第二十二話 アガタ対アルヴィン卿戦始まる

 ピーッピーッ!


 主審の笛が響き渡る。

 中央旗が振り上げられ風に舞い踊る。

 馬止め旗が上がりユニコの前方を塞いだ。


 上を見る。

 鳥が飛んでいた。


 ヒューイイイイィ。


 綺麗な鳴き声が聞こえた。


 中央旗が振り下ろされた。

 馬止旗が上がる。


 ユニコの脇腹に拍車をかける。


 ドン!


 と、突き上げるような加速感。

 私とユニコは柵の横を飛ぶような速度で駆けていく。


 アルヴィン卿の眼が、おっという感じに見開かれた。

 ユニコーンと戦う人で初見で一番驚くのが、その速度の速さだ。

 馬の襲歩ギャロップよりもずっと早いのだ。


 私は仕合槍を突き出した。

 アルヴィン卿も槍を突き出す。

 お互いの槍が交差したようになって、お互いの胴丸の上で弾けた。


 槍は細かく折れて粉砕された。

 木の良い匂いが広がる。


 私は無意識に体をねじり、衝撃を後ろに流した。

 アルヴィン卿も同じように体をねじる。


 ふう。

 お互い一ポイントずつね。

 もの凄く正確で上手い突きだわ。


 終点まで駆けて振り返る。


 副審の旗は、二人が左右両方の旗を上げ、一人だけが、アルヴィン卿の右旗だけを上げていた。

 問題無い。

 副審が二人上げていればポイントは入る。


 アルヴィン卿は面頬を上げた。


「君はアガタ夫人の突きが浅かったと考えるのかね」

「そ、それは閣下、す、少し弱かったような気が……」

「なんのなんの、久々の素晴らしい突きを貰ったよ、こんなのは黒騎士以来だね」

「は、はい、そうですね」


 最後の副審は主審を見上げた、主審がうなずき、彼も私の左旗を上げた。


 アルヴィン卿は笑って私に向けて親指を上げた。

 閣下は正々堂々とした立派な騎士だわね。

 私も面頬を上げて笑顔を返した。

 ありがとうございます。


 ああ、なんだか気分が爽快になるわね。

 立派なお方だわ。


 レーンを替えてウォーレンから替えの槍を受け取る。


「閣下は二本目に技を使って来ますよ、気を付けて」

「解ったわ、ありがとうウォーレン」


 ウォーレンが研究熱心で助かるわね。

 事前に情報が有ると無いでは大違いだわ。


 主審の笛が二回鳴る。

 真っ赤な中央旗が上がる。

 馬止旗が下がった。


 二十馬身向こうのアルヴィン卿は闘志に満ちあふれているわね。

 どんな技を使ってくるのかしら。


「並足で行くわ」

『了解、奴の馬、加速力がありそうだぜ』


 突進技かな。

 とりあえず、普通の速度の襲歩ギャロップで動きを見て対応しよう。


 中央旗が振り下ろされた。

 馬止旗が上がる。


 拍車無しでユニコは速度を上げた。

 アルヴィン卿がみるみる近づいてくる。


 どんな技がくる?


 彼は槍を脇に抱えるようにして、馬に拍車をかけた。

 爆発的に白馬の速度が上がる。


 これかっ。

 全体重と、全馬重を乗せた必殺の突きだ。


 私はあぶみの上に立って競馬の騎手のように膝を曲げて乗る。

 槍を突く関係でこのポーズはトーナメント馬上槍仕合では使われない。

 だが、一点だけ良い所がある。


 体重移動がしやすいんだ。


 渾身の威力の突きを体をねじるようにして避ける。

 スケイルメイル鱗鎧にアルヴィン卿の槍がかすってリンッと澄んだ音を立てた。

 手綱を持った左手の二の腕の上に乗せて槍を滑らせる。

 

 まっすぐ槍はアルヴィン卿の喉輪に当たり砕け散り、彼を横に吹っ飛ばした。

 兜の向こうの彼の目が見開かれていた。


 そのままアルヴィン卿は落馬した。


 端まで走らせて振り返る。

 三人の副審が全員右の旗を上げていた。


「うひゃあ、侯爵さまを落馬させおった……」

「アガタ夫人、容赦ねえ……」


 一旦沈黙してから、どん! と観客席が沸騰した。


 係員たちがアルヴィン卿の元に駈け寄った。

 アルヴィン卿は立ち上がり面頬を上げた。


「すばらしいぞっ!! アガタ夫人!! 君のすばらしい突きを身に受けた事を、この私は一生の誇りにしたいっ!!」


 ああ、やっぱり立派な人だ。

 わたしはアルヴィン侯爵が大好きだな。


「勝者アガタ!! 決勝戦進出だ!!」


 私は観客席に向けて片手を上げた。

 観衆の拍手と絶賛の嵐が巻き起こる。


『とっさに競馬乗りたあ、やるねえ、アガタ』

「うちは競馬の馬も生産していたからね」


 あのアルヴィン卿の突進を腰を落とした乗り方で受けていたら落馬しただろう。

 素晴らしい練度の技だったわ。


「素晴らしい、なんというとっさの機転ですかっ」


 ウォーレンが感極まって泣きながら言った。


「大げさよ、突進を避けなきゃと思ったら自然に競馬乗りが出てたのよ」

「ああ、確かに、競馬の乗り方ですね、あれは、なるほどっ」


 ウォーレンが手綱を引こうとしたが、ユニコが怒って彼の尻を角で突いた。

 ユニコーンは男性が嫌いなのよ。


 私は普通に乗って、ユニコと待機所に戻った。


「うおーうおー、アガタすげえっ!! 競馬乗りで避けたあっ!!」

「本当に凄いわねっ、アルヴィン侯爵の突進は黒騎士が破っただけよ、他の人であれを受けて落馬しなかった人はいないのよっ」

「俺も次までに競馬乗りを覚えて侯爵を破るっ!!」

「私にも教えて、アガタッ」

「ええ、良いわよ」


 ガッチンがニマニマしていた。

 見ると賭け屋の若い衆が三人、木箱を三つ持ってきていた。

 中身はどうやら金貨らしい。


「儲かったわねえ」

「掛け率が良かったからなっ、大もうけじゃわい」

「私も、儲けたーっ!!」


 テュールが革袋をジャラジャラいわせた。


「テュールさん、明日は私とアガタと、どっちに賭けるの」

「はっはっは、アガタ」

「やっぱりそうかー」

「でも、次の仕合はゾーイに賭けるよ、負けんなよー」

「うん、がんばるよっ」


 ゾーイが次の仕合で勝てば、明日は私と決勝ね。

 勝ってよ、ゾーイ。

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