一章 月下の邂逅 ③
「さっさとしないか!」
「この出来損ないが!」
「っ、う……」
ぱしんっと鞭が肌を打ち、かぐやは声にならない悲鳴をあげた。
「誰のおかげで、ここまで生きてこられたと思っている!」
「うっ……っ、う……っふ……」
何度も何度も鞭が振り下ろされた。あまりの激痛に布を嚙み締めていても、口の隙間から悲鳴が漏れる。その間、媼は何事も起こっていないかのように、かぐやが脱いだ着物を畳んでいた。
これは当然の報い。化け物である自分を育ててくれたふたりになにも返せていないばかりか、迷惑ばかりかけてしまうことへの……。この罰をきちんと受けたら、いつかふたりは許してくれるだろうか。愛してくれるだろうか……。
「おじいさん、背中だから見えないとはいえ、傷は浅めにお願いしますね。初夜までには治さないと、傷ものはいらないなんて追い返されでもしたら大変ですからね」
「そのときは体調が悪いとでも言って……ふんっ、傷が治ってから嫁に出せばいい……ふ!」
鞭を振るいながら翁が言うと、
「それもそうですね」
媼は茶の間での会話のような返事をする。痛みに意識が飛びそうになる中、かぐやの胸には木枯らしが吹いていた。
(いっそこのまま気絶してしまえたらいいのに)
納屋に閉じ込められていた頃から、鞭で打たれるのは日常茶飯事であった。従順に機嫌を損ねないように立ち回る。そんな
だが、なにより痛いのは心だ。心の
それから三十回目の鞭打ちが終わったところで、ようやく解放されると、媼はやっとかと言わんばかりに自分の肩を
「そこの
かぐやがじっと痛みに耐えている間に
「わかり……ました……」
白小袖で胸元を隠しながら、ゆっくりと身体を起こす。身も心もすり減って声にも力が入らない。
「この着物を試しに着てもらおうと思っていたのに、血で汚れてしまうから、すぐには無理そうね」
媼はぶつくさと文句を言いながら、新しい錠を格子の戸に取り付ける。
「では、私は
小言を述べながら錠の鍵を閉めると、媼は翁と部屋を出ていく。ひとりになると、かぐやは重い身体を引きずるようにして桶に近づき、中の
媼は着物の心配はしても、かぐやの心配はしない。ふたりが自分を見てくれないのは、愛してくれないのは、かぐやが人間として出来損ないだからだ。
『この出来損ないが!』
『誰のおかげで、ここまで生きてこられたと思っている!』
頭の中で翁の怒声がこだまして頭痛がする。鞭で打たれている間、興味なさげに着物を畳む媼の顔が
『わしらがこんな汚い手を使って金を稼がなければならんのは、誰のせいだ?』
自分の存在がふたりを苦しめている。なのにいつか愛してくれるかもしれないなんて、自分の罪深さを思い知っても足りない。他の誰でもなく自分が唯一の家族を不幸にしたというのに。
身体を拭く手も徐々に
「申し訳、ありません……」
目を閉じて恐怖や痛みを切り離して、
「かぐや姫」
暗闇に閉じこもっていると、
慌てて白小袖を
「
彼は子供の頃に親に捨てられたため、
零月は人当たりもよく
魔性の魅力とでもいうのだろうか。彼を目にした者は男女問わず皆、彼に魅せられるようだ。幼い頃から彼を知るかぐやですら、ときどきはっとすることがある。
「つれないですね、かぐや姫。ふたりのときは零月兄さんと呼んでほしいと言いましたのに」
「あ……はい、零月兄さん」
本気で残念そうにする彼を見たら、自然と頰が緩んだ。
もちろん血の
「姫にそう呼ばれると、出会ったばかりの頃を思い出しますね」
零月との思い出はかぐやの胸を温かくする。あれはそう、長く閉じ込められていた納屋を出たばかりの頃のこと。
「零月兄さんはおじいさまたちに内緒で、外の世界の甘味や景色を描いた絵、書物……色々な物を差し入れてくれましたよね」
「それくらいしか、できなかったものですから」
申し訳なさそうに肩を
「それくらいなんて、言わないでください。この屋敷から出られない私にとって、零月兄さんからの贈り物は外の世界を知る唯一の手段だったのです」
特に書物は人の世の常識を知ることができ、なにより
「新しい世界を見せてくれた零月兄さんは、異国の風のようです。感謝しています」
兄と呼ばせてくれて、心の
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