第十二話 赤い雨とぬいぐるみ

 俺とレイは巨大な塔に向かった。俺が朝に見た、黒い柱に囲まれている謎の時計塔だった。


「これは……」


「ディザイアータワー、ルナルス国の象徴の時計塔です。さっきの鐘も、ここで鳴ったんですよ」


「この黒い柱は何だ?」


 俺が尋ねると、レイは首を傾げた。


「……実は、よく分かりません」


「えっ、知らないのか?」


「私が物心ついた頃には、もう建てられてたんです。この国の人でも知らないらしくて……」


 よく見ると、黒い柱は全て微妙に高さが違っていた。国の象徴である建物に対し、統一感のない高さの建築物を配置するのは不自然だ。つまり、これは何か特定の数を象徴している可能性が高い。


「もしかしたら、地域ごとにデストロイクリスタルが手に入った数……とか?」


「だったら赤い柱にする筈ですし、仮に合っていても、それは人々がデストロイヤーに襲われた回数に繋がります。そんな悪趣味なものをこんな目立つように建てると思いますか?」


「た、確かに……」


 ディザイアータワーには大勢の人々が集まっており、人々は黒い柱に向かってお祈りしたり、お供え物をしていた。これを見ると、とても悪いものには見えなかった。


「お前が連れてきたかった所はここか?」


「いいえ、この先です」


 レイはディザイアータワーから離れ、建物の光も通らないような暗い広場に入った。更に先に進むと、針の無い小さな時計台が置かれている空間に足を踏み入れた。


「時計?」


 足元を見ると、沢山の花や食べ物、そして赤く滲んだ鳥のぬいぐるみが供えられていた。更に、地面や周囲に置かれているベンチを見ると、血痕らしきものが飛び散っていた。


「……ここは一体……?」


「……兄との、最後の思い出の地です」


 レイは時計の前にしゃがみ、両手を合わせた。


「……兄って、お前が言っていた……」


「はい。あなたのように、デストロイヤーに襲われたんです」

 

 俺は言葉を失い、レイの背中を切なげに見つめた。レイは目の前の時計を見上げ、彼女の身に起こった過去を語った。


「十二年前、何気無い一日が始まる筈でした……」

 

 ◇


 十二年前。


 レイは、二人の弟と一人の兄とともに街を歩いていた。この頃のレイはまだ幼く、髪も短くリボンも付けていなかった。


 小さな時計塔が設置されている広場を訪れ、二人の弟はベンチに座った。


「オスカー、エリック、すぐに戻ってくるから大人しく待ってるんだぞ」


「分かった。グレンお兄ちゃん!」


 次男のオスカー、三男のエリックはベンチで休み、高身長で長男のグレンはレイと手を繋ぎ、街へ向かった。この頃から謎の黒い柱は存在していたが、今よりずっと低く、建築途中のディザイアータワーと並ぶと、ただのオブジェクトのようだった。


「お兄ちゃん、何かできるの?」


「あぁ、ディザイアータワー。でっかい時計塔ができるらしいぞ」


「ふーん……あっ、あった!」


 レイは小さなおもちゃ屋の前で足を止めた。店の窓ガラスには手のひらサイズの真っ白な鳥のぬいぐるみが飾られており、レイは窓に顔を押し付けて、そのぬいぐるみを見つめていた。


 しばらくすると、レイとグレンは沢山の人形を抱えて店を出てきた。グレンは腕をプルプル震わせながら必死に人形やおもちゃを運んでいたが、レイはポケットに入るサイズの、自分のぬいぐるみだけを持っていた。

 

「この子は何て名前にしよーかなー」


 グレンは、上機嫌なレイに対してため息を吐くだけだった。


「エリック驚くかなー? ふふっ」


「全く。なんでお前まで誕生日プレゼントもらってるんだよ……とりあえず、プレゼントは先に家へ……ん?」


 突然、さっきまで晴れていた空に異変が起こり、雨が降り始めた。レイは慌てて建物の屋根の下に避難した。


「雨だ! お兄ちゃん!」


「……」


 しかし、グレンは雨の様子に違和感を感じていた。降ってきたのは、不気味な赤い雨だった。グレンは雨に打たれても気にせず、立ち込める悪雲を見上げていた。


「雨……赤いね」


「なんだ、この色は……」


 周囲にいた人々も異変に気付き、次々と空を見上げ始めた。最初は人々もその異様な雨に戸惑うだけだったが、やがて雨脚が強まり、地面に赤黒い染みが広がるにつれて、恐ろしい不安が胸に押し寄せてきた。


「こりゃ大変だねぇ、当分洗濯できんね」


「一体、何が起きてるの……」


 レイは不安げに辺りを見回し、ふと弟達のことを思い出した。


「オスカーとエリックを見つけないと……」


「ぎゃあああ!!」


 突然、叫び声が響き渡った。驚いたレイが声のした方向を見つめると、道端で一人の男が何かに襲われているのが見えた。男は全身真っ赤な何かに首を噛みつかれており、地面に倒れてもがいていた。


 人々は驚きながらも男の元へ近付いた。赤い何かは、暴れる男性を上から押さえつけ、頭を離さなかった。


「いたい! 誰か! 助け……!」


「えっ……えっ?」


 レイは困惑しながらも、男性のもとに向かおうとした。しかし、グレンは両手に持っていたものを道端に捨て、レイの手を掴んだ。


「レイ! よせ!」


「で、でも、助けないと……」


「ウヴァアア!!」


 怪人は男の首の肉を食い千切り、叫び声を上げた。グレンは慌ててレイの目を隠し、彼女を抱いてその場から逃げ出した。


 これが、始まりのロイヤーだった。辺りに血が飛び散り、人々は悲鳴を上げた。


「きゃあああ!!」


「助けてー!」

 

 人々は恐慌状態に陥り、次々に建物の中へ逃げ込もうとしたが、すでに手遅れだった。赤い雨が降り注ぐ中、次々と別の怪人が現れ、その鋭い爪と牙で無慈悲に住民を切り裂いていく。彼らは容赦なく建物を破壊し、街を荒らし回り、逃げ遅れた者たちの悲鳴が次々と響いた。


 怪人は女性や子供にも容赦無く襲いかかり、街は悲鳴と流血で溢れ、一瞬で破滅へと誘われた。


「お兄ちゃん……!」


 グレンは目の前の光景に息を呑みながら、レイをおもちゃ屋の中に避難させた。


「レイ、ここで待ってるんだ。大人達の言うことをちゃんと聞くんだぞ」


「お、お兄ちゃんはどうするの?」


「オスカーとエリックを迎えに行く。すぐに帰ってくるから」


 グレンは自分の手を強く握っているレイから手を離し、一人でおもちゃ屋を出て行ってしまった。直後に、大人達が棚を運んでバリケードを作ろうとした。


「早くドアを塞げ! 裏口もだ!」


「……嫌だ……!」


 ところが、レイはグレンの言いつけを破って、店の外へ飛び出してしまった。外に出たレイの目の前に広がっていたのは、考えたことも無かった絶望の世界だった。


「ぎゃぁあああ!!」

 

「痛い! やめて!」


「う、嘘……!」


 さっきまで輝いて人で賑わっていた街は、地獄と化していた。曇った空には謎の亀裂が発生しており、亀裂から飛び出した鎖が逃げ遅れた人々を捕まえ、彼らの心に眠るデストロイヤーを引きずり出そうとしていた。

 

 現実は思えないこの光景に、レイは膝を崩して地面に倒れてしまった。


「どうして……こんなの……」

 

 涙が浮かぶレイの前に、突然、巨大な影が立ちはだかった。それは、他のロイヤー達とは異なる、異様な雰囲気を持つ怪物だった。

 

「!」


 全身が赤と黒に染まり、四つの目と鋭い牙を持つ恐ろしい顔、そして背中からは四本の触手が生えていた。蜘蛛のような姿をした。

 

「ここか……!」


 デストロイヤーだった。

 

 デストロイヤーは左手から赤い糸を出し、次々と建物を引きずり倒していき、赤い雨に濡れた街がさらに瓦礫の山となった。人々は逃げ場を失い、デストロイヤーの残忍な攻撃に次々と倒れていった。血のように濡れた赤い雨が街全体を覆い尽くし、空気は絶望に満ちていく。


「人間ども! 貴様らの願い、喰わせてもらうぞ」

 

 デストロイヤーが叫ぶと、次々とロイヤーが姿を現し、建物の崩壊に巻き込まれた人々を襲いかかった。人々は抵抗もできないまま、次々とロイヤーの餌食となっていった。


「あっ……あぁ……!」

 

「……ん?」

 

 レイはぬいぐるみを抱き締めながら後退りするが、デストロイヤーに目を付けられてしまった。デストロイヤーはレイに近付くが、レイは恐怖に震え、立ち上がれなかった。

 

「助けて……誰か……!」


「……フッ」


 デストロイヤーはレイに向かって触手を突き出した。その瞬間、レイの泣き声は消え去り、血で染まった人形が地面に転がった。


「……えっ」


「ぐっ……!」


 ところが、触手に刺されたのは、レイを庇ったグレンだった。グレンの腹にはデストロイヤーの触手が貫通し、グレンは吐血して地面に倒れてしまった。レイは必死にグレンを支えるが、彼の息はもはや微かだった。

 

「お兄ちゃん……!」

 

「ハッ……ガハッ……! ぶ、無事か……?」


 その様子を見ていたデストロイヤーは、レイを嘲笑した。


「ふっ、大人しく建物に避難していれば良かったものを……結果的に兄貴を殺すとはな」


「……そんな……私は……」


 レイは絶望して脱力してしまった。グレンのことが心配で外に出ただけなのに。何か自分にできることが無いか知りたかっただけなのに。こんな結末が待ってるとは思っていなかった……。


 すると、グレンはポケットから小さな鍵を取り出し、レイに差し出した。


「レイ……俺の部屋の引き出しに……」


「だめっ! お兄ちゃんしっかりして!」


 グレンはレイの涙を拭い、最後に笑顔を浮かばせた。


「……泣くな、お前には笑顔が似合うから……」


 直後、グレンは赤い雨に浸された地面に顔を落とした。レイはグレンの手を取るが、彼はもう握り返してくれなかった。


「嫌だ……お兄ちゃん……!」


 レイは悲しみのあまり、声すら上げられなくなっていた。どこまでも一緒にいると思っていた人を、自分の手で殺してしまった現実を受け入れられなかった。グレンの最後の願い、笑顔を作ることすらできなかった。


 その時、レイの胸が光り出し、謎の青い光が飛び出した。それを見たデストロイヤーは、光を奪い取ってしまう。

 

「これが貴様のディザイアークリスタルか」


「返してよ……返してよお兄ちゃんを!」


 レイは涙を流しながらデストロイヤーにしがみつくが、振り払われて地面に倒れてしまう。デストロイヤーは願いを失ったレイに近付き、彼女の頭を踏みつけた。


「その顔が見たかった……! 良いデストロイヤーを生み出すんだぞ!」


 邪悪な笑みを浮かべたデストロイヤーは、右手にデストロイクリスタルを手にして、レイの心に挿入しようとした。


(誰か……! 助けて!)


 レイが心の中で叫んだその時だった。


 何者かがデストロイヤーの首を蹴り付けたのだ。金属が割れるような音が響き、直後にデストロイヤーの首は変な方向に曲がり、付近のベンチまで吹っ飛ばされた。レイが顔を上げると、何者かがレイの前で着地した。


「だ、誰……?」


「……」


 ローブを着たその者は、レイの顔をチラリと確認すると、すぐに正面を向き直した。


 その者は、謎の仮面を付けていた。




 現在使えるルインクリスタル 二個

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