一章 月下の邂逅 ②
「おじいさん、顔はいけませんよ。大事な商売道具なんですから」
手が振り下ろされる前に、
恐る恐る
「かぐや姫の世に
媼は鼻歌を歌いながら、かぐやの着物を脱がしていく。畳の上に落ちていく
媼は風呂敷包みを開けて桐箱の
「ここぞというときのために
媼は
精巧な
「塀の外からかぐや姫を
現実を突きつけられ、知らず知らずのうちに下を向く。すると媼の手がかぐやの
「お前のような存在は、どこへ行っても受け入れられない。でも、大丈夫よ」
にんまりとする媼と目が合い、胸がざわざわとする。
「私たちはお前が化け物であろうと、捨てたりしないわ。ここまで育てあげた私たちに恩返しさえしてくれれば、それでいいのよ」
優しいはずの媼の言葉が次々と胸に突き刺さり、食い込んでじくじくと痛みだす。それを受け止め続ければ、心が壊れてしまう。だから、かぐやは考えない。自分の意思に蓋をして、言われるがままに動くことが自分を守る唯一の方法だ。
「かぐや姫、お前も私たちの役に立ちたい、そう望んでいるでしょう?」
「……はい」
その答えしか、かぐやには許されない。自分が裕福な家に嫁ぐことがふたりの望みならば、それを
「祇王家の
帝の弟である隆勝のことは、田舎育ちのかぐやでも耳にしたことがある。
まず、この国は
七つの邦の中心に
卵廷に仕える貴族の中でも一番位が高い一族が『祇王』と『
二大公家の人間は、ほとんどが帝の
その功績は
「ばあさん、隆勝様が縁談を持ちかけてきたら、いつもみたいに返事を引き延ばしたほうがいいだろうか」
「そうですねえ、簡単に成立させては金は搾り取れません。かといって万が一、縁談を逃すようなことがあってもいけないわ。二、三度申し出をお断りして、金をふんだくれるだけふんだくってからお受けしましょう」
これがふたりの
ただ、気がかりなのは……どうして黒鳶隊の大将が、よりにもよって
危険なのは、もちろんかぐやだけではない。翁や
今しがた肩から落とされた白小袖の胸元を手繰り寄せ、ふたりの機嫌を害すると承知の上でかぐやは口を挟む。
「あの……おじいさま、おばあさま。隆勝様にお会いして、大丈夫でしょうか……? 会いたいと言ったのは、妖しの姫の噂を知り、私が妖影憑きか見極めるためでは……」
ふたりの動きがぴたりと止まる。刺すような視線に
「わしらがこんな汚い手を使って金を稼がなければならんのは、誰のせいだ?」
「っ、わ……私の、私のせいです」
「そうだ! それなのにお前は、縁談を断ろうとしているのではあるまいな!」
滅相もない、とかぐやは
「ち、違います。私はただ、おじいさまとおばあさまが心配で……っ」
「口答えをするな!」
鼓膜が破れそうなほどの怒声を浴びせられ、かぐやの身体は硬直する。
こうなっては、なにを言っても焼け石に水だ。口を閉じ、ひたすら
「お前は貴族に気に入られ、その恩恵をわしらにもたらす。それが罪滅ぼしというものだろう! まったく、育ったのは身体だけで頭は幼子のままか? やはり三か……」
「──おじいさん」
媼は強い口調で翁の言葉を遮る。なにを言いかけていたのか、翁はばつが悪そうな顔をしていた。どんな内容にせよ、かぐやへの
余計なことを言ってしまったと後悔していると、媼は嘆息した。
「私たちに盾突くなんて、聞き分けのない。かぐや姫、背中をこちらに向けなさい」
かぐやを見向きもせず淡々と命じる媼に、一気に血の気が引いた。
「お、おばあさま……お願いです。どうかお許しください……っ」
その足元に
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