リサーチ

佐々井 サイジ

リサーチ

 藤崎さんは生徒や講師から人気のバイト講師だ。急な欠勤もしたことがなく、社員からしても信頼できる人だった。笑うと目がきれいな弧を描く愛嬌の良さで藤崎さんをリクエストする生徒は多い。午後ティーを飲むときにマスクを外した顔を捉えたけど、端正な顔立ちをしていた。LINEでは『大人ゆるかわお団子ちゃん』というブリブリしない程度のスタンプを送ってくる。全く嫌な気がしない。


 バレンタインデーには「いつもありがとうございます」とチョコをくれた。講師にも配っていたが俺だけ包装紙の色が違った。終業後に改めてLINEでお礼を伝えると『全然大丈夫です!』と返信が来た。脈無しならスタンプだけのはず。彼女と別れた話を別の講師にしていたからそれをかぎつけたのか。


『いいかんじのパスタの店見つけたんだけど一人じゃ行きにくいから良かったら藤崎さんも一緒にどう?』


 返信が来ない。ご飯中なのか、それとも風呂に入ったのか。やきもきしながらYouTubeで動画を漁っているとポップアップが表示された。


『良いですね! また講師の皆さんと行きましょう!』


 これは暗に二人で行くのを断られたということか。さすがに攻めすぎた。ただこれで深追いするほど俺は馬鹿じゃない。『そうだね!』と送ると『よろしくお願いします』という大人ゆるかわお団子ちゃんが頭を下げるスタンプが送られてきた。ビビらせてごめん。一旦、引いて体勢を立て直す局面だな。


 もっと好みを事前リサーチすべきだった。Xで藤崎さんのアカウントを探す。彼女と同じ大学の福本を前に発見したからそれを辿ればいけるはず……。あった。鍵がついている。フォロー数よりフォロワー数の方が100人くらい多いな。育てておいた『みゆ』というアカウントのプロフィール文をいじり、大学と回生を藤崎さんと一緒にする。


 フォロー申請するとすぐに許可が下りた。やっぱフォロワーの多さにこだわるんだな。タイムラインは誰かにリプしたりデザートの写真を載せてたり『一限終わった!』みたいな無味乾燥なつぶやきばかりだったが、スクロールする親指が固まった。


『バイト先の塾長からパスタ食べに誘われた……。無理すぎる』


 藤崎のシフトは週三から週一に減らした。彼女を入れる数を少なくした。Xに堂々と俺の悪口を書いてどれだけ傷ついたことか。藤崎はわからないだろう。定期研修でSNSの使い方の注意喚起をしたのを忘れているんだろうか。いずれにしても今日の定期研修で全体に注意して脅かしてやろう。


「前回も言いましたがSNSの利用について改めて注意喚起しておきます」


 藤崎は資料に目を落としている。


「XやInstagramなどですね、鍵をつけている場合でも塾関連の悪口を吐くようなことはしないでくださいね。誰が見ているかわからないので」


 藤崎は頭を上げて俺と目が合った。


「塾の悪口を書いた人は、最悪訴えられる可能性もありますから。名誉棄損の罪で罰金刑になったり、退学処分にもなりうるので十分注意してください」


 どうだ。怖くなったか。かわいいからって調子に乗るからこうなるんだ。

 研修後に藤崎のXを見ると、俺に対する悪口の内容がちゃっかり消されていた。


 目の前に座る面接に来た女性は、胸元にデカデカと『Y』が印字された深緑のニットを着ている。芋っぽいが何にも染まっていない感じがして良い。目元はやや吊り上がっているが磨けばきれいになりそう。


「念のため本人確認をするので、学生証をお出しいただいて、マスクを外していただけますか」


 鼻は小さくて、唇は薄め。でも顔立ちは整っている。学力に問題が無ければ採用にしよう。辞めた藤崎の穴埋めにちょうど良い。


「もし採用させていただく場合、初期研修で詳しく説明しますが、大半の生徒はSNSを利用しています。なので注意してほしいんですけど、ちなみにSNSは使ってますか?」


「はい……。XとInstagramを……」

「わかりました。まあ改めて説明しますね」


 小林君は確かこの子と同じ一回生だったな。じゃあそこから辿っていけば見つかるかもしれない。ヒントになりそうな情報を今のうちに雑談しながら収集しておこう。帰りの電車で彼女のアカウントをまた探すとしよう。

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