第四十一話 ヘラルドの危篤

 私は娘を連れて急いで馬車でヘラルドが入院している神殿に向かった。

 勇者とテュールとセギトも一緒だ。

 ガッチンには馬房で寝ているユニコを見ていてくれるようお願いした。


「おい、勇者、金竜で聖女呼んでこいよ」

「さすがに一晩で聖堂都市までは行けないよ、夜の飛行は危ないし」

「まったく使えない勇者だなあ」


 毒づくテュールに勇者は苦笑した。


「おかあさん、おとうさん……、死んじゃうの?」

「そんな事は無いわコンチャ、お父さんは強い人だから」

「おとうしゃまにあいたいー、あいたいー、うええええん」


 アマラが泣き始めたので私はぎゅっと抱いてあげた。

 この子はまだ幼いから。

 コンチャも目が潤んでいて泣きそうだ。

 セギトがコンチャを抱きしめてくれた。


「大丈夫よ、女神さまが付いているわ、コンチャちゃん」

「うん、うん……」


 人は結構あっさり死んでしまうのよね。

 女神さまも気まぐれだ。


「旦那が死んだらゴーバン伯爵をぶっとばしてやる」

「そうだね、テュール」


 私たちを乗せた馬車はゴトゴトと音を立てて競技場の丘を下りていく。


「おかあさんは勇者さまや王様と知り合いなのに、なんとかならないの」

「僕が回復魔法が使えれば良かったんだけれど」

「勇者が使えるのは初歩の回復魔法だけだからなあ」


 テュールが肩をすくめて言った。


「わたし、勇者様はなんでもできるって思ってた」


 勇者は首を横にふった。


「僕は、たいした事はできないよ、コンチャちゃん。僕にもっと力があって賢かったら、もっともっと沢山の人を救えたんだけど……」


 勇者はそう言うが戦場では勇者の初歩的な回復魔法でも何人もの命が救われている。

 聖女の光魔法なら死んで無ければどんな重傷でも大丈夫なんだけど。

 でも彼女の回復魔法でも死んだ人は生きかえらせる事は出来ない。

 ユーリーは助けられなかった。

 即死だったから。


 神殿に着いた。

 私の担当のシスターがヘラルドの病室の前で待つように言った。


「ヘラルドさんの容態はとても危険です、今夜が峠です」


 セギトが立ち上がってシスターに近寄った。


「ここでは何を投薬していますか? 脳挫傷に良く効く薬草が店に……」


 シスターはセギトを冷たい目で見た。


「王宮薬師といえど我が神殿の治療方針に口を挟まないでくださいますか。神殿では最大の努力で命をつなぎ止めようとしておりますので」

「は、はい……」


 テュールが不満そうに顔を上げたが、黙った。

 アマラはしくしく泣いている。

 コンチャは泣きそうな顔で下を見た。


 ヘラルドの部屋には入室出来ない。

 頑張ってヘラルド。

 死なないで。


 時間がゆっくり過ぎていく。


 テュールが外に出て、パンを買って来てくれた。


「とりあえず、食べろ、体に悪い」

「ありがとうテュール」

「ありがとうテュールお姉ちゃん……」

「いらなーい、おとうしゃまとたべたい~~」


 アマラがしくしく泣き始める。

 勇者はがっくりと肩を落とした。


「本当に、神殿で待つのは辛いね。慣れないよ」

「ああ、ほんとになあ……」


 みんな暗い顔で待ち続ける。



 ドタパタと奧の方から騒がしい足音がした。


「お、お待ち下さいませっ、聖女さまっ」

「アガター!!」

「エミリアッ!!」


 神殿の奧から聖女エミリアがドタバタと駆けてきた。


「悪いっ! 遅れたっ!! ペガサスを全速力で駆けさせたけど、こんな時間になっちゃった!」


 聖女は十年前と同じように綺麗で快活だった。


「おねがいっ! エミリアッ!! ヘラルドを助けてっ!!」

「任せといてっ!! 私の目の前で誰も死なせないわっ!!」


 ああっ。

 ああっ、聖女が来てくれたら大丈夫だっ!

 安心感で私は倒れそうになった。


 聖女は病室に飛びこんだ。


「お、おかあさんっ!! お父さん、助かるのっ!!」

「彼女に任せておけば絶対よっ!」

「おとうしゃーんっ、おとうしゃーんっ!!」


 わあっとアマラが泣き始めた。

 私の目からも涙がぽろぽろと流れた。

 テュールもセギトもほっとした表情を浮かべた。


「はあ、一安心だねえ」


 勇者が椅子からずり落ちるぐらいに腰をずらした。


 しばらくして、聖女は病室から出てきた。


「危なかったわ、でももう大丈夫よ、アガタ」

「ありがとう、ありがとうっ、エミリアッ!」

「後遺症も無く、健康に戻れるわ、良かったわね」

「なんてお礼を言っていいか……」


 聖女は私の頭を優しく撫でた。


「水くさい事を言わないの。というより伯爵が悪さし始めたら、すぐに王様に言うべきだったわ」

「でも……、みんな忙しそうだし……」

「アガタの為だったら誰も文句は言わないわ。仲間に頼りなさいよ」

「そうだぜアガタ」

「私ももっと早く王府に知らせるべきだったわ、ごめんなさいねアガタ」


 勇者は聖女の肩に手を置いた。


「アガタはそういうのが嫌だったんだよ。解ってあげなよエミリア」


 聖女はため息をついた。


「そうね」


「おとうしゃんはなおる?」

「治るわよ~、アマラちゃん、うわー可愛いわね~~」


 聖女は満面の笑みでアマラを抱きかかえた。

 コンチャはそれを聞いて手で顔を覆って泣いた。

 がんばって泣かないようにしてたのね、コンチャは。


 聖女はアマラを勇者に渡してシスターに向き直った。


「さて、ヘラルドさんの担当はあなたかしら?」

「い、いえ」

「じゃあ、呼んできなさい、今すぐ」

「は、はいっ」


 テュールと私は顔を見あわせた。


「なんだろ?」

「なにかしら?」

「もしかすると……」


 セギトがつぶやいた。


 無表情だったシスターが愛想笑いを浮かべてやってきた。


「な、なんでしょうか、聖女様」

「どうしてヘラルドさんは何の治療もしてなかったのかしら」


 えっ?


「……」

「答えなさい」


 聖女は氷よりも冷たい声を出した。


「御領主さまからは神殿に多額の献金を頂いております……。そんな立派なお方に逆らうような平民を治療する責任は神殿にはございません」


 パアンッ!


 聖女はシスターをひっぱたいた。


「献金によって信徒の扱いを変えるようなシスターは教会に要りません。あなたと神殿長を破門にします」

「そ、そんなっ、そんなっ、わた、私は神殿の事を思ってっ、酷いっ」

「黙れ、今すぐ神殿を出てどこにでも失せろ」

「ひいいいっ」


 神殿にゴーバン伯爵の手が回っていたのね……。

 危うくヘラルドを失う所だったわ。


「ごめんねアガタ、教会組織も広いから、目が届かなかったわ」

「良いのよエミリア。あなたはヘラルドを救ってくれたのだから」


 エミリアはほっと息をついて、そっと私を抱きしめてくれた。

 ああ、懐かしい感触だわ。

 ありがとうエミリア。


「アガタの役に立てて私も嬉しいわ」

「あっ、あと一つお願いがあるのだけど」

「なにかしら」

「ユニコが不滅のガルデラと戦って呪いを吸い取ったの、解呪してくれるかしら?」

「あー、ああ、ユニコかあ」


 聖女は渋い顔をした。

 ユニコは聖女が大好きで彼女に会うとまとわりつくのよね。


「なんだよ、聖女、お前まだおぼこなのか?」

「う、うるさいわねっテュール、子供の居る前でやめてよねっ」


 聖女は赤くなってテュールに怒鳴った。

 ああ、懐かしい雰囲気だ。

 あの頃はずっとこんな感じだった。


 勇者と視線があって、お互いに微笑んだ。

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