第3話 噂の守銭奴魔術師を尋ねる

 レシピ探しから三日後、港町から少し離れた丘の上に俺はいた。


 目の前に立っている建物は少し古びた洋館だ。その入り口と思われる扉の前に、開店中と書かれた立て看板がある。


 ここは噂に名高い守銭奴魔術師の店『開錠屋』だ。

 対価を払えば、どんな封印も解いてくれるし、魔法に関係する仕事なら引き受けると聞いている。どんだけがめつい魔術師が出てくるのか心配ではあるが、友人にこの店を強く薦められ、今に至る訳だ。


 俺は肩にかけた鞄の紐を握りしめると、その扉をくぐる決意をした。

 扉を開けると、呼び鈴が鳴った。

 

「あの……すみません」

 

 声をかけると、カウンターの下から、ひょこっと小さな金髪頭の幼女が顔を出した。大きな赤い目が印象的な子だ。

 

「客かの?」

「あ、はい。封印の解除を頼みたくて来たんだけど、あの、店の人は──」

「封印じゃな? どれ、わらわが解いてみせようぞ!」

「えっ、でも君はまだ子ども……」

「子ども扱いするでない。妾もれっきとした魔女じゃ!」

 

 幼女は胸を張ると俺の持っている鞄に視線を向けた。

 

「その中に依頼品が入っているのじゃな?」

「そうだけど……やっぱり、店の人を呼んで欲しいかな」

「妾もこの店の魔女じゃ!」

 

 幼女がむっとした顔で語気を強めたと同時だった。その後ろの扉が開いた。そして、大きな手が彼女の頭をがしりと掴んだ。


 現れたのは、赤髪の男だ。二十五歳くらいだろうか。俺よりも少し若い感じがする。

 屈んで幼女の顔を覗き込んだ男の肩口から、長い三つ編みがするりと落ちた。魔術師は髪の長い人が多いと聞いたことがあるが、もしや、彼がここの店主──守銭奴魔術師だろうか。

 

「誰が、この店の魔女だって?」

「ラ、ラス! もう帰って来たのかの?」

「お前は店番も出来ないのか。客が来たら、依頼の内容と連絡先を聞いておくって約束だったよな?」

「じゃ、じゃが、妾も封印の解除くらい出来るのじゃ!」

「ビオラ……何度も言うが、ここは俺の店だ。勝手なことはするな。分かったか!」

 

 唐突に目の前で繰り広げられた口喧嘩に、俺は唖然として立ち尽くした。もしかしたら、この子はラスと呼ばれた赤毛の男の娘なのだろうか。

 黙って立っていると、男は俺に向かって「依頼か?」と尋ねてきた。

 

「あ、はい。母が残した冊子なんですが」

 

 鞄から出したのは、鍵のついた冊子だ。その表紙には料理レシピと文字が書かれている。

 

「いくら探しても鍵が見つからなくて。鍵屋さんに持って行ったら、これは魔法がかかっているから、壊して開けることも出来ないって言われました」

「……触って良いか?」

「あ、はい」

 

 客商売とは思えない程、営業スマイル一つ浮かべない男は、ジャケットから革の手袋を取り出すと、それを手に嵌めてから母の冊子を手に取った。

 表だけでなく、背表紙に裏にと、冊子をひっくり返してくまなく見る男は小さく頷くと、にっと笑った。

 

「簡単な封印だから、すぐ解けるぜ」

「本当ですか!」

 

 嬉しさに顔がほころび、大声を上げた俺に向かって、男は指を三本立てて「大銀貨ルナ三枚」と告げた。

 

「……え? ルナ三枚……」

 

 大銀貨一枚で食事付きの宿に一泊できるほどだ。それが三枚ともなれば、かなり高級な宿に泊まることが出来るし、うちみたいな安宿なら一週間は連泊できる。なかなかの大金だ。

 

「安いもんだろ? 封印してでも他人に見せたくなかった秘密のレシピが書いてあるんだろうからな」

「で、でも……ルナ三枚は……」

「そうかい。それなら同業者を紹介しようか?」

 

 カウンターの椅子にドカッと座った男は、興味がなくなったような顔をした。

 

「妾が解いてやるぞ!」

「お前は黙ってろ。遊びじゃない」

「むー。つまらんの」

 

 カウンターに両腕を乗せて頬を膨らませた幼女は諦めたのだろうか。椅子に腰を下ろすと、分厚い本をカウンターに広げた。何故かそれが気になり、絵本だろうかと思って盗み見たが、何が書いてあるのか、俺にはさっぱり分からない。


 悩みながら、ちらちらと店の様子を改めてみる。

 カウンター奥には扉の他に、よく分からない薬草が入った瓶やら、謎の鉱物や道具、厚い書物が並んでいる。壁にも、俺では読めない文字で書かれたタペストリーが下げてあり、何が入っているか分からない箱も積み上げられている。


 この二人は、本当の魔術師なんだろう。

 そう分かっても、なかなか決断が出来ない。そんな俺に向かって、男はため息を零した。

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