鳥籠のかぐや姫

鶴葉ゆら/角川文庫 キャラクター文芸

序章 朧の宵


 霧煙るうしつのとき。月は薄雲に隠れ、うつしおぼろにぼやけている。

 かぐやは夢うつつの中で、ひとのないながに挟まれたおおに座り込んでいた。

 頭はもうろうとしていたが、徐々に汗を吸ったしろそでが外気を含んで冷たくなっているのを感じた。少しずつ思考がえていき、今度ははい臭が鼻をつく。

 かぐやはまゆひそめ、ぼんやりと少し先にあおけで転がっている〝それ〟をとらえた。

 こうふんは極端に細長く、ミミズのように長い舌がいくつもある黒い影のようなあやかし。その胸には光る矢が突き刺さっている。

 ここ数日、のうずいすすられた人間のしかばねが里のあちこちで見つかったと、みのかざり職人に聞いたのを思い出す。恐らく目の前で死に絶えているのが人間をらっていたぎようのもの、妖影かげだろう。

 そのとき、さあっと風が吹いた。金目の妖影がさらさらと灰のように崩れていく。霧や雲も風にさらわれ、天には満月が顔を出した。

 だが、なぜだろう。かぐやを照らす頭上のあの輝きよりも、地上のほうがまばゆいのだ。辺りに視線をやれば、こんじきの羽が散らばり、星の如く瞬いている。

 それよりもさらに強い光を放っている手元を恐る恐る見れば、光の弓を握りしめていた。下を向いた拍子にさらりと視界に映り込んだ髪は、墨を染みこませたような黒から金へと変わっている。

「……っ」

 身体が小刻みに震えだす。手足にはてつかせと引き千切れた鎖がついており、じゃらじゃらと不快な音を立てていた。

 枷で擦れて傷ついた肌が夜風に触れるたび、ひりひりとする。夢ならばよかったのだが、その痛みが嫌というほど、かぐやを現実に引き戻した。

「ぁ……ああ……」

 漏れた声はかすれている。

(またなの?)

 さああっと血の気がせていく。途方に暮れ、仰いだ月は残酷なほどに美しく、涙が頰を伝った。

「私はまた、殺してしまったの……?」

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