第三十五話 そして金色の竜は飛来する

「決勝戦はゾーイの反則により没収試合だっ!! アガタの優勝は無しだ!!」


 ゴーバン伯爵が立ち上がり、そう宣言した。

 そんなにしてまで黒騎士を守りたいのか。

 観客たちが立ち上がりブーイングを上げ始める。


 糸目の役人ジョーイがチャドを縛って連行してきた。


「四天王を復活させただなんて、あなたは縛り首ですよ」

「ち、違うっ、あ、あれは、只の呪われた武具だっ、し、四天王だなんてべらぼうなっ」

「お黙りなさいっ、選手に呪われた武具を渡すだけでも縛り首です」

「そ、そんなあっ」


 私は立ち上がりゴーバン伯爵に向き合った。


「そんなに黒騎士が私に負けるのが怖いの」

「お前のような平民がまぐれでも勝たれてはかなわんからな。お前の仕合はここで終わりだ。次回の参加も無しだ、ユニコーンは高性能過ぎる」


 こいつ……。

 

 だが、ユニコが倒れている今、観客席の三階に居るゴーバン伯爵に攻撃を加える方法が無い。

 近寄れる方法があれば首を落としてやるのに……。


 テュールがゴーバン伯爵に向けて短弓を撃った。

 黒騎士が前に出て矢を切り落とした。


「な、何をするっ!! ジョーイこのチビ助を逮捕しろっ!!」

「……」


 ジョーイがあからさまに嫌な顔をした。

 テュールを捕まえられる人間はこの国に何人も居ないわよ。


「暴れるか、アガタ」

「そうね、ガッチン」


 ガルデラの槍傷であちこち痺れているけど、私とテュールとガッチンの三人で掛かれば領兵達を全滅できるでしょう。


「ゴ、ゴーバン伯爵っ!! ひ、卑怯ですぞっ!! アガタ先生に挑戦権を与えるべきですっ!!」

「黙れっ!! ハイスミスの若造めっ!! 家を取り潰すぞっ!!」

「くっ!! かくなる上は俺もアガタ先生に加勢しますっ!!」


 私はウォーレンに首を横に振った。

 破滅するのは私たちだけで良いわ。


「ウォーレン、あなたはまだ若いわ、巻き込めない」

「ですが、ですがーっ!! 俺は悔しいっ!! 土の四天王にも怖くて気圧されて動けなかったっ!! ゾーイが酷い目にあっていたのに俺は何も出来なかったっ!! 俺は俺はっ!!」


 私はウォーレンの頭をぽんぽんと叩いた。


「悔しかったら強くなりなさい、きっとウォーレンなら成れるわ」

「アガタ先生~~!!」


 ウォーレンは泣いた。


 急に陽が陰った。

 バッサバッサと大きな羽音が聞こえた。

 上を見上げると、大きな金色のドラゴンが着陸態勢を取って下りてくる所だった。


「お、王様がやっときたな」


 テュールの言葉に会場の全員が上を見上げた。


「やあ、皆の衆、仕合はもう終わったのではあるまいな?」


 金色のドラゴンの上に乗った王様が声を掛けてきた。


「まだ午前中ですから大丈夫でしょう」


 手綱を持った勇者がにこやかにこたえた。

 二人とも変わらないわね。


「おっせーぞっ、馬鹿勇者っ!!」

「これでも急いで来たんだよテュール」

「なかなか会議が抜けられんでのう、遅くなったわい、すまないなテュールよ」


 ゴーバン伯爵はポカンと口を開けて国王を見ていた。


「ベスター陛下……、な、なにゆえ……」

「他ならぬ戦友のアガタのトーナメント馬上槍仕合じゃ、見たくなるわい」


 ズシン、と、勇者の騎竜が着陸した。

 勇者が飛び降りて、王様が下りるのを手伝った。


「聖女はっ!! 聖女は来てねえのっ!!」

「え、彼女は教会の用事でこれないって」

「勇者なんかいらねえよっ!! 今、欲しいのは聖女だっ!! 不滅のガルデラが復活してやっと倒して、依り代になった娘を治して欲しいんだよっ!!」

「「なにっ!!」」


 王様と勇者が驚愕の声を上げた。


 テュールが早口で事情を説明した。


「それでユニコがぶちになっているのか」

「アガタ、でかした、ガルデラが復活して本調子になっていたら国の半分がつぶれていたかもしれぬ」

「いえ、目の前で復活したのが不幸中の幸いでした」

「なんで、あと十分早くこねえんだっ、あんたはっ」

「いや、さすがにそんな事になってるとは夢にも思ってなかったよ」


 勇者は頭を搔いた。


「ゴーバン伯、それで黒騎士とアガタのトーナメント馬上槍仕合は中止なのか? わしは是非見たいのだがなあ」

「そ、それは陛下……」

「僕も久しぶりにアガタの戦いを見たいなあ」


 風向きが変わったわね。


「ユニコ、やれる?」

『お、俺を誰だと思ってるんだっ……』


 ユニコはふらふらしながら立ち上がった。

 そうで無くちゃね。

 呪いの影響で普段の実力の半分も出ないでしょうけど、それでも馬に負けるとは思えないわ。


「ゴーバン伯爵、私は黒騎士とやりたいわ」

「決勝戦は没収試合だ……」


 勇者が金竜から大きな箱を三つ下ろした。


「トーナメントに賭けがつきものじゃでな、アガタに賭けるために三億テラン持って来たのじゃがなあ」

「僕も一億テラン、持って来たんだよ」


 箱の蓋を開けると中には金貨がぎっしり詰まっていた。

 ああ。

 なるほど、王様はここでゴーバン伯爵を破滅させるつもりなのね。

 勇者も悪い感じの笑顔を浮かべた。


 ゴーバン伯爵は物欲しそうな顔でゴクリと唾を飲み込んだ。

 そして、私とユニコを見た。


「ほ、本当にアガタに賭けるのですか? か、勝てる状態には見えませんぞ」

「よいよい、アガタには褒美を与えて無いからのう、トーナメント馬上槍仕合に間に合わなかったら、そのまま与えるつもりじゃった。だが、賭けで増やせばわしも儲かるしな」

「僕の国もやっとお金に余裕が少しできてね、少しでも増やせると国庫が潤うからね」

「いくらの掛け率でこの金を受ける?」

「億単位だと、領でないと受けられませんねえ」


 ゴーバン伯爵は小ずるい笑顔を浮かべた。


「ぼ、没収試合は覆りませんが、その、呪いの武器で狂乱したゾーイを鎮圧した褒美として、エキシビションマッチでしたら、その、可能かと……。そ、その場合は2倍の掛け率でお受けしましょう」

「そうか、アガタが勝てば六億テランじゃな」

「僕は二億テランだね。これは楽しみだ」


 二人とも演技派ね。

 ゴーバン伯爵は満面の笑みだ。


「ご、午後からの仕合となりますから、ベスター陛下と勇者王さまはこちらに、心ばかりのランチをご一緒しましょう」

「それはいいのう」

「やあ、楽しみだねえ」


 王様と勇者はゴーバン伯爵から見えない位置で指でVサインを出して私に見せた。


「し、しかし、どうしてアガタなぞを陛下や勇者王さまがお見知りおきで?」

「なんじゃ知らなかったのか」

「アガタは奥ゆかしいからね」

「は?」


 王様は悪い顔で笑った。


「魔王にとどめを刺したのはアガタぞ。ケイン副隊長なぞ相手にもならんわ」

「濡れ手に粟の大もうけですねえ」


 ゴーバン伯爵は大きく目を見開いた。


 そういえば黒騎士の名前はケインさんだったわね。

 王様はさすがに良く覚えているわ。

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