第二十八話 ウォーレンのお兄さんと会う、黒騎士に口説かれる

 テュールと一緒にご馳走の並ぶテーブルで食事をする。

 みなあまりお腹が空いてないのか人があまり居ないわね。


「まあ、お上品な方々は少しつまんでお酒を飲むのだろうな」

「明日の仕合があるから私は飲めないわ」

「私は飲めーるっ、泡ワインをもう一杯!」

「かしこまりました」


 給仕さんがうやうやしくテュールに泡ワインが入ったグラスを渡した。

 水みたいにがぶがぶ飲むわね。

 私はお肉や魚をお皿にとって食べる。

 さすがに美味しいわね。


 デイモンがやってきた。


「おお、アガタ夫人、飯食べてるのか」

「私はあまり社交的じゃないのよ」

「なんかそんな感じだな。ああ、そうだ、俺の馬を牧場に戻していいか?」

「かまわないけれど、亭主が神殿に入院してるからしばらくは手が足りないわ」


 デイモンには言って無いが、ゴーバン伯爵が主人に細工を頼んだのはデイモンの馬だった。


「伯爵があそこの牧場はイカサマをする酷い牧場だって言うから真に受けて馬を移動させちまったが、移った牧場がまあ酷い所でなあ、やっぱあんたの所がいいや」

「ありがとう、主人もきっと喜ぶわ」

「助かるぜ、将来的にゾーイとか、ウォーレンもあんたの所に馬を預けるんだろ、一流のトーナメント馬上槍試合の牧場になりそうだな」

「ええ、そうなると嬉しいわね」


 デイモンは口は悪いけど、金払いがいい良客だった。

 ヘラルドが凄いトーナメント馬上槍試合選手だって褒めていたわね。


 賞金で借金を返済すれば、良い牧場になりそうだわ。

 将来の希望が見えると心に元気が出るわね。


「それと、ドレス、似合ってるな、素敵だぜ」


 そう言ってデイモンはにっこり笑って去って行った。


「けけけ、アガタ顔赤い~」

「う、うるさいわねテュール」


 デイモンは馬鹿だけど、ナチュラルにイケメンよね。


 入れ替わるようにウォーレンがやってきた。


「あ、こんな所に居たんですかアガタ先生っ」

「あなたもご飯をたべなさいな」

「そうですね、食べますかっ」


 ウォーレンもお皿に料理を取って食べ始めた。

 貴族だけあって綺麗に食べるわね。


「あっ、お兄ちゃんっ!」

「お、ウォーレン、モヒカンはやめたのか」

「やめたよっ、ヒャッハーもっ! 酷いじゃ無いかっ」

「ああ、ばれてしまったかあ、残念だなあ、いつか気付くと思ったけど、思いの他長く騙されていたから楽しかったのだけれど」

「酷いよっ!! お兄ちゃんっ!!」

「はっはっは、ごめんごめん。おや、あなたは……」

「アガタです」

「テュールだよ」

「すごく俺がお世話になったんだっ、アガタ先生って俺は呼んでる」

「そうかそうか、弟がお世話になっています。カムラン・ハイスミスと申します」

「いえ、ウォーレンにはランスボーイをやって貰って助かってますよ」

「こいつは馬鹿ですが、根は真面目なので、よろしかったら今後も可愛がってあげてください」


 カムランさんは頭を下げた。

 メガネにきちんとした服を着て、有能な文官のようね。


「よお、カムラン兄ちゃん、この競技場、伯爵領の税収からすると豪華すぎねえか?」


 うっは、テュールがずばりと疑問に切り込んでいった。


「そ、それは……、ま、まあ赤字なのですけれどね。あちこちに借り入れしてなんとかしのいでいます。伯爵閣下の夢の結晶ですからね」

「そうすると……、黒騎士が負けると財政が崩壊すんのか?」

「……」


 カムランさんは胸の前で手でバッテンを作った。


「そこらへんはノーコメントでお願いしますよ、テュールさん」

「そ、そうなのか、お兄ちゃん」

「言えないんだよ、ウォーレン」


 伯爵領の財務担当の文官さんだからうかつな事は言えないわよね。

 それで伯爵は必死に黒騎士を守るのね。


「俺は知らなかった……」

「お前には少し難しいな。お前は元気にトーナメント馬上槍試合をやっていなさい」

「うん、そうするよお兄ちゃん」


 まあ、どっちにしろ、優勝賞金と黒騎士を倒した賞金を貰わないと牧場の借金は完済できないから私的には容赦しないけれどね。

 伯爵領が破産したってしらないわ。


 私はパスタをチュルチュルと食べた。

 腰があって美味しいわ。


 黒騎士がやってきた。


「こんな所に居たのかアガタ夫人。どうだ、一曲踊らないか」

「……」


 私はパスタを飲み込んだ。


「ごめんなさいね、ダンスは踊れないの」

「そうなのか」

「テュールなら踊れるわよ」

「わ、なんだよ、私を生け贄に差し出すなよっ」


 黒騎士は笑った。


「それも楽しそうだが、俺はアガタ夫人と踊りたかったのだ」


 この人は笑うと少し子供っぽくなって魅力が上がるわね。


「それは残念ね」

「これからはトーナメント馬上槍試合の牧場として地位も上がるのだから、ダンスぐらいは覚えておいたほうがいいな」

「牧場の奥さんが来られる場所では無いわよ」


 黒騎士は私に近寄り小声でささやく。


「俺の物にならないか、上の俺の部屋に来い。お前は華やかな生活をすべき女だ」


 私は馬鹿くさくなって肩をすくめた。


「残念ね、私は誰かに溺愛されるタイプじゃないし、贅沢にも興味が無いわ」

「どうして上を目指さないんだ、野心は無いのか」

「野心ねえ。戦場ではギラギラしていた人から順番に死んで行ったわ。生き残ったのは臆病に逃げて、でも必要な所で立ち上がった人だけよ」

「俺は、俺はずっと、お前を目指して……」

「あなたは、あの戦場のどこにいたの?」

「俺は……」


 黒騎士の返事の前に、重厚な執事さんが割って入って来た。


「アガタ夫人、伯爵閣下がお呼びでございます」


 あら、何かしら。

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