4日目 十一
本来、ゴミハウスに滞在する時間は限りなく短い方がいいに決まっている。いくら四日間掃除を続けたとはいえゴミに囲まれている状況は変わらず、埃は舞い恐らく目に見えない菌や虫の類も漂っているだろう。
それでも三人はリビングにいた。動く気力を削がれたと言ってもいい。それぞれにネットの情報を探し、悲観的な記載で埋まっているブログやらネットニュースやらに目を走らせた。調べるほど、うれたんずというコンビの最期は儚く、愛されないものだった。
事件は二年前に起きた。当時、うれたんずは世間的には無名ながらもじわじわとつファンがつき、深夜番組に出演することもあったという。健気に少しの出番を喜ぶファンのブログも見つけた。この時点で結成十三年目、二人とも三十三歳だったようだ。
少しずつテレビ出演などを重ね、もしかしたら芸人として花が開きかけていたかもしれない頃。歌村拓が逮捕された。記事によると、一般人に対する暴行事件だったようだ。
初犯ながら異例とも言える実刑判決を受け、歌村は現在も服役中。詳細は伏せられた記事ばかりであるものの、計画的で身勝手な犯行であり、相手を害する強固な意思があったことなどが判決に影響した。三人で調べた記事を照らし合わせるとそんなところだった。
三人は知らなかったが、当時ネット上ではそれなりにニュースになっていたらしい。青木はその記事の歌村拓の写真を見た。黒髪を横分けにし、耳を覆うところまで伸ばした髪は少し野暮ったい印象も受けたが、目鼻立ちは整った部類で凛々しいと言えそうな力強い目をしていた。少なくとも、暴行で捕まるタイプには見えない。ただ、ネット上のファンたちは残念がる一方で、意外ではないという主旨の書き込みもみられた。いつかやるかもとは思った、やっぱり、拓さんの悪いところが出ちゃったね、などの言葉が目に入る。
歌村拓の相方である、川端雅之の写真も並んでいた。歌村拓以上に芸能人らしからぬ地味な顔をしている。特徴のない短髪で、捨てられた子犬のような無垢な目をしてピースサインをしている。少し鼻が上向きなのか鼻の穴が見える写真が多く、それがまた力感のない雰囲気に輪をかけている。川端雅之は見た目通りの人物評なのか、ファンから多くの励ましやかわいそうといった同情的な言葉が集まっていた。歌村拓は現在服役中とあったが、川端雅之については休業中である以外の情報は見つからなかった。
「ダメだ、全然動画が出てこない」
高代はお手上げといった様子でスマホから顔を上げた。いつの間にか、壁にかけていたマットレスをちゃっかり敷いて座っている。
「普通は漫才とかコントしてる動画が出てくるもんなんだけどさー。一人逮捕されちゃってるからだろうね。全部削除されたみたい」
「犯罪者だからな。そうなるのが自然か」
他に言い様もなく、青木は木井に目をやった。何かを考え込んでいるようで、小さく唸っては頭を搔いている。木井は視線に気づいたらしく、自分から口を開いた。
「この家はどっちが住んでた家なんだろう。逮捕された方か、されてない方か」
「ほぼ間違いなく、逮捕されていない方だな。この川端っていう方」
いくらシャンパーニュの管理が杜撰とはいえ、店子が逮捕されて知らないはずがない。青木の説明を、木井も高代も異論なく聞いていた。
「だとしたら、青木くんの疑問の答えが出たかもしれない」
「疑問?」
「そう、昨日言ってたこと。ファンレターの捨て方が不自然だって。それにこうも言ってた。新しいゴミと古いゴミが混ざっているって」
木井は自分の考えをまとめるように、何度か坊主頭に指を当てて続けた。
「言われたときはなんとも思わなかったけど、僕も片づけているうちに少し気になっていたんだ。この家、生ゴミが全然出てこないよね。腐った食べ物とか飲み物とか、今のところ見た覚えがない」
木井の言う通り、食べ終えた容器類は数多くあっても食べ残しは一度も見かけなかった。おかげで意外なほど、腐敗臭には悩まされることなく作業を進めることができている。
「会ってもいないのに大きなことは言えないけど、彼はためこみ症だった可能性がある」
「キー先生、そりゃなんですか?」
冗談ぽく挙手して高代が尋ねる。木井は質問の中身にだけ反応をみせた。
「簡単に言うと心の病気の一つだよ。たとえば、潔癖症は手を洗わずにいることを異常に怖がったり嫌ったりする場合がある。それに似た感覚で、ためこみ症の患者は物を捨てることができないんだよ。本人は頭ではいらないと分かっていても、どうしても手放すことができない。無理に手放そうとすると、恐怖心や苦痛を伴うことになる」
本職ならではというべきか、木井の説明は明快だった。途中で青木が感じた、それは掃除ができないだけとは違うのか、という疑問も先回りして答えている。物を手放すことへの恐怖心や苦痛が、その患者にはあるという。全てを飲み込み理解できたわけではないが、世の中に実在する病気だということまでは頷いて聞くしかないだろう。
「それで、なんで川端がためこみ症だったっていう話になるんだ?」
「あくまで可能性の話だよ。ただ、家がゴミ屋敷になるまで荒れる場合、鬱だったり心の問題が絡む場合も多いんだよ。でも鬱や本人の掃除の仕方の問題の場合、食べかけたものが放置されるのが自然だ。ゴミを捨てる気力が無かったりするからね」
「キーくん、ひっそりゴミ屋敷にも詳しいなんてやるじゃん」
「これぐらいは、心理職の仕事に就いていれば誰でも知っている話だよ」
高代を一瞥し、木井はまた頭に手をやった。自分の考えに誤りがないことを繰り返し確かめているようだった。
「ここから先は、より推測の部分が多くなってしまうんだけど。彼がためこみ症になったのは二年前の事件がきっかけかもしれない」
「なにそれ急展開」
高代はあくまで呑気な声だが、ぼりぼりと首筋を搔くその顔は笑っていなかった。
「ためこみ症の原因はいろいろあるんだけど、急激なストレスがきっかけになることはありえるんだ。それこそ、トラウマになるぐらいのストレスがかかれば」
「相方ちゃんが事件起こして捕まって、コンビとして活動できなくなっちゃったら。そりゃあもうトラウマ級だね」
「ゴミを捨てられなくなったのが二年前からだとしたら、ファンレターの件は説明がつくかもしれない。元々はきちんとしまってあったんじゃないかな。だからまとまって置くことができていた。でも何かの事情でファンレターを引っ張り出してきたんじゃないかって思ったんだ」
話の全容を掴もうと、青木も懸命に頭を働かせていた。体を起こして考え直そうとし、尻と腰の痛みに気づく。尻の下に鉛筆を見つけ、ゴミ袋の方へ投げ入れた。ゴミ山の上に不自然なバランスで座っていたせいもあって体が軋む。
「分かるような分からないような。でも二年前の件がきっかけだったとしても、新しいゴミと古いゴミが混ざることにはならないんじゃないか?」
「それはそうなんだけど」
言ったきり、木井は黙ってしまった。青木も何を言っていいか分からず止まった時間のまま、壁に貼られた賞状を眺めていた。
「まーとりあえずさ、片づけよう」
動いたのは高代だった。返事を待たず、マットレスを再び折りたたんで壁に立てかける。
「なにせ明日はお休みをもらうからさ、俺はまだまだ元気だし働くよ」
それでようやく青木も木井も我に返った。自分たちが手を止めてしまったら、この仕事を片づけてくれるものは誰もいないのだ。
「よし、作業に戻ろう」
自分も含めて奮い立たせるように口にし、青木は起き上がった。
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