7日目 十九

 警察の聞き取りといっても、四人まとめて数分程度の簡単なものだった。なにせ麻子以外は本人と会ったこともない、仕事上の依頼主と客だ。そう警察が理解してからは、麻子への質問が大半を占めた。川端と最後に会った時期や様子、行き場所の心当たり、交友関係など。青木は依頼があった経緯や時期を詳しく聞かれるとまずいと考えていたが、触れられることもなかった。四人の関係性についても、清掃中に偶然麻子が尋ねて来たことから意気投合した、とそれらしく高代が説明したことで不審がられることもなかった。

 青木はうわの空で麻子と警察のやり取りの隣に立ち、シャンパーニュのことを警察に伝えるべきか悩んでいた。だが警察の聞き取りは想像していた以上に簡便で短く、言っていいものかの判断もつかないうちに解散させられていた。

 警察がどの程度力を入れるつもりなのかは分からないが、家周辺での捜査はまだ続くらしい。警察が行き来する横に居続ける気にもなれず、青木たちは木井の車に引き上げた。最後に乗り込んだ麻子がドアを閉めた途端、それぞれの言いたかったことが錯綜した。

「アオちゃん、よく分かんないけど大丈夫?」

「どうだかな」

「警察が本気になったら、マサくん見つかるかもしれないのかな」

「そういや、キーくんさあ。よく家主が川端さん本人だって分かったね。俺聞いててもワケわかんなかったよ」

「ああ、なんとなくだけど」

 褒められていても木井の顔は冴えなかった。なにせ、分かったことよりも分からなくなったことの方が多い。間違いなく言えるのは、シャンパーニュの正体を確かめなければいけないということだ。

「依頼主に電話する」

 自分から切り出し、スマホを手に取った。相手は家主を騙って青木たちを働かせてきた。本来なら青木自身も木井たちに責められておかしくないような仕打ちだ。

 だがコール音が続く間、不思議と怒りよりも切望とも呼べる思いが湧き上がっていた。シャンパーニュは何かを知っているのではないか。川端の居場所も知っていて、本人の代理で依頼をしてきた可能性だってあるのではないか。とにかく、なんでもいいから前向きな情報を欲していた。

 シャンパーニュはなかなか電話に出なかった。大抵すぐに出ていた女が、こちらの用件を読んでいるかのように電話に出ない。メッシュ男の言葉が頭をよぎった。あんたらの雇い主、ヤバイよ。

「もしもし」

 つながった。シャンパーニュから次の言葉はなかった。いざ確かめようと思ったら、声が引っかかり喋るのをやめてしまいたくなる。どうにか振り絞って問いかけた。

「警察が来たぞ。そして、あの家の家主は川端さんだと言われた」

「ですよね」

 緊張が馬鹿らしくなるぐらい平坦な答えだった。

「どういうつもりだ? あんたは何者なんだ」

「何者もなにも、シャンパーニュです」

「ふざけるな。家主と名乗ったのはなんでだ?」

「だってアオさん。私が家主じゃないと知っていたら、この仕事を受けましたか? 怪しんで断ったんじゃないですか?」

 奇妙な感覚だ。開き直ったようなシャンパーニュの態度に苛立ちながらも、安心している自分もいる。嘘がバレた後もシャンパーニュはシャンパーニュのまま、豹変する様子もない。後ろめたさをまるで感じないことが、微かな希望となっているとも言えた。

「家主じゃなきゃなんなんだ。なんであの家を片づけさせたがる。あんた、川端さんとどういう関係だ?」

「質問が多いですね。無理もないとは思いますが」

 あくまで余裕に満ちていた。無音さえ計算のうちのように間を空けて続ける。

「ではこうしましょう。いずれにしろ、一度みなさんにご挨拶したいと思っていたところですので。どこかお店を考えます。そこで落ち合いましょう」

 マジか、と口走っていた。え? と尋ねられ、なんでもないと返す。まさかシャンパーニュから会うと言い出すとは予想していなかった。心配そうにこちらを覗きこむ高代と目が合ったので、青木は口の形だけで「これから会う」と伝えた。高代が細い目を見開き小声でおおっ、と漏らす。

「少し時間を下さい。いい店を見つけたら連絡します」

「おい」

「なんでしょう?」

「ラーメン屋はやめろよ」

 一瞬の空白の後、ふふっと笑い声がした。

「そんな、アオさんじゃないんですから」

 おいふざけんな、と文句をつけようとしたときにはもう電話は切られていた。家主じゃないにしても、ふてぶてしいスタンスを変えるつもりはなさそうだ。


 指定されたのは川端邸近くのファミレスで、初めて顔を合わせたラーメン屋はなんだったのかと思うぐらい真っ当な選択だった。夕方の五時近くという半端な時間だからか、店内は空席の方が多く見える。

 通された六人掛けテーブルで、シャンパーニュを待つ。座った四人を改めて見てしまうと、頭の整理が追いつかなくなる。麻子がいるだけでも違和感があるのに、ここにシャンパーニュが来るという。騙した相手の元にのこのこやって来ようとしているシャンパーニュも、そのシャンパーニュの話しを聞きたいと言って付いて来た麻子も、相当変わっている。それぞれドリンクバーを頼んで飲み物を用意し終えたところで、奴はやって来た。

「はじめまして、このたびはお世話になっています。シャンパーニュと申します」

 互いにおずおずと頭を下げ、青木以外が順に名前を言っていった。一周したところでシャンパーニュが青木を見る。

「アオさん、よく考えてみれば私はアオさんの雇い主です。とすれば私の挨拶は、アオさんがお世話になっています、の方が正しかったかもしれません」

「どっちでもいいよ」

 さすがに青木が苛立ちを隠さず言うと、

「これでも緊張しているんです。少しでも場が和めばと、私なりの冗談です」

 と全員を順に見渡してから笑った。

「いいね、どんなときでも冗談は大事だ」

 高代が手でグッドサインを作る。確かにこの二人は気が合うかもしれない。高代はそのまま気を効かせて、シャンパーニュに希望の飲み物を尋ねた。席を立ち、店員にドリンクバーの追加を告げてから飲み物を取りに向かう。こういうときはよく気が回る奴だと思う。

 シャンパーニュの手元に飲み物が届き、本題に入る準備が整った。

「それじゃあ、電話の話の続きをさせてもらおうか」

「ええ。大した話ができるわけじゃないですが」

 それと、とシャンパーニュが何かを思い出した様子でポンと両手を合わせる。

「罪悪感が無いわけでもないですので、ここの会計は私がもちます」

「それぐらいで済む話なのかは、これからの説明次第ですけどね」

 木井が釘を指す。自分たちを騙した相手に対して当然の態度とも言える。ましてや、青木と違って木井たちは初対面だ。庇い立てできそうにもない。

「同情した人間と、された人間です」

 唐突にシャンパーニュが言うので、すぐには何を指してのことだか分からなかった。

「私と川端さんの関係のことです」

 ああ、と飲み込めたような返事をしたが本当はよく分かっていなかった。木井がコーヒーを啜り、高代はへえ、と多少の感嘆を示し、麻子は微かに目を見開いた。誰の顔色を窺うでもなく、シャンパーニュは隠していた事実を語り始めた。

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