第七話 罪の正体と家族

 俺は砕け散った指輪の破片を、震える手で拾い集めた。指の隙間から零れ落ちそうなその小さな欠片は、まるで俺自身の希望の残骸のようだった。かつて心の拠り所だった願いは、今や俺の心と同じく粉々に砕けていた。


「俺の……全てが……」


「哀れな幕切れね。せっかく託された指輪がこんな終わりを迎えるなんて」


 願いを失った俺に追い討ちをかけるように、アクアマリンの冷たく響く声が耳に届いた。彼女は、指輪に触れただけで、俺の願いに関する情報を全て見透かしていた。この圧倒的な力と恐怖は、レイが話していた、デストロイヤーの本質なのだろうか。


「返せ! 返せよ! 返してくれよ俺の指輪……!」


 俺はアクアマリンの腕を掴んで訴えるが、非情にも地面に投げ飛ばされた。これだけ声を上げてるのに、涙は一滴も零れなかった。とっくに、涙も涸れ果てたのだろう。


「あんたみたいな人間が願いを持つこと自体おこがましいのよ」


 アクアマリンは俺の背後に近付くと、冷たい言葉を投げかけ、俺の背中に触れた。


「がぁあああ!?」


 その瞬間、背中に激痛が走り、俺は地面に倒れた。炎で焼かれているかのような痛みが全身を襲い、やがて全身に広がった。痛みは更に深くなり、まともに目すら開けられなくなった。


「な、何が起きて……!」


 俺は曇った空を見上げて、あることに気付いた。

 

 空中に亀裂が生じ、そこから赤い鎖が飛び出していた。鎖は俺の腕や足に刺さり、無情にも引っ張り上げようとしていた。耐えようとするたび、体が悲鳴を上げる。


「何だこの鎖……! 俺に何を……!」


「あんたもなるのよ、デストロイヤーに」


 俺はアクアマリンの言葉に耳を傾けた。俺がデストロイヤーになる……? 一体何を言っているのだ。


 彼女は困惑する俺の目を見て、不気味な笑みを浮かべた。


「あなた、ディザイアークリスタルの仕組みを知らないの?」


「それが、俺と何の……!」


「呆れた、その歳になって……」


 体の痛みに耐えながら、俺はアクアマリンに手を伸ばした。


「教えろよ……! 何が起きているんだ……! そのクリスタルって一体……!」


「……あなたは願いを失った。それに伴い、願いを具現化させたディザイアークリスタルは、あなたの心から消滅した。そんな空っぽになった心に、これを入れられたらどうなると思う?」


 アクアマリンは右手に持っているデストロイクリスタルを俺に見せた。それを見た瞬間、レイが話していた言葉が脳裏に蘇る。


 ◇


『これはデストロイクリスタル。ロイヤーやデストロイヤーの体を構成している石で、人間で言う細胞のようなものです』


 ◇


 俺はデストロイヤーの細胞を埋め込まれたのだ。そう理解した瞬間、亀裂はさらに広がった。


「そんな……こんな怪物如きに……」


「今からあなたも、その怪物に仲間入りよ」


 目の前の光景が現実だとは思えなかった。知らない世界に送り込まれ、怪物に襲われ、そして最後には自らの願いを奪われる。俺には、裁きの時が訪れたのだと感じるしかなかった。


 その時、正面から銃の発砲音が聞こえた。


「グァアア!?」


「!?」


 弾丸はアクアマリンの背中に命中し、爆発を起こした。彼女の背後には、銃を手にしているレイが立っていた。レイは俺を見るやいなや、驚愕の表情を浮かべた。


「デストロイヤー化……!」


「またあんた……でも、惜しかったわね」


 アクアマリンは攻撃を受けた箇所を一瞬で再生させ、レイの方を向いた。


「もう坊やのディザイアークリスタルは消えた。心に残っているのはデストロイクリスタルだけよ」


「……」


 レイの表情を見て、何を言いたいかよく分かった。もう手遅れだった。俺に残されたのは、デストロイヤーになるまでの僅かな時間だけだった。


 ところが、アクアマリンの非道はここで終わらなかった。

 

「そうだわ。死に土産に彼の過去を教えてあげるわ。彼は六年前、事故で家族を失っているの」


「!? お前……!」


「しかも、彼は……」


 俺は咄嗟にアクアマリンに手を伸ばした。


「家族を見殺しにしたのよ」


「……えっ?」


 レイは思わず声を上げた。真実を語られた俺は脱力し、アクアマリンを睨み付けた。アクアマリンは俺の腕を掴み、手首に刻まれた黒い線をレイに見せつけた。振り解こうとしたが、力を込めるたびに体中の亀裂から激しい痛みが走り、抵抗できなかった。

 

「がぁあ!?」


「この坊やは、助けられた命を軽く見捨てたの。事件性が見つからなかったことで逮捕はされなかったけど、世間はそれを許さなかった。この黒い線は、同級生に彫られた入れ墨なのよ。まるで手錠ね」


「!」


 アクアマリンは乱暴に俺から手を離した。恐る恐るレイを見ると、彼女は複雑な表情を浮かべていた。


「あなたが助けたのは殺人鬼なのよ。デストロイヤーになった後に公開処刑させた方が、彼の家族も報われるじゃないかしら?」


「お前、いい加減にしろ……!」


「これを見てもまだ何か言うつもりなの?」


 アクアマリンは俺に一枚の写真を見せつけた。それを見た俺は、驚きのあまり声を失った。


「あぁ……ああ……!」


 写真には、俺の家族が映っていた。父さん、母さん、兄さん。……俺の姿は、どこにも映っていなかった。


「な、なんでお前がこれを……!」


 理解できなかった。俺ですら存在を知らなかった写真を入手しており、気がおかしくなりそうだった。


「あんたは優秀な兄と差別され、父や母にも見放された」


「やめろ……!」


「その恨み辛みを抱えたある日、あんたは家族三人が爆発事故に巻き込まれたのを目撃した」


「やめろ!」


「心の底で呟かなかった? 俺の苦しみを味わえって……」


 俺は衝動的にアクアマリンに向かって拳を振った。しかし、簡単に防がれ、足を引っ掛けられて地面に倒されてしまう。背中が地にぶつかる衝撃と共に、痛みが体中を駆け巡った。アクアマリンは俺の顔を踏み付け、話を続けた。


「あんたは自分の幸せのために、三人の家族を見捨てた。三人の幸せを破壊した。……あんたこそが、真のデストロイヤーよ」


「うわぁあああ!!」


 俺は腹の底から大声を上げた。差別する両親を憎んでいないことは無かった。何でもできる兄さんを羨ましく思っていた。でも、まさか失うことになるとは思っていなかった。そして、失う恐怖がこんなにも苦しいものだとは知らなかった。


 どうしても涙が零れなかった。家族を殺した俺に、泣く資格など無いのだろう。家族を見殺しにした俺が、今さら何を悔やめば良いのだろうか。


「……」

 

 俺は戸惑う様子を見せているレイに視線を向けた。


「……何だよ。お前も同じことを思ってるんだろ!」


「……」


「そうだよ! 全部コイツの言う通りだ! 俺は家族を助けられなかったし、手首も写真も全部事実だ! 第一、生まれた時から俺に存在価値なんて無かったんだよ!」


 俺は激しく息を吐き、声を震わせながら話を続けた。俺が声を上げている間も、レイは一切口を開かなかった。


「……殺してくれ。ずっと死にたかった。ずっと罪を背負い続けるのも嫌だったんだ。俺には死ぬ勇気が無かったし、誰かに殺されそうになった時は怖くて逃げ出したけど、もう覚悟はできている……」


 俺は粉々になった指輪の破片を拾い上げ、その冷たい感触を掌に感じながら、静かに続けた。


「俺を支えてくれた願いもあったのに……もう何も残ってないんだ……。悔いは無いから……怪物になる前に、人間のまま死なせてくれ……」


「……」


 レイはその静けさの中で、ゆっくりと銃を持ち上げた。銃口が、確実に俺を狙っているのが分かる。彼女の冷静な表情を見ていると、かすかに安堵すら覚えた。


「……ありがとう」


 その感謝の言葉が、俺の口から自然とこぼれた。俺は身を瞑り、覚悟を決めた。


 

 

 そして、銃声が鳴り響いた。



 

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