第八話 精神世界と失ったもの

ガァア!?」


「!?」


 ところが、銃弾は俺ではなく、アクアマリンの額に命中した。アクアマリンは俺から足を離して後退し、レイはすぐさま俺のもとに向かった。


「クソッ! おのれ!」


 アクアマリンは怒りに満ちた叫びを上げ、レイに向かって槍を振り下ろした。レイは瞬時に剣に変形させて、アクアマリンの攻撃を防いだ。体勢を崩さずそのまま突進し、鋭い肘打ちをアクアマリンの腹に叩き込んだ。


「ゴハッ!」


「はぁ!」


 アクアマリンが苦しげに吐き出した声が聞こえるが、レイは冷酷に剣を振り上げた。アクアマリンの体に走る巨大な斬り痕。彼女はレイの力に圧倒され、さらに腹に強烈な蹴りを受けて壁へと吹き飛ばされた。


 アクアマリンの姿が消えると、レイはデストロイヤー化が進行した俺のもとへやってきた。

 

「レヴァンさん……」


「……」


 俺はその光景をただ見つめていた。心臓が高鳴り、全身が震えていた。レイが俺を助けた。しかし、その理由が分からなかった。


 レイが俺に手を差し伸べるが、俺はその手を拒絶するように、冷たい視線を向けた。

 

「……いい加減にしろよお前……」


「えっ……?」


「死ぬ直前まで反省の弁を述べろとでも言うのかよ……! 俺をどこまで苦しめる気だよ!」


 俺の叫びは、自分でも驚くほど感情的だった。胸の奥から湧き上がる怒り、憎しみ、自己嫌悪。全てが混じり合い、言葉となってレイにぶつかった。俺は、自分が救われる価値なんてないと思っていた。いや、むしろ救われることが怖かったのだ。


 すると、レイは口を開いた。


「……私もなんです」


「……はっ?」


「ずっと近くにいると思っていた人が突然消える。信じられないですよね」


 彼女の優しい声が、まるで包み込むように俺の心に染み渡る。それまで硬く閉ざしていた感情が、少しずつ解き放たれていくのを感じた。


「……あんたも家族を?」


 俺が尋ねると、レイは小さく頷いた。


「でも……あんたは俺と違うだろ……」


「いいえ、私も兄弟達を目の前で失いました。すぐ目の前にいたのに、手を伸ばしても届かなかった……」

 

 彼女の声は徐々に弱まり、その悲しみが滲み出ていた。俺は彼女の痛みを感じ取ることができた。

 

「初めてあなたの瞳を見た時、大切なものを思い出しました……失った兄の面影を……」


「えっ……?」


 彼女の言葉が、俺の心を締め付ける。まさか、彼女が俺のような存在に自分の兄を重ねていたなんて……。俺も彼女も、過去に囚われ、共に苦しんできた。彼女は、俺を理解者だと思っていたのかもしれない。


 だが、気付くのが遅過ぎた。


「……ありがとう、レヴァンさん」


「!」


 その時、俺の体に入っていた亀裂が一斉に広がった。視界が揺らぎ、意識が薄れていく。



 

 俺は、地面に崩れ落ちた。



 

 ◇


「!」


 目を覚ますと、俺は真っ暗な空間に取り残されていた。体は自由に動くが、周囲は完全に暗闇に包まれており、何も見当たらなかった。こんな場所に一人取り残されている感覚が、強い孤独を感じさせた。


「ここは……?」


「お前の精神世界だ」


 その時、俺の背後から低い声が聞こえた。振り返った先に立っていたのは、全身を赤と黒の結晶の皮膚で覆われた謎の怪人だった。結晶でできた赤い髪、真っ赤に染まった瞳が俺を鋭く見据えており、その目を見た瞬間、冷たい震えが背筋を走った。


「お、お前はなんだ……!?」


「お前の心に眠るデストロイヤーだ。俺の名はロスト・デストロイヤー。まもなく俺は、お前になるんだ」


 ロストはその言葉を淡々と告げると、真っ黒な巨大な翼を広げた。その翼から滴り落ちる黒い水が、床に落ちるたびに黒いオーラを放ちながら消えていった。


「お前が、俺のデストロイヤー……?」


「そうだ。お前は過去に様々な願いを失った。そんな運命を辿ってきたお前から生まれたのが、ロスト・デストロイヤー、俺というわけだ」


 ロストは俺を見下し、不気味な笑みを浮かばせていた。ロストは自分の一部であることに、恐怖と共に腹の底から感じた。更に、こいつの目を見れば分かった。俺を助ける気は一切無いのだ。


「俺……どうなるんだ?」


「ディザイアークリスタルを失った貴様など、蝉の抜け殻だ。永遠にこの暗闇で彷徨うと良い」


 その言葉は、俺の心に冷徹に突き刺さった。俺は恐怖に怯えながら、後退りするが、暗闇の中に一筋の光を見出したいという思いが、どこかで胸の中に潜んでいた気がした。


「そんな……止めてくれよ!」


「デストロイヤーがエクリプスを助けるなんて馬鹿な話があるか。蛙が蛇に助けられるのを見たことがあるのか?」


 ロストは俺に向かって右手を伸ばしてきた。その両手は漆黒に染まっており、恐ろしい力を感じた。俺の体はすくんで、動けなかった。


「俺と来い、レヴァン。デストロイヤーになれば、恐怖も苦しみも何も感じなくなる。今のお前の救いになってやれるはずだ」


「えっ……」


 ロストの言葉は、驚くほど優しさを帯びていた。恐怖に怯えながらも、ロストが俺の光になってくれる気がし始めた。


「過去も、今も、全て忘れよう。新しい道を切り開くんだよ」


 彼は本当に俺を救おうとしてくれているのかも知れない。俺がそう考えるたびに、視界が歪み始めた。


「!」


 その時、俺の目に青い光が映った。指輪なのか、それ以外の何かかは分からない。しかし、この色を見ると、心が落ち着く気がした。


 これこそが、本当の俺の救いだった。


「さぁ……」


「っ!」


 俺は咄嗟にロストが伸ばした手を払いのけた。全身が拒絶しているかのような、力強い振り払いだった。ロストは驚いた様子を浮かばせ、俺に視線を合わせてきた。


「ふざけるな……! 何がデストロイヤーだ!」


「なんだと……」


「てめぇの偽りの救いなんか信じるか!」


 俺は目の前に見える青い光を掴み、その勢いでロストの顔面を殴り付けた。青く光る俺の右手はロストの左頬に命中し、ロストは黒い霧を上げながら消え去ってしまった。


 直後に、視界が輝きだした。光が闇を突き抜けて広がっていく感覚。まるで、今までの苦しみが全て溶けていくかのようだった。

 

 ◇


「くっ!」


 目を覚ました瞬間、俺の体中を締め付けていた鎖がすべて砕け散り、亀裂と共に消え去った。


「えっ……!?」


「はぁ、はぁ……」


 すぐ傍からレイの驚く声が聞こえた。胸の奥で何かが砕け、深い底から生まれ変わったような感覚が広がる。夢のような出来事だったはずが、目の前にある現実だと理解するまでには時間がかかった。


 俺は生きている。しかし、その理由が分からない。なぜデストロイヤー化が中断されたのか。俺の右手には、あの壊れたはずの指輪が、まるで何事もなかったかのように残っていた。


「……そうだ、この指輪は……!」


 更に、記憶も取り戻すことができた。俺の唯一の心の支えが、奇跡としか言えない形で戻ってきたのだ。


 不安と混乱が交差する中、ふと目を上げると、建物の瓦礫の中からアクアマリンが姿を現し、俺の様子に驚愕していた。

 

「嘘……なんでデストロイヤーに……!?」


「わ、分からねえよ……」


 俺はフラフラと立ち上がろうとするが、レイは俺の肩に手を乗せて止めた。彼女の手の温もりが、混乱の中で唯一の現実の感覚として俺を包んだ。


「あなたは休んでいて。後は私に任せて下さい。必ずあなたのディザイアークリスタルを取り返します」


「待ってくれ……」


 俺は再び戦いに向かおうとするレイを呼んだ。彼女は振り返らず、足を止めた。だが、尋ねる勇気が無かった俺は、右手に持っていた指輪を引っ込めた。


「……いや、終わったらで良い」


「……分かりました」


 レイは振り返って笑顔を見せた。その隙を突いて、アクアマリンは身体を液体化させ、レイに突撃した。しかし、レイはアクアマリンの槍の柄を左腕で受け止め、剣で先端を破壊した。


 俺はその瞬間、彼女の冷静さに驚かされた。彼女は一切の迷いもない。次の動きが自然と体から溢れ出しているかのようだった。


 続けて、レイはアクアマリンの腹を蹴り付け、さらに顔を蹴り上げた。


「ウッ!? このっ!」

 

 アクアマリンは怒りに満ちた表情で叫び、槍の柄を力強く叩いた。すると、彼女の背中から水が流れ、折れた槍の先端に絡まり、槍を再生させた。その異常さに俺は背筋が凍る思いだった。


 レイは剣を手に、軽やかに舞うようにアクアマリンに接近した。剣舞のような美しい動きだ。しかし、アクアマリンは再び体を液体化させ、レイの正面や背後に回り込み、彼女を翻弄しようとした。

 

(動きが変わった……)


 だが、レイは動じなかった。アクアマリンが背後を取ったかと思えば、その動きを予測していたかのように彼女は振り返り、剣をすばやく振ってアクアマリンの腹に深々と刺し込んだ。


「ガハッ!?」


 アクアマリンは苦しげな声を上げながら、腹からデストロイクリスタルを吐き出した。レイはその隙を逃さず、連続で攻撃を加える。剣での一撃、そして強烈な蹴りを浴びせると、アクアマリンは地面に倒れた。それでも立ち上がろうとする彼女に、レイは更に回し蹴りで宙に浮かせ、遠くへと吹き飛ばした。


「はぁ!」


「ウワッ!」


 アクアマリンは一方的に追い詰められ、辺りにはデストロイクリスタルが散らばっていく。レイの華麗な戦いに、俺はただ息を呑むばかりだった。


「……あいつ、一体何なんだ?」


「今度こそトドメです」


 レイは剣の根元に付いているレバーを引いた。すると、刃の根元から翼が出現し、剣全体が青く輝き出した。それはまるで神秘的な光を放つ聖剣のようだった。


『エクセキューション!』


「ブルーホークエッジ!」

 

 レイが声を上げて剣を振り抜くと、青い風と共に衝撃波が発生し、アクアマリンを完全に拘束した。青い風が彼女を取り囲み、そのまま強烈な衝撃波が彼女の体を貫いた。


「クソォオオ!」


 アクアマリンが悲鳴を上げると、体に亀裂が入り大爆発を起こした。辺り一面が水浸しになり、赤い光が飛んできた。


 レイは光をキャッチすると丁寧に剣をしまい、俺の方を向いた。


「レヴァンさん、何とか無事です」


「!」


 レイが油断を見せた瞬間、俺は不穏な動きを察知した。散らばった水が一斉に動き出し、レイの足元に集まり始めていたのだ。


「危ない!」


「!」


 レイはすぐに気付くが遅かった。集まった水はアクアマリンの姿に変わり、彼女の背後から奇襲を仕掛けた。レイは剣を取り出すが、不意打ちを抑えきれず、剣を地面に落としてしまう。


「馬鹿め!」


「しまった……!」


 その直後、アクアマリンは槍を構え、レイの左肩を貫いてしまう。


「うぅっ!?」


「!?」




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