いち

ねこいかいち

 

 私が猫という存在に出会ったのは、五歳の時だ。


 それは、幼稚園の遠足の日。ちょうど、私の誕生日だった日である。


 遠足から帰ってくると、部屋の真ん中に段ボールが置いてあり、その中には、小さな小さな命がいた。


 その子の名前は、いち。家の裏の側溝に落ちて出られなくなっていた所をお昼休憩に帰ってきた兄が拾ったのだ。


 その子は、私にとって、誕生日プレゼントのような気がした。


 目が合った瞬間、私はその子の虜になっていた。そして、いちとの生活が始まった。





 いちは相変わらず兄が大好きだったが、寝る時は毎日私の布団に入って来ていた。


 歳を重ねて、ロフトベッドの階段が登れなくなったら、母と一緒に寝るようになったいち。




 いちが十九歳になったある日、ロフトベッドに登った私に向かって、「一緒に寝よう」と鳴いてきたことがあった。


 その頃、我が家では別に捨てられていた子猫を拾って世話しており、疲れはてていた私は「明日ね」とそれを拒否してしまった。


 悲しそうな表情を浮かべたいちの顔が、今でも頭に残っている。そして、一緒に寝てあげなかったことは、今でも後悔している。



 それから数日後に、いちは吐血した。心配する私や姉、母を余所に、いちはよたよたと覚束無い足取りで玄関に向かった。そこで理解した。


 いちは、兄を求めているのだと。悲しくなった。



 翌日、兄と共に病院に向かうと、腎不全と診断された。歳のせいもあり、仕方ないことだとも言われた。


 治療の余地もなく、輸液を貰い、家で安静にと言われる。


 私にとって、いちはこのまま猫又になってくれると、年甲斐にもなくそう信じていた。だが、現実は違った。


 息を引き取る最後まで、いちは兄を探していた。兄はその時、空手を習っていて家にいなかった。側に兄がいないとわかったのか、そのまま、静かに息を引き取った。




 それからの私は、まる一ヶ月分の記憶が定かではない。


 元から精神的な理由で通院していた私は、その際に医師に処方してもらっていた頓服薬を多量に服用し、起きていても泣くか薬で無理矢理眠るかという生活を送っていた。


 いちがいなくなった虚無感が、果てしない悲しみが、胸を押し潰していたのだ。



 私は覚えていないが、無理矢理寝て悲しみを紛らわしている間、兄に八つ当たりをしてしまったらしい。


「なんでお前はいちの死に目に立ち会わなかったんだ! いちはお前を探してたんだ! 空手なんて休めるもの、なんで休まないでいちの側にいてやらなかったんだよ!」


 母が言うには、そう、私は吐き捨てたようだ。


 その言葉の後、兄は部屋で一人泣いていたらしい。滅多に泣かない兄が泣いていたそうだ。



 起きている間はいちの骨壺を抱いて泣いて、薬で無理矢理眠る。その繰り返しを続けて一ヶ月。


 私の布団に、少しだけ成長した他の猫がやって来てくれた。


 起き上がると、頬を伝う涙に顔を寄せてくれた。


 心配そうに私をじっと見つめる猫たちに、私はようやく、このままではいけないと思い始めることができた。


 それから、私は遺骨ペンダントというものの存在を知り、業者さんに作って貰った。


 常にいちと側にいられるように。



 今でも、いちを失った悲しみは癒えていない。何年経とうと、心にぽっかりと空いてしまった空洞は埋められないのだと思う。


 でも、私にはほかの猫たちがいる。この子たちの為にも、私は泣いてばかりはいられない。


 いち、私、頑張ってるよ。見守っていてね。

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いち ねこいかいち @108_nekoika1

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