった。
「……せめてグレンも、それだけ分かっていたら……」
「おもちゃ屋に避難した人達も、全員が無事でした。あの時足を動かしてなかったら……もっと違った世界が見えていたのかもしれない……」
俺は家族を助けずに後悔した。レイは家族を助けようとして後悔した。そしてどちらも、家族を殺すという最悪の結末を迎えてしまった。
「……話は瞬く間に広がり、しばらく私は冷たい目を向けられるようになりました。でも、この街からは離れませんでした。私を守ってくれた兄とずっと、この地にいたくて……」
レイはぬいぐるみを抱き締めた。若干赤く染まった白い鳥のぬいぐるみは、瞳から真っ赤な涙を流しているように見えた。これが表わしているのは、レイの怒りか、レイの悲しみか、それともその両方か……。
(……そうか。こいつは俺と似た運命を辿っていたんだ。だからあの時も助けてくれて……)
俺はデストロイヤー化しかけても俺を助けてくれた彼女を思い出した。誰も分かってくれない、永遠に罪を背負わなければならない。死にたい。俺がずっと胸に秘めていた思いは、彼女だから分かってくれたのだ。
だからこそ、俺も彼女を分かってあげる必要があった。
「……レイ、だからあんたは、デストロイヤーと戦うことを決意したのか?」
「……はい。復讐で何かが変わるなんて思っていません。でも、何かを恨んでないと、もう生きていけないんです……」
レイはぬいぐるみを元の場所に戻し、そう話した。俺は戦わなければ生きていられない彼女に、何て言葉をかけてあげれば良いのか分からなかった。命を軽く見ていた俺が、誰かの願いを尊重したり、支えてあげることができるのか……。
俺はただ、レイの背中を眺めることしかできなかった。
◇
小屋に戻った俺は、石で作られた部屋に入り、シャワーを浴びた。作りは俺の家のとほとんど変わりが無く、黒い結晶を捻るだけで天井に吊されている半透明の穴の開いた管からお湯が出てきた。頭から水を被っていると、あの日の雨を思い出し、心が痛んだ。
レイの過去を知り、この世界の危険さを身をもって知った。こんな誰からも知られない世界で、孤独に死ぬかもしれないという恐怖に押し潰されそうになった。
「……叔母さん、ごめん……無事に帰れそうに無いかも……」
あれだけ喧嘩した叔母さんでも、親の代わりとして俺を必死に支えてくれた。そんな人を残して先に死ぬなんて、俺は最悪の親不孝者だった。せめて一言だけは、謝っておきたかった……。
◇
シャワー室から出ると、レイはソファに横になって眠ってしまった。戦いと悲しみで疲れてしまったのだろう。俺は古い椅子に掛け、自分の現実と向き合った。
「……ルナルス国……デストロイヤー……」
レイに言われた通り、俺は自分の目に見えたものを信じるしか無かった。しかし、一つだけ信じて良いのか分からないものがあった。
「仮面の男……まさか、レイも会っていたなんて……」
レイが出会った仮面の男だ。俺は昨日、仮面の男に殺意剥き出しで襲われたが、レイは彼に救われたのだ。何故俺と出会った時に、別人のように変わり果ててしまったのか、十二年の月日の流れで、彼に何が起きたのか……。
「あいつも何かに絶望して、心にヒビが入ったのか……」
俺は指輪を手にそう呟いた。レイと同じように、俺も望んだ世界を見ることはできなかった。仮面の男も、そうだと信じて良いだろうか……。
(……あいつかレイみたいに、俺にも力があったら……)
この時、俺は僅かな願いを胸にした。
◇
とある建物の屋上。赤い服の男ドラゴンと黄色の帽子の少年アルフが、何かを求めて夜の街を見渡していた。ドラゴンは既に地面に寝転がっていたが、アルフは監察を続けていた。
「アルフ、まだかよー」
「口より手を動かしてよ……ん?」
その時、アルフはとある建物に視線を向け、不気味な笑みを浮かばせた。
「……いた」
「マジかよ! どこだ!? エクリプスはどいつだ!?」
アルフは古い木製の建物に指を差した。人が建物を出入りする様子は確認できず、ドラゴンは遠くに目を凝らした。
「……おい、どれだ?」
「すぐに分かるよ。明日の朝は一番を使おう」
「一番ってことは……ガーネットか! 確かに匂いを嗅ぎ分けられるあいつなら……っておい!」
ドラゴンはアルフに近付き、彼の肩を強く押した。
「いい加減俺も戦わせろよ。アクアマリンに勝ったあの女とも殴り合ってみてぇんだよ」
「君は感情的になるとエクリプスも関係無しに暴れるでしょ。まずは自我を抑えられるようになるように頑張って」
「ハァー、俺も早く暴れてーなー」
ドラゴンは再び地面に寝転がり、不満の声を漏らした。
暗雲のごとく迫る災厄の足音が、この世界に響き始めていた。
現在使えるルインクリスタル 二個
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