第三十八話 アガタ対黒騎士戦 一合目
ランスボーイのウォーレンが仕合槍を手渡してきた。
「勝ってくださいね、アガタ先生」
「がんばるわ」
黒騎士のケインは二十馬身向こうで佇んでいる。
落ち着いた静かな自信が伝わってくる。
彼の甲冑はつや消しの黒、黒い馬に乗ってる事も相まって不吉な死神のようだ。
『あれは強いな』
「そうね、あんたはゆらゆらしているわ」
『だ、大丈夫だぜ』
心配ね。
こんな状態のユニコに乗るのは初めてだわ。
私はユニコをレーンの端に移動させた。
主審が二回笛を吹いた。
真っ赤な中央旗が上げられた。
馬止旗が下げられた。
しんと会場は静かになる。
お互いの気合いがどんどん高まり始める。
殺気が個体みたいに凝り固まっていく。
ぱん、と音を立てて中央旗が振り下ろされた。
馬止旗が上がる。
私はユニコの脇腹に拍車を入れた。
……速度が乗らないわ。
黒騎士は黒馬を
彼の動きには迷いが無い。
黒騎士と柵の中央あたりで接敵した。
良い速度の突きが来たので五段攻撃の一段目、沈む突きを打ってみる。
黒騎士は跳ね上げを槍を引いて避けた。
上手いわね。
彼が更に突いてきたので、まといつく二段目を打ち込む。
ガッ!!
黒騎士はガントレットで私の槍に当て、そのまま突きを打ってきた。
!
彼の槍は私の胴にぶつかり砕け散った。
体をねじって衝撃を流す。
強い!
柵の端まで駆け抜けて振り返る。
三人の副審が一斉に左旗を上げた。
ふぅ、思ったよりもずっと強いわね。
「黒騎士は、さすがに強いですね」
ウォーレンが近寄ってきて仕合槍をわたしてくれた。
壊れては居ないけれど黒騎士のガントレットに当てられたから信頼性が落ちたわ。
「凄く強いわね。戦争が終わってからずっと鍛錬をしていたのね」
「黒騎士はトレーニング好きで有名ですよ、女にもまったく目もくれず、日々黙々と練習しています」
「そう、努力で強くなるタイプね。ウォーレンに似ているかもしれないわ」
「私はあんなに才能はありませんよ」
「ケインはあまり器用なタイプじゃなかったのよ、あれだけ強くなるには相当の鍛錬が必要なはずだわ、本当にあなたに似ているわ」
「俺も……、強くなれますか?」
「ウォーレンはゾーイとはタイプが違うわ。あなたは、ずっと鍛錬してレベルを上げるタイプよ。薄紙を一枚一枚貼り付けて行くように実力を積み上げて行くのよ。何年か経つと黒騎士に手が届くと思うわよ」
ウォーレンの顔が輝いた。
「本当ですかっ! う、嬉しいです」
「がんばりなさい」
「はいっ!」
私はユニコをレーンに移動させた。
『いや、今はウォーレンの心配をしている場合じゃないぞ』
「そうね、一ポイント取られてしまったわね」
見上げると、喜色満面のゴーバン伯爵と、ちょっと心配そうな王様が見えた。
勇者とテュールはまだ帰ってきてないようだ。
しかし、ケインは上手くなったわね。
私が弱くなったのもあるけれど、あそこまでの実力を培うのは並大抵の努力では無いだろう。
昔のユーリー並の実力は持って居るわね。
才能があまりない騎士が努力と根気で培った実力は堅い。
ゾーイのように才能で戦う人間よりも安定した結果を出すことができる。
彼は
伯爵の期待にこたえるために、毎日毎日努力をして積み上げた腕前だ。
偉いわね、ケイン。
私が負けたら、王様も勇者も大損だわね。
テュールとガッチンの掛け金も無くなるわね。
まあ、勝負は時の運だし、しかたが無いわ。
私は私の出来るだけの事をするだけよ。
遠いケインは落ち着いている。
王者の風格のような物も出ているわね。
あれだけの強い選手なのだから、伯爵も小ずるい事をしなくても良いのに。
「調子はどう?」
私はユニコに話しかけた。
『具合が悪い、足が痛え、アガタがババア臭い』
私は拍車でユニコの脇腹を蹴った。
『いてえなっ、お前はどうだ、ガルデラの槍が肩と腿に二発入ってたろ』
「痺れてるわ。お互い酷い状態ね」
『まあ、愚痴を言ってもしかたがねえよ』
「そうね。がんばりましょう。ありがとうユニコ」
『きにすんねえ、相棒』
槍の突きに速度が乗らないのは肩のしびれのせいね。
ユニコは少しふらついている。
けど、まあ、戦争していた頃はこれくらい普通だったわね。
実戦はベストな状態で無いから休む、とはいかなかったし。
主審が鋭く二回笛をふく。
中央旗が振り上げられた。
観客席が静まりかえる。
馬止旗が下がる。
競技場は静寂に包まれて、全ての人が、私と黒騎士を見つめている。
遠く鳥の鳴き声が聞こえる。
あれは、なんという鳥だっただろう。
ユーリーに名前を教えても貰ったのに、思い出せない。
なんだったかしら。
彼の優しい声は思い出せるのだけれども。
中央旗がバサリと振り下ろされた。
馬止旗が上がる。
二合目が始まった。
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