一章 月下の邂逅 ⑨

「先ほどの姫様方の話が本当なのだとしたら、かぐや姫は赤子からすぐに大きくなったとか。妖影憑きの子と言われても、おかしくはありませんね」

「妖影憑きが子をす事例など聞いたことがない。妖影が人間の赤子に憑き、成長速度が上がったのか……」

「ならば、かぐや姫を育てた翁たちがそれを知らないわけがないですよね。彼らも妖影憑きなら、その場で俺たちを襲ってくるか、まだその肉体が必要であれば正体を問いただしても言い逃れするでしょう」

 妖影は人間に取り憑くと、その肉体を操り、さらには本来の化け物の姿で実体化できる。

 妖影憑きかどうかを見極めるには目を見る。妖影の目は金色で、人間に憑いていても餌を前にして興奮した際などに金色に光る。それが確認できない場合は、言い逃れされないよう妖影が憑くところ、もしくは実体化するところを運よく目撃するしかない。

「姿が変わるだけでなく、里を徘徊し、弓で妖影を討っているというのも気になるな」

「ええ、徘徊の際に虚ろな目をしていたとのことでしたので、妖影に操られての行動だった可能性はありますね。ですがそうなると、妖影を狩る妖影憑きということになってしまいますが……」

 そこでふと、隆勝はひらめく。

「地方に配備している黒鳶隊からの報告では、隠岐野のこの里では妖影の被害が少ない。それは、かぐや姫が討っているからとは考えられないか」

「美しい上に弓の名手ですか。ぜひとも黒鳶隊に推薦したいですね」

 からかう海祢をいちべつして黙らせる。海祢はそれを物ともせず、肩をすくめるだけだった。

「先ほどの姫君たちは、かぐや姫が徘徊しながら人をあやめたとは言っていませんでした。妖影が減ったことで、むしろ人への被害は減っています。ですが、妖影を狩る目的がわかりません」

「噂では妖影を食べているらしいが、人づてに聞いた話では信憑性はない」

「人間はついつい、話を誇張したがる生き物ですからね」

「今のところ、敵か味方か判断がつかんな。状況が把握できない以上、これから向かう讃岐家は妖影のそうくつかもしれん。そこに俺たちだけで突入するのだ、心してかかるぞ」

 妖影に長く憑かれれば、自我をつぶされる。妖影そのものに成り果てると言ってもいい。もしかぐや姫が赤子の頃から妖影憑きならば、骨の髄まで妖影となっているはずだ。娘だけでなく翁らも同様にだ。

「承知しました、我らが黒鳶大将殿」

 いっそう気を引き締め、ようやく讃岐家に着くと、海祢と共に馬を下りる。

 門の左右にあるかがり台が竹塀に囲まれた壮観な屋敷を照らしている。

「平民の翁方が建てられるような屋敷ではないですね。確か、かぐや姫をお嫁さんにするには高価な貢ぎ物が必要とか」

 屋敷を見上げながら、知らず知らずのうちにけんに力がこもる。そんな隆勝の顔を見た海祢の笑みも苦々しいものになる。

「かぐや姫がぼうを武器にして、おいしい思いをしているのだとしたら悲しいことですね。翁たちも今は竹取の仕事をしていないようですので、事実なら味をしめているのでしょう」

 かぐや姫は十六の娘だと聞いている。翁たちが男を手玉に取って金を得るような教育をしているのだとしたら、許せないことだ。

「隆勝、その仏頂面はなんとかしていただけますか? 下手すれば、かぐや姫とひと言も話せないまま門前払いですよ?」

「……善処する」

「はい、お願いしますね」

 雑談はそこまでにして、「行くぞ」と足を踏み出すと、海祢もあとをついてくる。

「失礼、黒鳶の者ですが」

 海祢が声をかければ、目の前の門がきしんだ音を立てて開いた。いつでも太刀を抜けるよう身構えるが、隆勝たちを出迎えたのは穏やかな笑みをたたえた老夫婦だった。

「これはこれは」

 翁がごまをするように手をむ。

「遠路はるばる、お疲れでしょう。ささ、中へどうぞ」

 おうなが横にけ、あっさり隆勝たちを屋敷の中へと通した。前を歩く翁についてきざはしを上り、すのを歩いていると、後ろにいる媼に見られているのを感じる。海祢と視線を交わした隆勝は振り返った。案の定、媼と目が合う。それを好機とばかりに媼が口を開いた。

「あなたが、あの祇王家の隆勝様ですね」

「いかにも」

 媼は平緒の色で、隆勝が黒鳶大将だとわかったのだろう。それにしてもこの媼、先ほどから海祢を視界に入れようともしない。

(気に入らんな。俺の身分にしか興味がないようだ)

「文を頂いてから、かぐや姫も今日をそれはもう楽しみにしていたのですよ」

 隆勝はまゆひそめる。これは、かぐや姫が妖影かげきであるか否かを確かめるための訪問だ。正直にそれを伝えるわけにもいかず、文には会いたい旨だけを書いた。興味が湧くような内容はなかったはずだが。黒鳶の仕事を考えれば、妖影憑きのけんをかけられたのではないかと、むしろ黒鳶大将の来訪におびえるところだろう。

 げんに思いながら、促されるままに居間へと入る。勧められた円座わろうだに腰を下ろせば、媼は軽く会釈をして部屋を出ていき、翁が向かいに座った。

「かぐや姫に会いたがる殿方は、たくさんおりましてね。皆、かぐや姫の心を躍らせるような贈り物をお持ちになられて、何度も何度も足を運んでやっと声を聞くことがかなうのです」

 どうやら翁たちは、隆勝がかぐや姫に縁談を申し込みに来たと勘違いしているらしい。

 訂正するべきかどうか考えあぐねていると、海祢が目配せしてくる。なにやら考えがあるようだ。ここは海祢に任せ、口を挟まずに様子を見るのが最善だろう。

「隆勝様と会えるのを楽しみにしているとはいえ、娘の心はうつろいやすいものでございます。誠意を尽くさねば、かぐや姫の気も変わってしまうかもしれません」

 またも両手を揉み合わせるおきなにはあきれ返る。誠意の証明が高価な貢ぎ物とは意地汚い。それをさねば、かぐや姫は今夜のおうを拒絶するぞ、と暗に脅しているのだ。

「申し訳ありません。本日、私共は贈り物を持ってきてはいないのです」

 海祢が肩を竦めると、そこへ媼が茶の載った盆を手にやってきた。だが、明らかに気分を害しているような顔で、のみを差し出してくる。

「それですと、かぐや姫はお会いしないかもしれませんね。私共も、なんとか会わせて差し上げたいのですが、足しげくかぐや姫のもとへ通われる他の殿方のことを考えますと、の方だけを優遇するわけにはいかないのです」

 媼は手ぶらで訪問してきたのが不服だったらしい。この反応を見るに、貢ぎ物を望んでいるのはかぐや姫本人ではなく翁たちのようだ。ふたりが娘を使い、金品を貴族から巻き上げているのだろう。

 今のところ隆勝たちを追い返す流れができているが、海祢にかかれば事はうまく運ぶ。隆勝は特に焦ることなく、海祢の出方を見守るだけだ。

「ごもっともですね。ですが媼、かぐや姫のお眼鏡にかなうものを持ってきた者は現われたのですか?」

「それは……まだですが……」

 そうだろうな、と目の前で交わされる茶番のようなやりとりに呆れた。

 そもそもお眼鏡に適うものなどないのだ。できるだけ長く貢がせるのが目的だということは、目を泳がせる翁らを見ればいちもくりようぜんだ。

「姫の求める贈り物がいまだに出てこないのは、贈り主が姫のことを知らないからです。我らが大将はまず、姫の好きな色や物がなんなのか、直接お会いして見極めるべきと考え、ここへ参ったのですよ」

 海祢の視線を受けた隆勝はうなずいてみせ、話に乗っかる。

「いかにも。相手を知らずしてかんらくはできぬゆえ、まずは敵情視察に参った」

 その返答に翁と媼は目を丸くし、海祢は額に手を当てていた。

 どうやらまた、やらかしてしまったらしい。どうも、この手の話題は苦手だ。

 さすがにいたたまれなくなっていると、媼は予想外にも可笑おかしそうに笑った。

「さすがは黒鳶の大将、かぐや姫も攻め落とす勢いで参られたのですね。そういうことでしたら、特別におふたりの仲をとりなしましょう。ねえ、おじいさん」

「お、おおっ、そうだな。では、さっそくご案内を……」

 すっかり機嫌をよくした媼の様子に、翁も腰を上げた。そのとき、海祢が「お待ちください」とふたりを止める。

「大将はこの通り色事には不器用でして、周りに目があると姫の前でありのままの姿を見せられず、姫のお心を射止められないまま泣く泣く都に帰ることになるかもしれません。どうでしょう、まずは姫と大将だけで話をさせてみては」

 色事には不器用……事実ではあるが、ひとこと言ってやりたい気になるのはなぜなのか。釈然としないが、ここはぐっとこらえる。

 翁と媼は考えるように顔を見合わせ、やがて首を縦に振った。

「それもそうですな」

「黒鳶の方でしたら、ふたりで会わせても問題ないでしょう。姫は東の対におります」

 海祢の口車にまんまと乗せられた翁たちの許可も下り、隆勝は腰を上げる。

「感謝する」

 一礼して、この場を海祢に任せた隆勝は、ひとりでかぐや姫の部屋を目指した。

 東の対に続く渡殿を歩いていると、ふいに人の気配がした。すぐに足を止め、腰の太刀に手をかけつつ庭に目を向けると──。

「……!」

 降り注ぐ淡い月光の中で、娘がひとりたたずんでいた。清らかな空気に包まれた娘の姿を見た途端、胸が小さく音を立てる。

 春の夜風が竹の葉と少女のつややかな長い黒髪をさらさらと揺らしていた。その身はきやしやで小さく、光の衣をまとっているかのように輪郭がおぼろげに見える。

 引き寄せられるように、渡殿を抜けて階を使い、庭に降りた。目の前の美しい鳥が飛び立ってしまわぬように、極力音を立てずに近づく。

 すると、月を見上げる少女の横顔が見えた。肌は透き通るように白く、切り揃えられた前髪の下にあるひとみは──こんじき

「!」

(妖影憑き……なのか?)

 警戒すべきだ。だというのに動けない。

 月を見上げる少女のまなしがこちらの胸を締めつけるほどに切なげで、まばたきをしたら消えてしまいそうなほどにはかなく、一時も目を離せない。

 そして、それは不意に起きた。娘の瞳から透明なしずくがこぼれ、つうっと光の筋のように頰を滑っていく。その様を息も忘れて見入っていた。

(──美しい)

 なにかに強く心奪われたのは、初めてのことだった。これも妖影の力だろうか。万が一に魅了されてしまったのだとしたら、こんなもの──あらがいようがない。

 なぜ、泣いている。知りたい、その理由を。そして願わくば……。

 気づけば衝動に突き動かされるままに、娘に向かって足を踏み出していた。

 願わくば、その涙を自分がぬぐってやりたい、と。


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この続きは、2023年12月22日発売予定『鳥籠のかぐや姫 上 宵月に芽生える恋』(角川文庫)にてぜひお楽しみください。




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鳥籠のかぐや姫 鶴葉ゆら/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun

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