第三十七話 金竜で飛ぶテュールと勇者を見送る

 選手騎士たちを連れて救護室から退出した。

 なんというか、三馬鹿選手騎士トリオよね。


 そういえば競技場の木陰にユニコを置いていたっきりだわ。

 私にしか引く事が出来ないから待機所に移動させないと。

 テュールはユニコの好きそうな外見だけど、どうも相性が悪いらしくて暴れるのだ。


 三馬鹿騎士と別れて競技場へと向かう。

 勇者とテュールが金竜に跨がっていた。


「ああ、アガタ、今からセギトと娘さんを迎えに行くぜ」

「そうなの?」

「伯爵がアガタの子供をさらえって命令を出したらしいから、ここに呼んだ方が安心だからな」


 この期に及んでゴーバン伯爵はそんな命令を出したのか。


「娘にトーナメント馬上槍仕合を見られるのは、ちょっと恥ずかしいわね」

「いいじゃ無いか、それに僕も久しぶりにセギトに会いたいしね」


 勇者はかけ声を掛けて金竜を空に羽ばたかせた。

 瞬く間に金竜は雲間に消えていった。

 娘達は竜に乗る体験を気に入るかしら?

 私は結構好きだったけど。


 私は日陰で休んでいたユニコを引いた。


『もうちょっと休ませてくれよ』

「待機所の馬房で休みなさいよ」

『それもそうか』


 ユニコを引いて待機所につれていった。

 ガッチンはもう甲冑を脱いで仕合槍を作っていた。


「おお、お帰り」

「ただいま」


 この場所は今や私の居場所だわね。

 私は馬房にユニコを入れた。

 ゆっくり休んでなさいね。

 ユニコは寝わらにごろんと横になった。

 灰色のぶちが少し汚らしい感じね。


「食事はどうする?」

「何か買ってくるわ」

「テュールは?」

「勇者とセギトと娘たちを迎えに行ったわ」


 そうかそうかとうなずいてガッチンは作業に戻った。


 私は屋台街に向かった。

 肩と太ももの呪いの傷が痺れるわね。

 黒騎士との戦いで影響がありそうだわ。


 屋台街のお客さんに頻繁に声を掛けられた。

 賭け屋の掛け率は、黒騎士二倍、私が二倍で拮抗しているようだ。

 国王が三億テラン、勇者が一億テラン賭けた影響みたいね。


「難しいよなあ、アガタ夫人が幾ら強くても黒騎士相手だしなあ」

「ユニコーンの状態も悪いしなあ」

「魔王軍四天王を倒すのはすげえけれど、トーナメント馬上槍仕合はまた別だしなあ」


 トーナメントファンが賭け屋の前で噂をしていた。


 私は屋台で焼肉サンドとエールを買って待機所に戻った。


「おうありがとう、ここのサンドは美味いよな」

「テュールが選んだお店は間違いは無いわよね」


 ガッチンにサンドとエールを渡して、私も箱の上に座り込んだ。

 エールを飲みながら焼肉サンドを食べた。

 やっぱり美味しいわね。


「賭け屋が無効試合で金を返してきおったわい。そのまま黒騎士戦に乗せかえたがな」

「儲かるといいわね」

「わははは、アガタがケインなぞに負ける訳はなかろう」


 ガッチンはヒゲにエールの泡を付けて笑い飛ばした。

 信頼が厚くて嬉しいわね。

 ウォーレンも帰ってきて昼ご飯を食べ始めた。


「アガタ夫人、そろそろ時間です」

「ありがとう」

「いえ」


 なんだか呼出しの兵隊さんの態度も変わってきたわね。


「黒騎士なぞ、ぶっとばしてこい」

「そう簡単にはいかないわよ」

「アガタ先生なら必ずやれますよっ」

「ありがとうウォーレン」


 ウォーレンはガッチンから仕合槍を受け取った。

 彼は背中にパルチザン三角槍も背負っている。


「ユニコ、行くわよ」

『おお』


 ユニコが立ち上がった。

 少し足が震えているし、歩き方もよれているわね。


「大丈夫?」

『問題ねえっ』


 そう、頑張りましょうね。

 相棒。


 私がユニコを引いて競技場に入ると、観客の大歓声が迎えてくれた。


「アガタ夫人!! がんばってくれーっ!!」

「格好いいぜーっ!! 魔王殺しっ!!」

「王国の夫人たちの誇りよーっ!! がんばってーっ!!」


 ありがとう、なんだか晴れがましいわね。


 別の入場口から黒騎士が現れた。

 私の時と同じぐらいの大歓声が観客から上がった。


「黒騎士ーっ!! 信じてるぞーっ!!」

トーナメント馬上槍仕合と実戦は違うって教えてやれーっ!!」

「あんたは永遠のチャンピオンだーっ!! ご婦人に負けるなーっ!!」


 やっぱり黒騎士のファンは多いわね。


 黒騎士は頬面を上げて拳を天に突き上げた。


「告白しよう! 俺は三下騎士としてユーリー様の下でアガタを見た。魔王戦争でだ!! 彼女はもっと小さくて妖精のように可愛く、そして今よりももっと強かった!! ユニコーンライダーはそういう生き物だからなっ!! 魔王戦争の最後の大会戦でユビラ平原は魔族と人類の血であふれた。魔族たちは奸計を使い、勇者と聖女に四天王の三人を当て、最大の戦力である魔王は単騎で国王陛下の本陣を突くべく突撃してきた」


 観客が黒騎士の口上に飲まれて、しんと静まりかえった。

 あの日の戦いが目に浮かぶみたいだわ。


「ゴーバン伯爵の息子であるユーリー隊長と俺たち騎士部隊は必死に魔王の進撃を止めようとした、だが、ユーリー隊長は切り伏せられ、我々騎士部隊の半数も魔王に討たれた。だが、それは犬死にでは無かった。ユニコーンライダーのアガタが矢のように飛びこんで来たからだ」


 この時にユーリーは戦死したわ。

 魔王の一撃に耐えて、貴重な時間を稼いだのよ。

 そのお陰で私は間に合ったわ。


「アガタと魔王は激闘を繰り広げた。子供のアガタだが、その技量はユーリー隊長を超え、神域に入っていた」


 大げさねケイン。

 私の五段攻撃を初見で全部外されたのよ。

 魔王さんは誰よりも強かったわ。


「そして、アガタは魔王の心臓を一突きして、その息の根を止めた。魔王一人の強さに頼り切っていた魔王軍は士気が崩壊し、敗走していった。俺はそれをずっと見ていた。恐るべき戦いを見て身が震えるほどの感動を覚えていた。俺は強くなりたいと願った。俺が強かったらユーリー隊長を死なせる事もなく、アガタも楽に戦えただろう。自分の弱さが憎かった。悔しかった。何時かアガタと同じ高みに登りたいと心に誓った」


 ユーリー隊の副隊長だったケインは、私の目をまっすぐ見た。


「俺は今日、アガタ夫人に挑む。憧れだったあなたに俺がどれくらい強くなったのかを見て貰いたい、本当に今日という日が来たことを喜ばずにはいられないのだ。正々堂々の勝負だ、アガタ!!」


 ああ、凄い口上だわ。

 体の奥底が震える感じだわ。


「あー、その、口上係のテュールが居ないから、ろくな宣言を返せないわね。と、とにかく、お互い楽しみましょう」


 いやだわ、私は口下手だからろくな事を言えないわね。

 だが、ケインは満面の笑みでうなずいた。


「おうっ!!」


 観客が爆発するように湧いた。

 口上に力があると凄く盛りあがるのね。

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