第十五話 待機所でみんなで晩ご飯を食べる

「さあ、できたわ、召し上がれ」


 ガッチンとテュールが恐る恐る私の作ったポトフを口に運んだ。


「「おお、食べれるっ!」」

「やあね、切って煮ただけよ、どうして失敗出来るのよ」

「いやあ」

「いやあ」


 そんなに私の作った昔の料理は凄かったのかしらね。

 もう何を作ったかも忘れてしまったけど。


「あ、素朴で美味しい、私、好きな味だわ」

「美味しいです、アガタ先生っ」


 野菜を切って、ソーセージと煮ただけよ。

 人参から良い甘さが出るのよね。


 私もガッチンの炉の上に乗せた鍋からポトフを掬って食べる。

 うん、芋も良い感じにほどけるわね。


 炉にはパン焼き網も付けてトーストもしている。

 小麦の焼ける良い匂いが辺りに漂う。

 その焼けたパンの上にチーズを乗せて食べる。

 うん、美味しい。


「わあ、美味しいチーズ、今度買おうっと」

「子爵家で出すようなチーズじゃないわよ、ゾーイ」

「たぶん、美味しいのはみんなで食べているからであろうな」

「そうなのかな、ウォーレン?」

「俺も凄く美味しく感じる。アガタ先生のポトフはやみつきになってしまいそうだ」

「待機所でご飯食べたりしないからね、そうかもね」


 ユニコも大人しく馬房で飼い葉を食べていた。

 あなたも美味しい?


「アガタ、おかわりー」

「わしもわしも」

「はいはい」


 ガッチンもテュールもよく食べる。

 なんだか楽しいわね。


 そうか、ヘラルドが入院してから、子供と三人だったし、大勢で食べるのが久しぶりなのね。


「ごちそうさまでしたっ、美味しかったわ、じゃあまた明日ね、アガタ」

「俺もホテルなんで、帰ります、また明日、アガタ先生」

「はい、明日も頑張りましょうね」

「アガタは……、ドレスとか持ってないよね」

「ドレス?」

「明日、トーナメント馬上槍試合の参加者のパーティが夜にあるのよ」

「興味無いわ」

「そ、そうだよね」

「残念です、アガタ先生」


 ゴーバン伯爵のパーティに出てもねえ。

 あまり楽しい思いはできそうもないわ。


 騎士二人は待機所を出ていった。


「あー食べた食べた」

「美味かったのう」

「おそまつさま」


 テュールは箱の上で横になった。

 ガッチンは馬車の中で寝るようだ。

 私は……。


 馬房で寝ようかな。

 ユニコといっしょに寝るのはずいぶん久しぶりだわ。


 私は彼が寝て居る横で藁を整えて横になった。


『ずいぶん、良い感じのチームになってきたな』

「あの頃みたいね」

『明日も頑張ろうぜ』

「そうね、おやすみ」


 ユニコにお休みを言って、私は寝た。


 待機所に居るのは馬と馬丁さんたちと私たちだけだった。

 時々兵隊が巡回に来るだけで静かな物だ。


 いつしか私も眠りについていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


Side:テュール


 アガタは寝た。

 ガッチンはもっと早くに寝ていた。

 私も寝ているか起きているかぐらいの意識でうとうとしていた。


 夜半にそれらは来た。

 足音をひそめてするすると五人ほど待機所に入ってきた。

 うんうん、私でもそうする。

 夜半に暗闘兵を送る。


 私は誰も起こさないように箱の上に立ち上がる。


 ふむ、たいした事がないな。

 腕が立つのは一人、法務官のジョーイぐらいか。


 一番前の男に奇襲を掛けて一撃で気絶させた。

 そして隠れる。


 攻撃を受けたと悟った四人に緊張が走る。


「ちっ、一度外へ」


 ジョーイが小声で命令を放った。

 三人がうなずき振り返る。


 ははは、そんな簡単に視線を後ろにやって良いのか。


 後ろからもう一人に飛びつき急所を打って気絶させる。


「くそっ! どこからっ」


 暗闘の兵が声を出すんじゃねえよ。

 素人だなっ。


 ジョーイが外に出た。

 私は馬房の柵に隠れて走る。

 一人に追いつき、また狩った。

 まあ、伯爵領の暗闘兵だとこんなもんか。


 ジョーイとあと一人はナイフを取り出し、戸口から私が飛び出すのを待ち構えているようだ。


 鎧戸の窓の落とし雨戸をゆっくり開け体をすべりこませるようにして外に出る。


「で、出てきませんっ」

「ま、待て……」


 奴らは私がやったとは認識できていない。

 謎の存在が仲間を倒していった、としか思っていない。

 ハーフリングの愛らしい外見はこういう時に有利だな。


 手下の一人に足音を忍ばせて駆けよってみぞおちを打ち昏倒させた。


「なっ!」


 ジョーイの位置からは手下が邪魔で私は見えていない。

 困惑の表情が広がる。


「伯爵の暗闘兵はたいしたことねーな」

「お、おまえはっ!!」

「法務官にして暗闘組織の長とは珍しい」


 ジョーイは細い短刀を構えた。


「ハーフリング……、工作員エージェントかっ!」

「いやあ、盗賊シーフ


 ジョーイの殺気がみるみる膨らむ。


「無駄な事はやめなあ、その腕じゃ私は狩れないぜ」

「……」


 私は懐から金のメダルを出した。

 暗闘兵なら月明かりでも見えるだろう。


「なっ、王家の紋章!?」

「さて、伯爵の手下のジョーイ君、王国の組織に寝返る気は無いかーい?」

「な、何を言う」

「そろそろ王様がこの地に来るぜ」

「ば、馬鹿な……」

「あんたなら伯爵の悪事をよく知ってるだろうぜ。私の下につきな」

「そ、そんな事は出来ない……、伯爵閣下は悪名も高いが……、この領を豊かにしてくださっている」

「おうおう、忠誠心高いね。法務官の方の資質かな。まあ、今日は帰って考えておいてちょうだいよ。部下はみんな気絶させただけだよ」


 ジョーイは目を見開いた。


「そこまでの腕!! な、なんなのだ、たかだか牧場の女房ではないか、なぜそんなに皆がアガタ夫人に肩入れしているのだ」

「アガタにはなあ、みんなが借りがあんだよ、彼女に手を出した瞬間、伯爵の破滅は始まってんだ。もう見限った方がいいよ」


 ジョーイは短刀をしまい、額に手をやって考え込んでいた。


「なぜだ、なぜ……。戦場帰りといってもコランソン公国との紛争だろうに……」


 私は笑った。

 ああ、確かに直前の戦争はコランソン公国の奴だな。


「ばーか、その前の魔王戦争だよ」

「なんだってっ!!」

「きっと、勇者王も聖女も来るぜ」


 ジョーイの口がポカンと開いた。

 私は呆けているジョーイを置いて待機所に戻った。

 さて、寝直し寝直し。

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