第三十二話 アガタ対ゾーイ戦、一合目二合目

 主審が笛を二回鳴らした。

 中央の赤い旗が掲げられた。

 馬止旗が下がる。


 私は二十馬身向こうのゾーイを見つめる。

 気合いが入っているわね。

 良い感じだわ。


 トーナメント馬上槍仕合の一合は一瞬で終わる。

 柵の中央地点で一秒にも満たない時間で突いたり突かれたり、避けたり避けられたりする。

 とてもシンプルだけど、だからこそ奥深い。

 結果もわかりやすい。

 素人が見ても、甲胄のどこかに槍が当たり砕ければポイントが入ったとはっきり解る。

 煩雑な実戦のエッセンスだけを取り出して単純化させた競技と言えるわね。

 時々事故が起こるけど、実戦よりはずっと安全なスポーツだ。


 競技場全体が静まりかえり、全ての人が開始の旗が振り下ろされるのを待つ。

 じわじわと緊張感が高まって行く。


 ゾーイは最初に三段突きを放ってくるわね。

 一番自信があるオリジナル技を打ち込んでくるはず。


 さて、私はどうしようか。

 楽しみだわ。

 心がワクワクする。



 赤い中央旗が勢い良く振り下ろされた。

 馬止旗が上がる。


 私はユニコに拍車をかけないで通常の加速で走らせる。

 ゾーイもだいたい同じ速度で加速している。


 丁度中央で私たちは相対した。


 時間が引き延ばされたようにスローモーに感じる。


 ゾーイが突きを打ってくる。

 一発目二発目は牽制、三本目が本体の突き。

 私は自分の定石通り、沈み込むような突きで跳ね上げようとした。

 だが、読んでいたゾーイにかわされる。

 二人とも同じタイミングで槍を引き、二発目を同時に出す。


 ゾーイの突きをからめるように動かす。

 彼女は突きの方向を下げてそれを避けた。

 仕合槍と仕合槍が打ち当たって嫌な音を発した。


 また同時に槍を引く。


 三発目が来る!


 ゾーイの腰の乗った突きが放たれた。

 あ、実際見るとこの突き、力強い!

 直撃すると落馬してしまうかも。


 正確に彼女の突きに突きを合わせて仕合槍を衝突させた。


 バキャン!!


 槍の先端と先端がぶつかって砕け散った。

 三段目の重い突きを破損させる事で防いだ。

 

 うーむ、思ったよりやっかいな技ね。

 三本、全部相殺させれば、徒士かち戦闘になって私が有利だけれども、それは悔しいわね。

 なんとか、あの三段突きを破りたいわ。


 両者、0ポイントのまま、柵の端まで駆け抜けた。


『ヤバイ技だな』

「そうね、でもなんとか破りたいわ」

『早駆けで奇襲するか?』

「そうね二合目はそれで行きましょう」


 ユニコと喋れるのは有利ね。


 観客席から一斉にため息が漏れた。


「槍と槍を打ち合わせるとか……、できるもんなのかっ?」

「アガタ夫人が合わせたっぽいな、すげえよ」

「デイモンを落馬させたゾーイの三段突きをしのぎやがった、なんて腕前だっ」


 トーナメント馬上槍仕合ならではのテクニックだわね。

 実戦では柄物を打ち合わせても砕けないから。


 私はレーンを変えた。


 主審の笛が二回鳴った。

 中央旗が上がる。

 馬止旗が下がる。


 今日は良い天気で頭上をゆっくりと雲が動いているわね。

 観客席は静まりかえる。


 緊張がどんどん高まっていく。

 ゾーイもリラックスしているよう。

 彼女は才能があって戦っていて楽しいわね。


 戦場で馬上戦闘が楽しいと思った事は無かったわ。

 私が槍を振るうと魔族が死んでいくから。

 魔族の攻撃が当たれば私が死んでいたわ。

 死なないトーナメント馬上槍仕合の楽しい事。

 技量だけを競い合い高め合う。

 私はこの競技が好きだな。


 パンッと音を立てて中央旗が振られた。

 馬止旗がさっと上がる。

 私はユニコに拍車をかけてダッシュさせる。


 後ろに引っ張られるような加速感。

 みるみるうちにゾーイに近づいていく。


 面頬の向こうの彼女の目は冷静さを失っていない。

 いいわよっ。

 読んでいたのねっ。


 ゾーイの出発点よりで二騎は交差した。


 先手は私、速い突きをまっすぐに出す。

 ゾーイは私の突きをからめるように槍を繰り出した。

 やるわねっ!


 ゾーイの槍は私の槍を巻き込むようにはねのけ、私の頬面に向けて突きが飛んで来る。

 自分の技を自分で食らう経験は初めてだわ。

 はねのけられた私の槍を引き戻すようにしてゾーイの槍にぶつけて方向を変える。

 左肩に彼女の槍が激突して砕け散った。

 とっさに体をねじり衝撃を流す。

 彼女の目が悔しそうな色を浮かべた。


 端まで駆け抜けて振り返る。

 三人の副審が右旗を上げた。

 攻撃が胴に入って、一ポイントを取られた。


 ふう、頬面の攻撃をそらすだけで精一杯だったわね。


『くそう、読まれてたな』

「なんて勘が良いのかしら」

『まったくゾーイたんは面白え女だっ』


 勝負感が良いし、思い切りも良いわ。

 ウォーレンとの戦いのダッシュ、アルヴィン卿との戦いのダッシュを見て覚えていたのね。


 さあ、何とかして、三合目でポイントを取らないと、負けるのは私ね。

 うふ、うふふふっ。


『楽しそうだな』

「楽しいわ、読み合いが面白いわね」

『失敗しても死なねえのがいいな』


 まったくだわ。

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