5日目 十三
高代は来なかった。それは宣言通り奴が職探しに行ったことを意味するのだろうから、青木はひとまず安堵した。もし高代が何食わぬ顔でゴミハウスにやって来ようものなら、木井がどれだけ気落ちするか考えたくもなかった。
木井と二人、リビングの清掃を始める。壁際を中心に残されたゴミは多いものの、高代が段ボールを小さくまとめてくれていたおかげで運び出しとゴミの回収に集中できそうだ。正直なところ、五日続けての作業ということで疲労が溜まってきているのか、首やら肩やら腰やら痛む上に頭も血流が止まったように駆動してこない。調子は芳しくないが、手を止めるわけにはいかなかった。当初掲げた一週間という目標を踏まえると、残りは今日を入れて三日しかない。あくびを噛み殺しながら、動きだけは止めないよう作業し続けた。
木井はといえば、初日から動きに変わりはない。聞けばランニングが趣味で、ゴミハウス清掃後も夜な夜な山道を走っているそうだ。青木からすれば想像を絶する話だが、一心不乱に片づけ続ける姿はマラソンランナーに似ていると言われれば納得できる気もした。
沈黙を破る役だった高代がいない分、二人は黙々と作業をこなした。タンスの引き出しには、捨てるスペースに困った結果なのか、壊れた懐中電灯や割れたガラスなどで埋まっている段まであった。仕分けしながら、心のどこかで川端雅之という人物の輪郭につながるものが無いか探している。何を考え、何を成し遂げようとした人物なのか。都合のよすぎる話だが、今の居場所や生活が確認できるものがひょんなところから顔を出さないか。
昼前には大量のゴミ袋をまとめ終え、ひとまずリビングを片づけたと言える状態になった。何かと騒がしくなったのは、午後の作業が始まって間もなくの頃からだ。
そのとき、青木と木井はリビングの奥にある和室の状況を確認していた。ゴミの状態はリビングと似ていて、リビングに入りきらなくなったゴミが段々とこちらへ流れてきたのではないかと推測できた。幸いリビングの半分ほどの広さしかなく、さらにありがたいことに窓の外がコンクリート塀で遮られている。今までは近隣住民の視線を気にしないといけないような外に面した窓ばかりで、満足に換気もできなかった。喜び勇んで窓を開けようとしたところで聞き覚えのある音がした。歪んだ金属の弾かれるような音。呼び鈴だ。青木は眉を上げ、なんのことはないというように合図した。前回と違い、五日間も過ごしている自分たちがよそ者という感覚はなく、むしろ川端雅之の知り合いが来たのではないかと微かな期待さえ感じながら迎え出た。青木の後に木井も続き、二人で玄関に立つ。
玄関を開けた途端、相手の顔の近さに青木はのけぞった。向こうも呼び鈴を鳴らしておきながら、まさか人が出てくるとは思わずに中を覗きこんでいたらしい。先頭の若い男は、短く刈り込んだ髪にハリネズミの棘のような鼠色のメッシュを入れている。
後ろにはもう一人若い男がおり、こちらは赤地に黄色いラインの入った派手なバンダナをしていた。二人揃って、物珍しいものを見るような視線を遠慮なく青木にぶつけてくる。
「こいつは驚いた。あんたら、こんなゴミ屋敷で何をされてるんですか?」
メッシュの男は何が可笑しいのか、口の片側だけを吊り上げながら目を見開いた。色黒の額に斜めの皺が入る。見ているだけで不快に感じる、歪んだ笑顔。とってつけたような敬語が、より一層小馬鹿にしているように聞こえた。面倒事の匂いを感じ、青木は不用意に相手を刺激しないよう努めた。
「ここの清掃をしている者です」
「はあ? ここにはゴミみたいな奴が住んでるって聞いたんですけど」
「どなたから聞いたんですか」
「誰だったっけな。あー、誰だったか覚えてる?」
振り向き、後ろのバンダナ男に意見を求めた。かと思ったのも束の間、メッシュ男はろくに返事を待ちもせず青木の方へ向き直ってきた。
「悪いんだけど覚えてねえっすわ」
微塵も悪びれる様子なく言いきった。いつの間にか腕を引き戸に預け、気だるそうな恰好のまま戸を閉められなくしている。
「それで、あなたたちは誰でこちらの家になんの用件があって来られたんでしょうか」
「それはね、取材に来たんだよ」
言いながらメッシュ男はスマホを家の中に向け、すかさずシャッターを切った。それだけに留まらず、玄関に上がりこもうとしてくる。青木はバンダナ男の手に構えられたカメラを見つけ、ただならぬ気配を感じ立ちふさがった。木井も加わり、玄関の上がりかまちに進む前に押しとどめる。二人が止めなければ土足のまま入ってくるつもりだったらしい。
「おいおい、あんたらこの家の人じゃないでしょ。なんの権限があって止めるわけ?」
毅然と木井が答える。
「僕たちはここの家主から依頼を受けています。ここに入るには家主の許可が必要なはずです。許可無く入るなら不法侵入です。警察を呼びます」
警察という単語が効いたのかメッシュ男は軽く鼻で笑いはしたが、それ以上強引に入って来ようとはしなかった。
「じゃあ許可とってくるよ。家主の連絡先教えてよ」
シャンパーニュの顔が浮かぶ。家主が若い女だと分かったとき、こいつらはどんな手段をとるだろうか。それ以前に、接触させること自体許すべきでない気がする。
「それはできません。申し訳ないですがお引き取り下さい」
木井の冷静な呼びかけが耳に残っていたおかげで、青木も落ち着いて断ることができた。
「めんどくさ」
メッシュ男が腰に手を当て、気だるそうに後ろを振り返る。何かの合図かと思い青木たちは身構えたが、二人の若い男は立ちつくしたままで、再度青木たちへと目を向けた。
「あんたらここ片づけちゃうの? それでいくらもらえるの?」
片づけちゃう、という響きが気になる。何か不都合があるような言い方だ。
「お客様との契約内容は口外できません」
確かな契約を結んで来ている専門業者だと匂わせるよう、言葉を選んだ。できる限り余計な情報は与えるべきでない相手だと体中が警戒している。
「頭の悪い仕事で大変ですね。せいぜい頑張って」
言い終わると同時にメッシュ男は背を向け、手を振りながら出ていった。青木が腹を立てる間もないほど、男の熱の失い方は急速だった。頭の悪い仕事、と誰も望んでいない一方的な品評結果を残して消え去った。
「ああいう手合いは、深く考えない方がいいよ。気にするだけもったいない」
木井が青木の肩に軽く手をかけ、窓のある部屋へと戻るよう促す。部屋に戻ってようやく、こめかみのあたりが強く脈打っていることに気づいた。
取材に来た、という言葉とカメラ。額面通り受け取るならテレビか何かの取材なのだろうが、あっさりと引き下がられたことでかえって不気味な影を落としている。青木は少しだけ、高代の真剣みのない態度が恋しくなった。アオちゃんさー、と間の抜けた呼び方をするあの男がいない以上、自分たちで気を取り直すしかない。だが不気味な訪問者から受けた嫌悪感が消えず、新たな部屋の掃除へと気持ちを向けるのは簡単ではなかった。
手だけは止めまいと、回らない頭のまま散乱するペットボトルを拾い続けた。二人がいる一番奥の和室は、比較的ゴミの量は少ない様子でところどころ床の畳を見ることができていた。隅には押し入れが見える。六畳あるかないかとはいえ、一人生活するには十分なスペースだ。これに加え、片づけた小部屋やリビング、独立した台所まである。この家の外見からして感じていたことだが、やはり一人で借りるには手に余る物件に思えた。
ゴミみたいな奴。何度もメッシュ男の言葉がよぎり離れない。ガムでも吐き捨てられたかのようにこびりつく不快感だ。ペットボトルを拾ってはラベルを剥がし、ゴミ袋に放り込むという単調な作業のせいで、他に気を紛らわせる術もない。青木自身が当初、ゴミハウスの主を軽蔑したように、奴らも躊躇いなく一人の人間をゴミと称した。
青木は一つゴミを捨てるたびに探していた。何か、川端雅之という人間の生きた跡を示すものを。俺はゴミなんかじゃない、そう不在の主に変わって叫んでくれるものを。ネットに書きこむファンがいたように、川端にも未来を案じ、ともに生きようとしたパートナーや友人がいたのではないか。芸人仲間は? 同僚、後輩、先輩は。あるいは家族は?
この広い家と膨大なゴミの中で、川端と人のつながりを感じさせるものは見つかっていない。賞状もトカゲも馬券もゲイバーのチラシも薄汚れた寝床も、川端雅之が孤独で報われない人生を送っていたと証言しているように見えてしまう。
失踪してもその身を案じるものがいないほど、川端雅之は誰とも交わらず生きてきたのか。そうではないと言ってほしかった。たとえ売れない芸人人生だったとしても、川端なりの幸せがあったという証を見つけたかった。燃えるゴミは無視してペットボトルを処理していくうち、その下で置き去りになっていた物が露わになっていく。ゲーム機、体重計、トイレットペーパーの芯、ボロボロのキャリーバッグ、キャラクターもののフィギュア。
中には布でくるまれた豪勢な出刃包丁まであった。台所でなく和室に落ちている辺り、やはり常識を超えてだらしのない性分だったのか、それとも病むとそういうことも起こりえるのか。理解することは諦め、青木は答えを求めた。川端がどういう人物で、本当にゴミと非難されるべき人間だったのか、教えてくれるものを探した。そして、見つけた。
あ、と間の抜けた声が出た。それほど突然に現れた。ゴミ袋の口をしばっていた木井が顔を上げる気配がする。青木は手にしたそれに、期待を感じずにはいられなかった。
「スマホだ」
ただ手の中の物の名を口にした。それだけで、部屋を流れる空気が新鮮なものに入れ替わった気がする。ゆっくりと息をし、体を起こす。暗く何も映し出そうとしない画面から目が離せなかった。
木井がモバイルバッテリーを常備していたのは幸いだった。川端の携帯に充電をしている十分ほどの間、掃除は手につかず木井と携帯の中身について推測しあった。床に放置されていたことから考えても、現在使っている機種ではないと考えるのが妥当だろう。それでも中には写真やアドレス帳などのデータが残っているかもしれない。
電源ボタンを押すと、劣悪な環境での放置にも負けず画面が光り始めた。青木はそこで唾を飲み、ロックがかかっていないことを知ってまた唾を飲んだ。考えるより先に手がアドレス帳を探す。受話器のアイコンから表れた連絡先の一覧に、青木は思わず拳を握った。
「データが残ってる」
鼻息の荒くなる青木の横で、木井は固い面持ちで画面を覗きこんでいる。青木は気づかない振りをするか迷ったが、疑問を拭いきれず尋ねることにした。
「てっきり、プライバシーに触るなって言われると思ったが」
規範的になるべき、と有言実行していた木井が何も言わずに見ているのが不思議だった。
「個人情報の塊だからね。もちろん慎重に扱うべきものなんだけど」
注視していた画面から目だけ動かし、青木を一瞥して続けた。
「ちょっと気になっていることがあるんだ。所有者に確認できない以上、僕らで中を見てみるしかないよ」
気になる言い回しではある。だが青木はそれ以上聞くことを止めた。木井が翻意してしまわぬうちに、行動に移すことを優先した。
携帯はやはり通信ができない状態になっており、青木は自分の携帯から電話をかけることにした。アドレス帳には律儀に姓名が並んでいる。二十八件という、芸能人としてはかなり少ないように感じる件数の一人一人に電話をかけていく。コール音が始まっては息をのんだが、興奮は次第に萎んでいった。青木の携帯からかけているためか、誰一人としてつながらない。木井から向けられる視線からも、徐々に力が失われていく感じがする。
半分ほど終えたときだ。青木は一瞬、番号を押す手が止まりかけた。宮城麻子。十件以上の連絡先を目にしてきて、女の名前が出たのは初めてだった。番号を押し、コール音が鳴り始める。三つ目のコールが途切れた瞬間、留守電に切り替わったと思った。
「もしもーし」
若い女の、妙に明るい声。青木は相手が出た驚きとともに、寒気がするほどの違和感を覚えた。冷たい闇に手を伸ばすような落ち着かない感触の中、青木は言葉をつないだ。
「もしもし。こちらは川端雅之さんの知り合いの者です。あなたに尋ねたいことがあって電話をさせてもらいました」
一瞬、間が空いた。電話に出たときとは違い、慎重に様子を窺っている気配がする。
「ああ、そうなんですね。えっと、どんなことでしょう?」
「川端さんと連絡がとれなくて困っているんです。どうにか連絡をとる方法がないか、本人のスマホを調べたらあなたの電話番号が出てきたので電話させて頂きました。どんなことでもいいんです、何か知りませんか?」
怪しまれないよう、こちらも切実であると含みをもたせて答えた。答えながら、この違和感の正体が分かるまで電話を切らせないようにしなければと考えていた。
「連絡がとれないんですか……それは大変ですね。でも私も川端さんのこと、よく知っているわけではないんです」
「失礼ですが、川端さんとはどういったご関係ですか?」
「どうというと、そうですねえ。まあちょっとした知り合いです」
「ちょっとした、というとどんな」
言いかけて気づいた。最近もこんなやり取りをしていた。こちらの質問に対してごまかすような、曖昧な返事の仕方。幼さと甘ったるさの合わさった高い声。
「あんた、この間来てた子だな。なんだったか、あの」
横で目を見開いていた木井と視線が合った。そうだ、あの時嬉々として木井が漫画について語っていた。
「レンタル彼女ってやつだ」
肯定も否定もしない、沈黙が答えを物語っていた。だがそれが何を意味するのか、見当もつかない。間違えて家を尋ねてきたはずの女が、川端の携帯に番号登録されていたのだ。偶然で済ませられるはずもない。
「答えてくれ、家を間違えてやって来ただろ? 俺はあのとき玄関先で話した相手だ」
「あはは」
覚えのある笑い方。ゴミハウスの玄関先でも、女は家を間違えたとごまかし笑っていた。
「確かに一度お会いしましたね。あのときはお恥ずかしいところをお見せしました」
職業柄なのか、正体がバレた途端に話し方が活気と愛嬌の伴ったものに変わった。照れ笑いしている顔が浮かぶ気さえする。
「どういうことか教えてくれ。なんでたまたま家に来たはずのあんたの名前が、川端さんのスマホに登録されている?」
「混乱させてごめんなさい。マサくんは私の常連さんだったんです。ずっと指名してくれていて、でも急に指名が無くなって。どうしたのかなーと思っていたところだったんです。そうしたら急に違う名前で指名が来て。指定された場所がマサくんの家のすぐ近くだったから、てっきりマサくんが指名をくれたんだと思いこんじゃったんです」
木井が何事か、ともの言いたげな視線を送ってくる。青木にも事態はよく掴めていない。ただ整理のつかない頭で、浮かんでくる疑問をぶつけるしかなかった。
「だったらなんで、あのときそう説明しなかったんだ?」
「それはだって、お客さんの個人情報ですから。本当は今だって言いたくなかったんですけど、マサくんが連絡とれなくなってるって聞いたからそれで」
宮城麻子という女の口から語られた言葉を、頭の中で反芻する。青木たちがゴミハウスにいるタイミングで、たまたま近所の誰かが宮城麻子を指名したという。辻褄が合うような出来過ぎているような、だがそれに納得しなければ他にどんな可能性があるというのか。筋が通るものは想像できない。
「なあ、川端雅之はどんな男だった? 今の居場所に心当たりはないか?」
「間違いなく言えるのは、優しい人です。私は好きでした。もちろん、お客さん以上の意味ではないですよ。今の居場所は私が知りたいぐらいですけど……」
「なんだ?」
宮城麻子は言いにくそうな絞った声で続けた。
「いえ、ただ、元気にしているといいな、と思って。最後の方のマサくん、特に元気なさそうだったから」
特に、という言葉が引っかかる。それは普段から元気がない相手に対して用いる言葉だ。ひとまず質問を続ける。
「最後に川端と話したのはいつなんだ?」
「二か月ぐらい前かな。それまで一年ぐらいお世話になってたんです。だから、連絡がつかないっていうのは心配で」
青木は他にいくつか質問したが、宮城麻子からさらなる情報は聞き出せなかった。共通の知り合いやよく行く場所など尋ねたが、川端の周囲の人間の話は聞いたことがなく、趣味という趣味もない様子だったという。
「でも、優しかったのは確かです。どんなときでも優しくて、むしろ私が話を聞いてもらってたぐらい」
念を押すような宮城麻子の言葉が印象的だった。穏やかで優しい聞き上手、という誉め言葉が、芸人という生業と対極にある言葉のようで皮肉に思えた。
「マサくんと連絡がとれたら、私にも教えて下さい」
電話の最後に告げられたその言葉が、社交辞令でなければいいと青木は思った。
結局、宮城麻子以外の人物とは連絡がとれなかった。途中からは木井も電話をする役に加わったが、知らない番号からの電話という時点で不審がられるのか徒労に終わった。連絡帳以外のデータは、他の媒体に移したのか何も見つけられなかった。
川端の携帯から得た収穫は、今のところ宮城麻子と電話で話した内容がほぼ全てだ。他に気になったことといえば、アドレス帳に親族らしい者の名前が無かったことか。家族との関係がうまくいっていなかったか、何かしら連絡が取りづらい状況だった可能性が高い。
宮城麻子とのやり取りの顛末については、木井の提案で清掃作業を進めながら説明した。くしゃみが出て開けた窓際に避難しながら、電話で得た情報を整理する。
「一年前からやり取りをしていたっていうことは、歌村さんが例の事件で捕まった後にレンタル彼女を利用し始めたってことだね」
「そういうことになるな」
「一人では耐え難い苦痛で、気持ちを紛らわせるためにレンタル彼女が必要だったと。そう考えれば納得できる話だね。ストレスの逃がし方としては、適切な方法かもしれない」
「しかし、すごい話だな」
「え?」
「ここに女を呼ぶって。呼ぶ方も来る方も、ちょっとぶっ飛んでるとしか思えない」
青木は辺りを見渡した。並大抵の女なら玄関の敷居をまたぐことも躊躇われるだろう。
「川端さんの立場で言わせてもらえば、そこまで考える余裕はなかったんだろうね。やっぱり何かしら病的な状態だったのかもしれない」
木井の解釈に青木は頷き、発する言葉を失くした。外はまだ明るく、もうひと仕事できそうだ。二人は示し合ったように黙り、和室のゴミを減らしていく作業に没頭した。
和室の床の大部分が見え、今日の作業の終わりを意識しだした頃、ひらりと一枚の紙が青木の足元に舞落ちた。サーカスのチケットの半券とは分かるが、日付が掠れて読めなくなっている。恐らく、数年は経過しているものだろう。このとき、川端は誰とサーカスを見たのだろう。その誰かは、川端が失踪していることは知っているのだろうか。青木は考えるほど、川端という人物と世間をつなぐものが希薄に思え、自分と照らし合わせては怖くなった。自分が忽然と行方をくらましたとき、最初に気づくのは誰なのだろうか。この仕事が無ければ木井も高代も気づくはずはなく、両親もよほど虫の知らせでもなければ連絡してくることはない。そういう意味では、今の自分は川端と大きく変わらない気がした。川端の半生は、青木が辿る未来のようにも思えていた。どうか、川端に充実した日々があったことを、今後に明るい兆しがあることを願わずにはいられない。
青木はサーカスの半券を握りしめ、保管物用の段ボールへと入れた。昨日までなら捨てられていたはずのものが、ゴミ袋へ入れることができなくなっていた。
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