第三十話 ゾーイに感謝され、ユニコと一緒に馬房で寝る

「テュール、ゴーバン伯爵はユーリーのお父さんだったわ」


 テュールはリンゴのパイをかみ砕きながらうなずいた。


「知ってる」

「知ってたの」

「というか、アガタは知っててこの領の牧場に嫁いだとばっかり思ってた。知らなかったんだ」

「知らなかったわ」


 ヘラルドと知り合って結婚したのは偶然だったし。


「ユーリー卿ね、トーナメント馬上槍試合好きで有名だったらしいわね」


 ゾーイの歳ではユーリーを直には知らないのね。


「すげえ良い奴で、アガタの初恋の人だぜ」

「ん、もうやめてよテュール」

「本当にっ!? もし、上手く行ってたらゴーバン伯爵がアガタのお義父さんになってたのね」


 それはちょっと考えたく無いわね。


「年齢差があったからなあ、あんまり相手にされてなかったよ」

「あの頃は子供だったから、今思うと恥ずかしいわ」


 猛烈にアタックする小さい私を彼は笑っていなしていたわね。


「魔王戦争で活躍したのに、アガタもガッチンもご褒美は貰わなかったの?」

「人類の国の半分が燃えちゃったからね。復興に掛かるお金の事を考えたらご褒美とか貰えなかったわ」

「勿体ないっ!」

「あの戦争だけはなあ、終わって戦いが無くなるんだ、と思えたのが最大の褒美だったな。私とか勇者とかは褒美を貰ったけど、辞退した奴らも多かったな」

「あら、テュールはご褒美貰ったの?」

「金が掛からない奴をね。勇者の奴は酷い被害の土地に被災者を集めて小国を作ったな」

「み、みんな偉いのねえ……」


 偉いんじゃなくて、皆、ほっとしたのよね。

 人類の生存圏が無くなるか無くならないかの戦争だったから。


「アガタに出会えて良かったわ。ほんとトーナメント馬上槍試合をやってきて良かった」

「私もゾーイと出会えて良かったわ」

「婚約者が疫病で死んで、しばらく自由にして良いって言われて私、困ったの。お父様は音楽とか絵をやると思っていたみたいね」


 貫禄のある紳士がやってきた。


「そうだね、まさかゾーイがトーナメント馬上槍試合をやりたいと言い出すとは思わなかったよ」

「お父様っ!! アガタ、私のお父様を紹介するわ。ドミニオ子爵家の当主、アレックスお父様よ」

「初めまして、ドミニオ子爵」

「こちらこそ、仕合は見せて貰いました。素晴らしい技量ですね、アガタ夫人」

「お父様、大会が終わったらアガタの牧場にうちの馬を移したいのだけれど」

「良いとも、お前の好きにしなさい」


 ドミニオ子爵は目を細めてゾーイに答えた。

 愛情があふれ出すような表情ね。


「それまでトーナメント馬上槍試合はやってなかったの?」

「乗馬は好きだったけど、トーナメント馬上槍試合はやってなかったわ。ある日、ここでトーナメント馬上槍試合を見て、これだと思ったの。お父様は危ないから反対していたけど、最後には折れたわ」

「さすがに一ヶ月、ゾーイが口をきいてくれないのはこたえたからね」

「うふふ、作戦勝ちだわ」


 まあ、親子仲が良いのね。

 うらやましいわ。


「それからトーナメント馬上槍試合を引退した騎士さまの先生を付けて貰って練習したのだわ」

「ゾーイは才能があったのね」

「自分でも信じられなかったわ」

「あの小さいゾーイが、決勝に出るほど強くなるとは思わなかったよ」

「私もよ、お父様っ」


 才能は時々急に開花する事がある。

 戦場で何回も見てきたわ。

 ゾーイは経験を重ねてどんどん強くなるだろう。

 将来が楽しみね。


 急にゾーイが私に抱きついてきた。


「アガタと出会えて本当に良かったと思うの、ここまでやれたのはアガタのお陰よ」

「まあ、ゾーイ、酔っているの?」

「ちょ、ちょと飲んだだけよ、これからも、ずっと色々教えてね、アガタ」


 私はゾーイの頭を撫でた。


「もちろんよ、明日の決勝を楽しみましょう」

「うんっ!! 私は頑張るよっ!」


 私もゾーイと出会えて良かったわ。

 トーナメント馬上槍試合に出て良かった。

 ウォーレンや、デイモン、ピーコックとか、アルヴィン閣下とか、気持ちの良い騎士たちとも出会えたわ。


 ゾーイの為に。

 トーナメント馬上槍試合を楽しむ全ての騎士の為に。

 明日、黒騎士を倒すわ。

 伯爵の妄念も打ち砕いて彼も助けたいわね。



 テュールがご馳走を山盛りドッグバックに詰め込み、蒸留酒の瓶をかっぱらって会場を後にした。

 私も皆に別れを告げてテュールの後を追う。


「いやあ食べた食べた」

「食べ過ぎよ」

「ハーフリングはいつでも腹一杯食べる生き物なのさ」


 競技場の屋台街は、まだ赤々と灯りがともって、沢山の人々が飲み歩いていた。

 夜になり少し肌寒いけど、どこからか花の匂いがした。


 待機所に戻るとガッチンが仕合槍を作っていた。


「持って来たぞー、蒸留酒もかっぱらってきた」

「おお、こりゃあ何よりだ」


 ガッチンは目を笑わせてご馳走をつまみに蒸留酒を飲み始めた。

 ドワーフはお酒が好きよね。


 馬車の中でドレスを脱いで普段着に着替えた。

 これはどうしたら良いのだろう。

 洗濯屋に頼めば良いのかな。

 こんな高級な服を着たことが無いから解らないわね。


「テュールはドレスをどうするの?」

「せっかくだからたたんで持ち歩く」

「荷物になるわよ」

「んー、それもそうか、アガタんちに置いとくかな」

「それが良いわよ」


 今後、着る機会は無いかもしれないけど、記念にはなりそうね。


 私は箱の上で丸くなったテュールにお休みと伝えて、ユニコの馬房に入った。

 干し草の良い匂いがするわ。


『パーティは楽しかったか』

「ええ、たまには良いわね」

『そりゃ何よりだな』

「ゴーバン伯爵はユーリーの父親だったわ」

『そいつは、トンビがタカを産んだ感じだな』

「明日も頑張りましょう、ユニコ」

『ああ、黒騎士なんざぶっ殺そうぜっ』


 私は干し草とユニコの匂いに包まれて眠りについた。

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