第二十九話 ゴーバン伯爵に呼ばれる

 何か言いたげな黒騎士を置いて、私は執事さんの後を歩いた。

 階段を上がって、ホテルの最上階へと連れてこられたわね。

 窓から見える夜景が綺麗なこと。


「こちらでございます」


 ベットルームだったらどうしようかと思っていたけど、そこは執務室で、大きな机の向こうでゴーバン伯爵が座っていた。

 執事さんが退室して私とゴーバン伯爵だけになった。


「思った以上にやるな、アガタ。まさか決勝にまで上がってくるとは思わなかったぞ」

「それはどうも」

「女性同士の決勝戦なぞ史上初だ、まったく忌々しい」


 そんなの知らないわ。


「噂は訂正してやる、だから決勝を辞退しろ。牧場が救われればお前は良いのだろう」

「牧場は一人では動かせないわ」

「亭主の治療費も出そう、だから辞退しろ」

「いやよ」


 伯爵は憤怒の表情を浮かべた。


「このトーナメント馬上槍仕合は領の大切な事業だ、お前のような下賎な存在に邪魔をされて良い物では無いっ、身分をわきまえろっ!!」

「どうして、そんなに黒騎士を大事にするの? 彼だって人間なのだから無敗とはいかないでしょうに」

「黒騎士はワシの夢なのだっ、あいつはワシが生きている間、敗北は赦されないっ!! この領、この競技場のシンボルだっ、ワシは全ての懸念を払拭せねばならんのだっ!!」


 ゴーバン伯爵はバンと机を叩いた。

 そして、太い息を一つ吐いた。


「ワシには息子が居た、素晴らしい息子だった。トーナメント馬上槍仕合が好きで素晴らしい騎士だった。だが、魔王戦争に行って帰ってこなかった……」

「そう……」

「喧嘩ばかりしていた。あいつの言う事を一つも聞かずワシの考えばかり押しつけていた。魔王戦争で息子が死んだと聞いた時、ワシの中で何かが死んだ気がした。こんなにも息子を愛していた事に初めて気が付いて、泣いた」

「辛かったわね」

「だからこそ、ワシは息子が、ユーリーが出来なかった事を、したかった事をやりとげるのだっ、それが親の務めと言う物だ」


 !


 ユーリーの父親だったのか。

 なんて巡り合わせだろうか。

 女神様も皮肉な事をするものだ。


「ユーリーとは一緒に戦ったわ、立派な騎士だった」

「なんだとっ!!」


 しかも私の初恋の人なのだが、それは言わなくても良いわね。

 懐かしいわね。

 今でも彼の優しい笑顔が目に浮かぶわ。


「死も看取ったわ。だから言える。そんな事をしてもユーリーは喜ばないわよ」

「お、お前も……、魔王戦争に行ったのか、そんな歳ではあるまいっ」

「ユニコーンライダーは子供の頃から戦場にでるのよ」


 そしてコロコロ死んで行くわ。

 私と同期のユニコーンライダーは九人いたけど、みんな死んだわ。


 そうか、黒騎士はユーリーの隊に居た騎士だわ。

 副隊長ぐらいだったかしら。


「ユーリーはいつも明るくて不正が嫌いで男らしい騎士だったわ。不正で勝ち残るなんて聞きたくも無いはずよ」

「ユーリー……」


 ゴーバン伯爵の目に涙がにじんだ。


「決勝戦で勝ち上がった選手と真っ向から勝負させてあげるべきよ。ユーリーの為にも、黒騎士の為にも」

「ふざけるなっ!! 黒騎士が負けたら、トーナメント馬上槍仕合事業は破滅してしまうっ!! それだけはそれだけはゆるさんぞっ!! ワシにまたユーリーを見捨てろと言うのかっ!! 勝利だ、騎士にとっての栄光は勝利の向こうにしかないのだっ!!」


 それは正々堂々とした勝利の向こうの話よ。

 不正で積み上げられた勝利なんか、なんの価値も無いわ。

 でも、そう言ってもゴーバン伯爵は理解してくれないでしょうね。


「残念だわ、私は辞退はしないし、トーナメント馬上槍仕合の手も抜かないわよ」

「ワシを怒らせたな……。ユーリーの戦友といえど、もう容赦はしない。ワシはどんな手を使ってでも、トーナメント事業を守るっ!!」


 あなたは、ちっとも容赦とかしてなかったと思うけれどね。


「では、私は帰るわ。……懐かしい名前を聞けて嬉しかったわ。おやすみなさい」

「……ユーリーどうして、どうして……」


 ゴーバン伯爵は背中を丸めて椅子に腰掛けていた。

 一気に老けた、そんな気がした。


 ドアを出ると執事さんが居て深くお辞儀をしていた。

 黙礼して、私は歩き始めた。


 なんて事かしらね、テュールやガッチンに教えたらびっくりするわ。

 ずっと昔に、戦場に置いてきた想いや悲しみが追いかけてきたような感じだわ。


 伯爵は息子さんを失った悲しみで判断を間違った。

 良いトーナメント馬上槍仕合場が作れたのだから正直に運営すべきだった。

 ユーリーの代わりに黒騎士を可愛がっても、彼をチャンピオンに仕立て上げても、それは自分の息子ではない。

 代償行為だ。

 だが、それにすがるしか無かったのだろう。

 悲しい人だな。


 パーティ会場に戻ると、まだ皆がいて騒いでいた。

 みんなの顔を見るとほっとするわね。


「アガタ、伯爵なんだって」


 テュールがケーキを食べながら声を掛けてきた。


「旦那の治療費を出してやるから決勝を辞退しろだって」

「うへえ、ケチくせえっ」

「ア、アガタは辞退とかしないわよねっ」


 一緒になってケーキを食べていたゾーイが不安そうな声を出した。


「大丈夫よ、ゾーイとの一戦は楽しみだから。賞金全部出されても棄権はしないわよ」

「やったあっ!! 明日は楽しみねっ!!」


 うん、この新しい年下の友人を見ると心が落ち着く。

 そうだ、あの戦いはゾーイのような子を育てるためにやったのだ。

 そう思うと意義があった気がする。


 そうよねユーリー。

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