第六話 赤い壁と青い絶望

 俺は先へと進み、建物の隙間を縫うように走り抜け、明るい広場に飛び込んだ。薄暗い裏通りから急に光の中に出たことで、目が眩んで一瞬視界がぼやける。しかし、次第に光に慣れ、辺りを見回した。

 

「……えっ」


 目の前に広がるのは、全く見覚えのない街並み。自宅の方向すらわからないばかりか、どこにいるのかもさっぱり見当がつかない。石造りの建物が立ち並び、俺が知っているコンクリートのビル群とは全く異なる風景が広がっていた。戸惑いと共に、異国のようなその景色に呆然と立ち尽くす。


 しかし、それ以上に俺の視線を強く引いたのは、遠くにそびえる巨大な赤い壁のような結晶だった。

 

「何だあれは……」


 不気味な光を放ち、異次元の物体のように立ち並ぶその結晶群は、街を囲むように配置されている。その光景を目にした瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

 

「……これマジでヤバくねぇか……」


 心の奥で警鐘が鳴り響く。冷や汗が頬を伝う中、広場の奥から人の声が聞こえてきた。反射的にその声に引き寄せられ、俺は市場のような通りへと歩みを進めた。


 目の前には市場が広がっていた。人々が忙しなく動き回っており、全員が片腕に銀色の腕輪をつけていた。銀色の腕輪と言っても、彼らの腕輪は俺がつけているものよりも小さく、簡素なデザインだ。

 

「腕輪……もしかして義務化しているのか……?」


 彼らは物を買うたびに謎の機械に腕輪をかざし、支払いを行っていた。まるで通貨ではなく、何か別の方法で取引をしているようだ。


「何をやってるんだ……? あんな技術、見たことがねぇ……」


 そんなことを考えていると、突然、街全体に鐘の音が鳴り響いた。


 驚いて振り返ると、俺の背後にそびえる大きな塔からその音が発せられていた。その塔はどこか見覚えのない、謎めいた建物だった。そして塔の周囲には、無数の黒い柱が立ち並んでおり、それがまるで威圧感を放ちながら塔を守っているようだった。


「すげぇ……」


 それはまるで見覚えのない建物で、しかも、その周囲には謎の赤い柱が何十本も立ち並んでいた。それらはまるで威圧感を放ち、塔を守るように囲んでいる。その中央に鎮座する銀色に輝く塔は、世界文化遺産に選ばれてもおかしくないほど美しく、荘厳な造形だった。


 だが、俺はその存在すら知らなかった。

 

「……せめて警察くらいはいるだろ。早く連絡をしないと……」


 来てしまった街のことは後でいくらでも調べられる。あのよく分からない怪物から逃げることが優先だ。俺は人混みの中を歩き、周囲の建物を見渡した。


 その時、俺に一人の男の子がぶつかった。


「あっ……!」


「うわっ!」


 男の子はそのまま地面に倒れ込んでしまった。俺は慌ててしゃがみ込み、男の子を助け起こす。


「おい、大丈夫か?」


「うん。ごめんなさい……」


 男の子は素直に謝り、俺は男の子の手を取って立たせた。すると、男の子の母親らしき女性が現れ、男の子の手を取った。


「シン! なんでいつも前を見ないの! 本当に申し訳ございません」


 母親は子供を叱りつけた。子供はシンというらしく、母親とともに頭を下げた。


「いえ、俺のことは気にしないで」


「もう……お父さんに叱られたばかりでしょ」


「……だって……いつも、お父さんもお母さんも……」


 シンは何か言いたげだったが、母親は彼の言葉を遮るようにして手を引き、急いで去っていった。俺は彼が何を言おうとしていたのか気になりつつも、次第に心の中に別の感情が広がっていく。


「……母さん、か……」


 その瞬間、辺りに突如として響き渡る悲鳴が俺の思考を中断させた。


 振り返ると、そこにはアクアマリン・デストロイヤーが現れ、街の人々に襲いかかっている。彼女はロイヤーを大量に生み出し、恐怖に駆られた人々が逃げ惑っていた。

 

「あいつ……! まだ生きていやがったのか!」


「きゃあああ!」


 そして、視線の先にはさっきの親子がいた。彼らは恐怖で動けなくなり、ロイヤーの脅威にさらされている。俺の心臓が激しく鼓動する。

 

「!」

 

 俺は思わず駆け出し、ロイヤーに体当たりして親子を庇った。ロイヤーをなんとか押し退け、俺はアクアマリン・デストロイヤーと目が合った。

 

「あらあら、昨日の坊やじゃない」


「くそっ……!」


 俺の中に沸き上がる怒りと焦り。しかし、この瞬間、俺は無意識に他人を助けようとする自分に気づいた。結果的に自分を苦しめることになってしまった。

 

「それより、エクリプスを複数見られるなんて、今日はツイてるわね」


「何だと……まさか……!」


 シンに視線を向けると、アクアマリンの目が彼を標的にしていることに気づく。俺の心臓が一気に冷えた。


 その時、俺の頭上を何かが飛び越え、目の前に黒い服を着た男が現れた。右手に剣を持ち、首にスカーフを巻き、黒いマントを羽織っている茶髪の男だった。


 彼は素早くロイヤーを剣で一刀両断し、振り返って俺に指を差した。


「早くその親子を」


「!」


 俺は男の言葉に即座に反応し、親子を起こして逃げ出した。男は次々と襲いかかるロイヤーを剣で斬り払い、圧倒的な戦闘能力を見せつけていた。俺も親子を連れてその場を離れるが、男の力に驚きと感嘆が混ざり合う。

 

「逃げろ! 早く!」


 母親はシンと手を繋いで逃げ出し、俺も後をついていった。


 男は巧みに剣を扱い、ロイヤーを斬り付けていった。更に、後からやって来た黒い服の男達も、銃でロイヤーの殲滅を始めた。その銃の見た目も所謂ライフル銃では無く、右腕に被せるように装着させた太い銃だった。


 銃声が鳴り響く中、男はロイヤーの群れを掻い潜り、アクアマリンの前に立った。アクアマリンは男の左腕に付いている腕輪を見つめ、不気味な笑みを浮かべた。


「ラース部隊……時計塔の主人に随分躾けられたようね」


「面白い冗談を言う石ころだ。真っ二つにしてやるよ」

 

 その瞬間、二人は刃を交えた。男の剣はアクアマリンの首を狙うが、アクアマリンは槍を取り出し攻撃を防いだ。二人は靭帯を超越した動きで剣を交じり合わせ、一歩も引かなかった。


 アクアマリンは肩の宝石に触れ、目の前に大量の氷の柱を立てた。男は次々と地面から生えてくる柱を回避し、再び剣を構え直した。


「悪いけど、遊ぶのはまた今度にさせて」


 その時、アクアマリンは槍の刃を自分の首に当て、自分の身体を縦に切断した。


「!?」


 半分に割れたアクアマリンは、断面が再びうごめきながら別々に再生していく。数秒後、彼女の身体は完全に二つに増えていた。


「何っ!?」

 

 肩に宝石を付けている一体は、身体を液体化させ、どこかへ逃げてしまう。 


 黒い服の男はその逃走に気づくと、すぐに追跡しようと動くが、もう一体の肩に宝石の無いアクアマリンに押さえつけられてしまう。男は攻撃を防ぐが、動きを封じられてしまう。

 

「貴様! 何のつもりだ!」


「こんな面白いチャンスを逃すわけないでしょ? エクリプスがこんなに揃うなんて……」


「何っ!?」


 彼女はまるで楽しんでいるかのように、ゆっくりと男の顔に近づいた。その甘美な囁きには、冷酷さが滲んでいた。


 ◇


 一方、逃げていたシンと母親の前に、不気味な液体が現れた。それはまるで道を塞ぐように地面から湧き上がり、光沢のある不定形な塊を作り出していた。


 母親がシンの手を強く握り、立ち止まったその瞬間、液体は徐々に人の形を取り戻し、やがてアクアマリンの姿が現れた。


「捕まえた」


「やめろ!」


 アクアマリンは静かに手を伸ばし、彼女の指先が冷たく不気味に輝きながら、親子に近づいていく。その指先がシンに触れようとした瞬間、俺は全力で駆け出し、叫びながら彼女に殴りかかった。


 しかし、アクアマリンの体はすぐに液体化し、俺の攻撃をあっさりと避けた。逆に俺の腕は液体の中に捕らえられ、その冷たさが一瞬にして全身に広がる。

 

「く、くそっ!」


「坊や、また遊んで欲しいの?」


 俺はアクアマリンに腹を蹴り付けられ、建物に激突してしまう。更に、起き上がった瞬間に肘打ちで地面に叩き付けられ、倒れたところを蹴り上げられてしまう。衝撃で視界が一瞬真っ白になり、鼓膜が痛むほどの音が頭に響いた。


 その時、俺のポケットから青い光が飛び出した。


「あら、青い髪の子は不在なのね」


「う、うるせぇ……!」


「……うん?」


 その時、アクアマリンは足元に視線を向けた。彼女の足元に青い指輪が転がっていたのだ。俺は慌ててポケットを探るが、どこにも無かった。


 アクアマリンは指輪を拾い上げ、俺は必死に手を伸ばした。


「返せ……!」


「……」


 アクアマリンは不気味な笑みを浮かべると、俺に視線を向けた。


「なるほど……これがあんたの願いなのね」


「っ!?」


「じゃぁ、今度こそバイバイね」


 その時、アクアマリンは指輪を握り潰した。その瞬間、俺は言葉を失い、時間が止まったように感じた。


「あっ……あぁ……!」


 アクアマリンがゆっくりと手を開くと、指輪の破片が地面に転がった。


 俺が手を伸ばした先にあった小さな願いは無慈悲にも消え去り、俺は地面に手を落とした。俺の心から願いも、希望も、全てが消え去った。




 俺に残されていたのは、果てしない絶望だけだった。





 現在使える??? 二個

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