一章 月下の邂逅 ①
時は
平らかになっていく
「かぐや姫、ついにあの
板張りの
はしゃぎながら
讃岐家は庶民なのだが、翁は貴族の平常服である
竹林の奥深くにあるこの屋敷は広々とした
暮らしぶりはまさに貴族のようであるが、翁の振る舞いは高貴さからはほど遠かった。
「お前ももう十六、嫁いでいてもおかしくない歳だ。お前を嫁にと思っているのだろう。縁談相手には申し分ない。なにせ相手は──」
翁はかぐやのいる
「……なぜ
翁は帳台を囲む
「また、屋敷を抜け出したのか!」
翁は顔を真っ赤にして怒鳴りながら、錠を床に
かぐやはびくっとしながら、悲鳴を
「まさか、また妖影を……殺したのか?」
そうだと言えば殴られる。それがわかっていながら、答える勇気はなかった。
翁や
当然、里の者たちは『妖影憑き』『
この鉄枷と格子付きの帳台は、かぐやの奇行を止めるためのものだったのだが、もはや無意味。自分でもどうやったのかはわからないが、細工職人に特別に作らせた鉄枷の鎖を見事に断ち切り、格子の戸の錠も壊し、かぐやはまた妖影を殺したのだから。
「お前が普通でないと知られれば、縁談はなくなるかもしれないのだぞ!」
礼帽を床に叩きつけ、髪を
両親はかぐやを産んですぐに捨て、そのまま姿を消したそうだ。きっとこの世に生まれ落ちたその瞬間から、かぐやは化け物の
代わりにかぐやを育てたのが母方の翁と媼であった。ふたりに捨てられてしまったら、他に行き場がない。無力な自分は、巣から落ちた
「誰かに見られていないだろうな! また里の者から気味悪がられるではないか!」
「も、申し訳……あ、ありま……」
「謝るということは見られたのか? そうなのだな!?」
びくびくしながら床に額を
(ああ……また、あそこに戻されてしまう……)
かぐやが初めて知った言葉は、ふたりが何度も浴びせてきた『
時間の感覚が育つ前から納屋にいたかぐやは、自分がいくつなのか、今日が何日なのかもわからないまま歳を重ねた。
だがある日、ふたりは成長したかぐやを見てひどく
裳着を終え、翁はかぐやの名を決めてもらうべく、屋敷に宮城の
「お前が夜な夜な
過去に意識を引きずられていたかぐやは、翁の声ではっと我に返る。
我が家は今、縁談を申し込んでくる貴族からの貢ぎ物をあてにして生活をしている。庶民である讃岐家が裕福な暮らしができるのには、そういったからくりがある。
かぐやは疫病神から金を得るための道具になったのだ。だが、悲しくはない。それよりも、まだ必要とされているのだという
「お前を育ててきたわしらの顔に、どれだけ泥を塗れば気が済む!」
翁は乱暴に格子の戸を開け、中に入ってくると、かぐやの腕を引っ張り、大きく手を振りかぶった。
「……っ」
反射的に身を縮こまらせたかぐやはぐっと目を
讃岐家は妖影憑きの子を育てている。ふたりがそう後ろ指をさされて味わった苦しみを思えば、たとえどんな扱いを受けようとも耐えねば。叩かれるのも怒鳴られるのも閉じ込められるのも、すべては自分が普通でないせいなのだから。
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