第三十一話 ゾーイとの決勝が始まる

 どごっと腰に衝撃を受けて目を覚ました。

 ユニコに蹴られたっぽい。

 体を起こすと奴はお尻を私に向けて寝ていた。

 

「もうっ」


 私はユニコの尻をパシリと叩いて立ち上がった。

 なんだか不満そうな顔をしてユニコは首を持ち上げた。


 今日はゾーイとの決勝戦ね。

 頑張らないと。


 ガッチンの炉を借りてお茶を沸かしてパンを焼く。

 トーストの上にチーズを乗せるとテュールが箱の上から起き上がり、ガッチンが馬車の中から起き出してきた。

 三人で朝ご飯をもぐもぐ食べてるとウォーレンがやってきた。


「おはようございますっ、アガタ先生、今日は決勝戦ですねっ」


 今日のウォーレンはランスボーイの制服を最初から着ていた。

 良く似合ってるわね。


「おっはよー、アガタッ」


 ゾーイもやってきた。


「お前は対戦相手だから来ちゃだめだろう」

「えー、良いじゃんよう」


 二人は相変わらずね。


「今日は楽しみましょうね、アガタ」

「そうね、手加減は無しよ」

「解ってるわ、腕が鳴るわっ」

「ふん、持ってる技、だいたいアガタ先生のくせに」

「そんな事無いわよ、三段突きはゾーイのオリジナルよ」

「うわあ、ありがとうアガタッ!」

「だから警戒するのは三段突きだけね」

「あ、酷い、警戒しないでっ」


 私たちは笑い合った。

 良い感じね、こういうのも。


 今日は午前中に決勝戦、午後からは勝者が黒騎士との対戦になる。

 ゴーバン伯爵がどんな妨害をしてくるか解らないけど、そんなに凄い事はしてこない気がする。

 決勝戦で見え見えの妨害をしたら、膨れ上がった観客が只ではおかないだろう。


 まだ時間があるのでユニコのブラッシングをしてあげた。

 本当に雪のように純白で綺麗な毛並みだ。


『うむ、いいぞいいぞ』

「まったくあんたは偉そうね」

『実際偉い』


 ブラッシングしながら小声で話し合う。


 時間が迫ってきたので、甲胄を馬車の中で着た。

 賭け屋の若い衆が来てガッチンの金箱を持ち出していった。

 テュールも私に金袋二つを賭けていた。


「大口の賭け主になるとお店の方から来てくれるからいいな」

「掛け率はどんなもの?」

「1.3対1.3だな、とんとん」

「なあに本戦は黒騎士戦じゃな。五倍ぐらい付けばいいのじゃが」

「うひひ、大もうけだっ」


 二人とも欲で目の色が変わってるわね。

 まあ、幾ら儲けてもあまり貯めておくタイプじゃないから、ぱあっと使いそうだけど。

 ガッチンは鍛冶の希少素材に、テュールは賭け事の種金になるわね。


「アガタ夫人、時間だ」


 いつもの兵隊さんが呼びに来た。


「じゃあ、行ってくるわ」

「おう、頑張ってな」


 テュールとウォーレンと一緒にユニコを引いて競技場へと出る。


 私とユニコの姿をみて会場が沸いた。

 わあ、今日は観客席からお客さんがあふれそうになっているわね。


 いつもの旗振りのおじさんが目を笑わせて出迎えてくれた。


「アガタ夫人~~!! がんばって~~!! 平民の意地を見せるのよ~~!!」

「頑張ってね~~!! 大ファンになってしまったわ~~!!」


 二階の貴賓席から貴族の奥方さまやご令嬢の声援が飛ぶ。


 ゾーイも出てきた。

 割れんばかりの声援が飛ぶ。


「きゃー、ゾーイさま~~!! 頑張ってください~~!!」

「決勝に勝って黒騎士に挑みましょう~~!!」

「ゾーイお姉様~~!!! 素敵~~!!」


 ゾーイは令嬢に人気が高いみたいね。

 彼女は柵の反対端に立って頬面を上げた。


「さあ、ここまでこれたわっ!! 奇跡的な成果だけれども、アガタが居なかったら絶対にここまで勝ち残ってこれ無かったわっ!! ルーキーの私が勝ち上がれたのも、彼女の姿を見て、沢山の事を学ばせて貰ったからよっ!! それぐらいアガタは偉大だし、ユニコーンの馬力は凄いわ!! でも私は負けない!! 恩返しの気持ちでアガタに勝って黒騎士への挑戦権を手に入れるわっ!! 私は頑張るわっ!! 是非応援してねっ!!」


 ドンッと観客席が湧いた。

 みんな立ち上がってゾーイに声援を送っている。



 テュールがジャンプしてくるりと回転して器用に柵の上に乗った。

 彼女は両手を広げて観客に語りかける。


「さあっ、春のトーナメントも決勝戦だっ!! 私はアガタが勝つ方に全財産を賭けたが、戦場帰りの経験からすると、伸び始めたルーキーの実力は怖いっ!! ひょっとすると全財産は失っちまうかもしれないが、それもトーナメント馬上槍仕合の醍醐味だっ!! みんなもワクワクするだろっ!! 泣いても笑っても、どちらかが勝って、どちらかが負けて、優勝が決まる!! あんたらもどちらか勝つ方に全財産を賭けたろっ、なにっ、まだ賭けてねえ? それじゃあ仕合を見るのもつまらねえよっ!! 今すぐ賭け屋に走れ走れ!! 史上初の女性同士の決勝戦だ、勝って大金を掴んでも、負けてオケラになっても一生の思い出になるってもんだ!! 速く走って賭けにいけっ!!」


 観客がどっと笑った。

 言われたとおりに、観客席から賭け屋の方へ駆けて行く客がいる。


 ゾーイが面頬をガチャリと閉じる。

 私も面頬を閉じた。

 テュールも柵から飛び降りた。


 さあっ、決勝戦の始まりだっ!

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