第三十九話 アガタ対黒騎士戦 二合目

 ユニコを走らせる。

 速度が乗りにくい。

 少し揺れも出ているわね。


 みるみるうちに黒騎士が近づいてくる。


 接敵した。

 一秒にも満たない攻撃可能時間でお互い培った技をぶつけ合う。


 四段目の三段突きを狙う。

 ゾーイの最後が重い奴ではなく、慣れた自分の攻撃スタイルだ。

 一段目は槍を当てられて外される。


 ……。


 二段目はタイミングを合わせて黒騎士の突きが来る。

 引く槍を当てて彼の突きの方向を外す。


 頬面の向こうの黒騎士の目が笑った。


 これは……。


 三段目のタイミングも合わされて、こちらに突きが飛んで来た。

 槍が交差するようにお互いの胴に吸い込まれる。

 黒騎士の槍は私の胴で砕け散った。

 私の槍はその衝撃で外された。

 危うくバランスを崩して落馬する所だった。


 読まれてるわ。


 攻撃時間が終わりすれ違って柵の終点へとユニコを走らせた。


『アガタの攻撃を読んでるな』

「ずっと私の攻撃方法を覚えていて、対策を練っていたのね」


 振り返ると副審が左旗を一斉に上げた。

 零対二ね。

 あと、一度胴体に槍を入れられたら負けるわ。

 黒騎士の面頬に一撃を入れて同点。

 胴の一撃だと負けるわ。


『偉く上手い上に慎重だな』

「冒険はしないタイプみたいね」


 黒騎士は私を侮らない。

 魔王戦争の頃の私の技を見て全部覚えているんだわ。

 ずっとずっと、私と戦う事を夢見ていたのね。

 そんなに思ってくれてとても誇らしいけれど、困ったわね。

 私は五段攻撃以外の技が無いわ。


 戦場では多彩な技は要らないのよ。

 信頼出来る技が幾つかあればそれで良い。

 立ち会った相手は大体死ぬし、広い戦場で二度も三度も当たるのは不滅のガルデラぐらいの物よ。

 だから、私は五段の技を呆れるぐらいの水準まで高めて鍛えたわ。


「困ったわね、出す技が無いわ」

『困ってるのに、声は嬉しそうだな』


 あら、頬面の向こうで私は獰猛な笑みを口が作っているのに気が付いた。

 いやね。


 ウォーレンが走り寄ってきた。


「アガタ先生、大丈夫ですか、後がありません」

「困ってるわ」


 私は彼から仕合槍を受け取った。


「と、とにかく、次が最後の合です、なんとか頑張ってください」

「わかったわ」


 とはいえ、十年も私の戦闘方法を研究して対策した相手と戦った事が無いわ。

 五段攻撃の残りの二段は縦横の振り技で出してもポイントにならないわ。

 基本的にトーナメント(馬上槍仕合)用の技では無いから困ったわね。

 こんなに追い込まれたのは久しぶりだわ。


 ユーリーがトーナメントの技を教えてやるって言ってたのに面倒くさがってさぼっていたわ。

 後悔先に立たずね。


 ユニコは不調。

 私の技は黒騎士に研究し尽くされている。

 さあ、何か考えなさいアガタ。

 ここで負けたら大笑いよ。

 決勝賞金も出なかったから借金も返せないわ。

 ガッチンとテュールの掛け金も無くなるから借りる訳にもいかないし。


「わっはっはっ、アガタ!! 黒騎士の強さが解ったかっ!! 馬鹿めっ!!」


 ゴーバン伯爵がもう勝ち誇っているわ。

 まったく嫌になってしまうわね。


 また、ユーリーが教えてくれた鳥が頭上で鳴いているわ。


 トツゲキひわだわ。

 思いだした。


「あれは意外に猛々しい鳥でね、襲って来た鷹を追い払ったりするんだ。くちばしの突き一本でまっすぐに飛んで攻撃する。俺の家の紋章にもなってるのさ」


 ああ、そうね、あなたはトツゲキ鶸みたいな人だったわ。

 勇気があって、誇り高くて、私の憧れだった。


『おろ? 少し邪気が減ったぞ』

「邪気?」

『ババア臭さの元だ。女の子は大きくなると邪気が増えて臭くなるんだ』

「だから子供が良いのね」

『そうそう、小さい女の子は良いよな、お日様みたいな匂いがして心がせいせいする』


 まったく変態淫獣だわね。


 私はゆっくりとユニコを隣のレーンに歩かせる。


 ああ、そういえば。

 魔王さんと戦った時は私はユーリーが倒されてかんかんに怒っていたっけ。

 それで五段攻撃を全部外されて頭が真っ白になったわ。

 魔王さんは意外に優しい目をしていた。

 彼は凶悪で無敵の存在だったのにね。


「おかあさんっ、頑張れーっ!!」

「おかあしゃまー、ゆにこーっ!!」


 コンチャとアマラの声が聞こえた。

 平民席に目をやると勇者がコンチャとアマラを抱えて笑っていた。

 その隣にはセギトが居て手を小さく振っていた。

 テュールが手すりに座ってニヤリと笑った。


 娘達と昔の仲間達を見て私の心の中に暖かい物がふわりと生まれた。


『うほ、コンチャちゃんとアマラちゃんの声援っ! こいつは元気がでるぜっ!!』


 ユニコも少し元気が出たようだ。


 私は空を見上げてトツゲキ鶸の姿を目で追った。


 そうか、私は、あと一つ技を持っていたわ。

 ああ、気持ちが静かになっていく。

 これは、あの時の、魔王さんの前で真っ白になった私と同じ状態だわ。


 今なら出せるかもしれない。

 あの時、魔王さんを倒した一撃が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る