第十四話 日が落ちて夕暮れなのでお買い物に行く

 待機所の入り口から夕日が私たちのいる奧の馬房まで差し込んできた。


「アガタは牧場に帰るの?」

「いえ、ここに泊まるわ、どうして?」

「ここ? 待機所に?」

「ええ、そうだけど?」

「わ、私、ホテル取ってるんだけど、一緒に泊まる?」


 ん? 何を言ってるのだろう、ゾーイは?


「夜に伯爵の手下がやってきてユニコに悪戯したら困るし」

「あ、そうか、馬丁さんとかいないのかあ」

「私が馬丁みたいな物よ」

「テュールさんも、ガッチンさんも?」

「そうだな、俺も用心に泊まるか」


 テュールは返事をしないで箱の上で毛布にくるまって手を上げた。


「こんな場所では疲れが取れないわよ」


 私はガッチンと顔を見あわせて笑ってしまった。


「あの頃に比べたらねえ」

「雪も降ってねえし、屋根があるしな。毛布だってあるな」

「そう、凄いのねえ」


 平民なんてそんな物よ、ゾーイ。


「一緒に夕食でも食べに行かないかって思って、牧場に帰るならしょうが無いと思ったけど、ここで泊まるなら行けるわね」

「おっ、いいねいいね、どこに行くゾーイ」

「いや、ウォーレンは誘ってないしっ」

「そう言うなよ、兄妹弟子だろーっ」

「弟子を取った覚えは無いわよ」

「そんなあ、アガタ先生~~」


 晩ご飯はどうしようかしらね。


「テュール、一緒に買い物に行くわよ、私が作るわ」

「「げーっ、アガタが作るのーっ!!」かー」


 ガッチンとテュールが口を揃えて不満を漏らした。


「ふふ、馬鹿ね、あの頃とは違ってずいぶんお料理も上手なったのよ」

「あー、そうかー」

「結婚して七年だからな、さすがのアガタも料理が出来るようになったか」


 そ、そんなに昔の私の料理は酷かったのかしら。

 みんな美味しい美味しいって言ってくれたから解らなかったわ。

 まあ、一回作っただけで、その後は聖女がいつも作ってくれたけれども。


「わあ、アガタが作るの、私も食べていっていい?」

「いいわよ、ウォーレンもどう」

「ありがたく頂きます、アガタ先生っ」


 ゾーイとテュールと一緒に買い物に行く事にした。

 馬車の中で甲胄から普通の服に着替えた。

 ガッチンとウォーレンに留守番を頼み待機所を出る。


 丘の上には競技場関係の施設しかなくて、食料品などは街の中心に行かないといけない。

 ちょっと歩くけどね。


 ゾーイもフルプレートを脱いで綺麗なドレス姿になった。


「さすが貴族のお嬢さん、ゾーイはきれーねー」

「ありがとう、テュールさん」


 八百屋や肉屋を回って食材を買い込んだ。

 トーナメント馬上槍仕合の季節だから、ちょっと割高よね。


「何作るの何作るの」

「ポトフね」

「アガタがそんな込み入った料理を作れるようになるとはっ!」

「失礼ね、テュール」


 何年主婦をやっていると思っているのかしら。

 彼女の中では、私はいまだに幼い少女なんだろうなあ。


「そういえば、昔のアガタってどんな感じだったの?」

「背丈は~~、私よりちょっと大きかったよね」

「そうね、懐かしいわ」

「……え? ユニコーンライダーをやってたのは何歳ごろなの?」

「十? 九? 孤児だったからはっきりとした歳はわからないわね」

「け、結婚したのはいつ?」

「十六よ」

「今、二十三歳!?」

「ぐらい」

「もっと年上かと思ってたっ!!」

「失礼ね、ゾーイ」

「私とあんまり変わらない、ウォーレンの方が年上かもっ!!」

「そうかもね、ほら、貴族に比べて、平民は早く大人になるから」


 ゾーイの足が止まった。


「待って、十歳の女の子が……、戦場に居たの?」

「ユニコーンライダーはなあ、しょうが無いよ~」

「何もかも、ユニコーンの悪癖がいけないのよね」

「私は、私は……」

「戦争だったのよ、ゾーイが罪悪感を覚える事はないわよ」

「私は、なんだか、物を知らなくて情けないわ……」

「落ち込むな、落ち込むな、ゾーイを悲しませる為に私たちは戦ってたわけじゃないぞ」

「そうそう、ゾーイみたいな良い子が育つためだったら、あの戦争も意味があったのよ」


 ゾーイは黙り込んで私たちについてきた。

 時々、戦争を知らない人たちにこんな反応をされて困る時がある。

 だから、あまり戦場帰りって言いたく無いのよね。

 同情も憐憫れんびんも欲しくないわ。

 普通に接して欲しい。


 途中で牧場に寄って、鍋や食器をバスケットに包んだ。

 なんだか、誰も居ない牧場は空っぽで変な雰囲気ね。


「ここがアガタの牧場なのね、わあ、凄いわね、広いー」

「そういや、子供は?」

「セギトに預けたわ、寄っていく?」

「ああっ、セギトもこの街なんだっ、行く行くっ!! アガタの子供にも会いたいっ」

「ちょっと挨拶だけしておきましょうか」

「あ……」


 テュールが振り返った。


「どうしたの?」

「だめだ、尾行されてる、競技場に戻ろう」

「え、なんでテュールさん、そんな事解るの?」

「私、盗賊シーフだしー」

「えええええええっ!! 私、盗賊シーフさん初めて見たっ!! すごいすごい」

「すごくないよっ、下町にはいっぱい居るよ」

「ほえーほえー」

「ゾーイは子爵家だろ、たぶん、メイドか執事に何人か居るよ」

「そうなのっ!」

「貴族の家では防犯の為に盗賊シーフ上がりの使用人を何人か雇ってんだよ」

「そうなんだ、知らなかったなあっ」


 あまり貴族の令嬢に教える情報じゃないからね。

 奥様になると教えて貰えるのだろう。


「セギトとアガタの子供を見れないのは残念だけど、まあ、トーナメント馬上槍仕合が終わったらゆっくり会えるから」

「そうね、セギトも会いたがってると思うわよ」

「楽しみだなあ~~」


 私たちは丘を上がって競技場へ戻った。

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