配慮のある恋愛小説

石田空

こんな恋愛小説は売れない

「お久しぶりです、山下さん。他社でもご活躍の中、今回はご依頼を引き受けてくださりありがとうございます」


「いつも御社にはお世話になっていますから。それで、私がお送りしました企画書読んでくださいましたか?」


「はい……今回はずいぶんと直球な恋愛小説ですね?」


「皆さん、恋愛小説が好きだなと思いましたので、直球の話にしてみました。いかがでしょうか?」


「うーん。最近は各方面に配慮しないといけないので、そのまんまは難しいかもしれませんね。それをもっとブラッシュアップしていきましょう」


「なるほど、わかりました。どのように変えましょうか?」


「まずはこの恋愛小説、主人公ふたりの設定ですけれど」


「あ、はい。平凡なふたりが職場で出会うという形にしましたが」


「はい、最近は平凡っていうのが上下あるようになりましたから、これだと平凡かどうか難しいので、どちらかをお疲れ気味のサラリーマンにしませんか?」


「うーん……ですが疲れていたら恋愛するより寝ていたいんで、はじまらなくないですか? ひとり定時に帰っていく人を憎みこそすれど、恋愛対象にはならないような」


「あ、いいですね。最初は被害妄想でもっと悪い印象にしましょうよ。そこから恋愛まで気持ちが浮上する感じで」


「そうですか……? ですが、それだったら職場で出会っても全然気持ちが入りませんよね。やっぱり恋愛がはじまらないような」


「じゃあそこを人生相談持ち込まれる感じにするのはどうでしょう?」


「人生相談ですか……片方定時で、片方忙しい人で、いったいどのような相談でしょうか?」


「『実は自分は霊が見えるのかもしれない』と」


「はあ……!? 平凡って設定どこに消えたんですか!?」


「誰にも言えない悩みで、なおかつ肉体的な悩みは各方面で傷つく方も出ますから、できる限りなかなか存在しない悩みを持っているんですよ」


「それにしたって入れ方が雑過ぎません!? 配慮するところおかしくないですか!?」


「ですから、日常の中にそんな人がいるのかもしれないという具合で、人生相談を繰り返す内に、なんとなく一緒にいるようになり、傍からは付き合っていると認識されて、見守られていくようになる訳です」


「ま、まあ……それくらいだったらなんとか」


「それで、次なんですが、ふたりのデートシーンですが」


「あ、はい。普通に映画を見に行って、晩御飯を食べて一緒に飲み、普通に送ってもらうんです」


「ここ、家まで送るんじゃなく、駅で別れませんか?」


「え……? 付き合っているんですよ? デート帰りですよ? 普通、家まで送っていきませんかね? 夜道は危険ですし」


「最近は夜まで送っていったらイコールベッドインと読んでしまう人が多いので配慮です」


「はあ!? 高校生じゃあるまいし、いい歳こいた大人がすぐに寝るとかって、読んでいる人の脳内どうなってるんですか!? あとベッドインは言い回し古くありませんか?」


「最近の読者さん、なにを見ても下半身に直結してしまう人多いんですよね。だから健全志向で行こうかと」


「ま、まあ……じゃあせめて主人公の家は駅の近くとかで、駅から見送っても大丈夫なくらいにしときましょうよ。あまりにも相手が薄情過ぎてよくないですし」


「そうですね、女同士ですとそれくらいがいいですね」


「今なんて言いましたか????」


「ですから、職場で出会った花形女性と、ワーカーホリックの女性のふたりが、人生相談から恋に落ちる話ですよね?」


「ですから、私は男女の話が……」


「主人公が女性だからって、相手が男性とは限らないじゃないですか。配慮が足りませんよ? でもそうですね。それですと、恋愛ができない人に配慮した作品にはなりませんよね。いっそ主役を人間にするのやめましょうか」


「待ってください。それ、もう恋愛小説ですか?」


「世の中にはドラゴンと車が恋愛する作品もありますからね。今はAIが進歩して、人間と遜色なくなってきていますから、AIとマネキンが恋に落ちる話があってもおかしくはないですよ。会社に配置された経理AIとマネキンが恋に落ちる話だったら、職場恋愛も可能ですよね」


「…………」


****


「え、どうしたんですか? この間打ち合わせをした企画書を破棄したい? あれよかったじゃないですか。ラスト、廃棄場で笛を吹き、仲間を呼ぶ演出が……え? 打ち合わせのブラッシュアップは使えないと? だって売れますよ? 今そういう路線が……待ってください!」


****


「お久しぶりです。他社でまた本を出版されるそうですね。今回はお仕事小説ですか」


「はい、小説家と編集部のドタバタ群像劇なんです」


「しかしこれ……先生の実話ですか?」


「まさかあ。そんなのそっくりそのまま書ける訳ないじゃないですかあ」


「そうですよねえ……純愛小説を奇妙奇天烈なマネキンとAIが恋の地獄に落ちる黙示録にするなんて、そんなことする編集さんはいませんよねえ……先生? 先生? どうして黙るんですか。目を合わせてくださいよ」

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配慮のある恋愛小説 石田空 @soraisida

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