第十六話 二日目の朝がくる

 眼を覚ました。

 一瞬どこにいるのか解らなかった。

 そうか、牧場の私のベットではないわ、競技場の馬房で寝てたのよね。


「おはようユニコ」

『おう、夜中にテュールが一仕事してたぞ』

「ありがたいわね」


 凄腕の盗賊(シーフ)がいると安心して寝られるわね。


 箱の上のテュールが起き出して大きな欠伸をした。


「おあよう」

「おはよう、ありがとうね」

「連中は弱すぎで張り合いが無かった」

「おう、おはよう」


 ガッチンも起き出してきた。

 彼の炉を使って、パンを焼きお茶を入れる。

 他の馬房でも馬丁さんたちが起き出して朝の支度をしていた。


「今日は四仕合やって準決勝、明日が決勝、意外に早いね」

「まあ、どうって事はなかろうて」


 ガッチンがチーズを乗せたパンをかじりながらそう言った。

 そうだと良いわね。


「おっはよーっ、みんな起きているねっ!」


 ゾーイがやってきた。

 まだお洒落なサマードレス姿ね。


「嬢ちゃんは自分のスタッフもおるじゃろうに、打ち合わせはいいのか?」

「うんっ、みんな凄い馬丁さんとか、凄い鍛冶屋さんだから大丈夫っ、私は乗るだけっ」


 ゾーイは私たちの馬房にいる事の方が多いわね。


「ゾーイは自分の馬房に帰れっ、おはようございますっ、アガタ先生っ」

「なによー、ウォーレンは負けたんでしょ、あんたこそ観客席にいなさいよっ」

「ははは、俺はランスボーイをやることに決めたのだっ、アガタ陣営の一人だっ」


 ランスボーイというのは選手に替えの仕合槍を渡す係の事ね。


「頼んだ覚えは無いけれど、でも、居ると助かるわ」


 昨日の仕合ではレーンの終端に転がしていたし。

 運良く細工はされなかったけど、途中で踏み折られたら槍が足りなくなっていた所だったわ。


「そうでしょうそうでしょう、俺が先生に槍をお持ちしますよっ」

「あー、なんかスタッフ面しはじめたー、ウォーレンのくせにー」

「ひがむなひがむな、ゾーイ」


 ちなみにゾーイの所にはランスボーイどころか専属の甲胄師も付いている。

 仕合で甲胄が凹んだら応急修理をしてくれる。

 なにしろ貴族のスポーツだから関わる人も多いのだ。


「アガタの牧場にお願いしたら馬丁さんを出してくれるの?」

「ゾーイの馬だったら私が付いてあげるわよ」

「わあ、本当、それは良いなあ」

「お、俺も頼んで良いですかっ」

「ゾーイと同じ大会でしょ、なんだったら、私の亭主が行くわよ。馬については凄いわよ」

「アガタ先生の旦那さんかあ、たしかに凄そうだ」


 二人のトーナメント馬上槍仕合のお世話をするのも楽しそうだわ。


「甲胄師にガッチンさんも頼もうっと」

「ず、ずるいぞゾーイ」

「まあ、次の仕合は今回の仕合が終わってからじゃな」

「私がチアガールやってやんよ」

「あー、テュールさん、いいわねっ!」


 待機所に張られたトーナメント表を見てみる。

 私の仕合は第二仕合、ゾーイの仕合は第四仕合だった。


「相手はチャド・ゲーンズボロかあ、どんな騎士かな」

「チャドは武闘派ですね、腕自慢の騎士です。粗暴な感じで勢いで押すタイプです」

「ありがとうウォーレン、助かるわ」

「任せてくださいっ」

「あ、私の相手はピーコックだわ」

「どんな騎士」


 のっぽの騎士が向こうの馬房で立ち上がった。


「ピーコックは俺だあ、相手はゾーイかあ、こいつは貰ったぜえ」

「でっかい騎士ね」

「アガタ夫人、あんたがチャドに勝ったら、次の次は俺かあ、今回はついてるなあ」


 そんなに強そうな騎士ではないわね。


「ピーコックは手足の長さを利用した技が得意なテクニックタイプです。意外に強いですよ」

「前回はおめえに負けたけどなあっ、おめーはチンピラのくせに研究熱心だからいけねえぜ」

「俺は意外に頭脳派なんだ」

「モヒカンで頭脳派とは思わないじゃあないかあ、まったくなあ」


 トーナメント表の前でピーコックと喋っていたら、なんだか上流階級そうなマダムがメイドを連れて待機所に入ってきた。


「アガタ夫人はいるザマスか?」


 なんだろう、場違いな。


「私ですけど」

「私はマーガレット。ドレスメーカーザマス」

「マーガレット衣料店! 領で一番のドレスメーカーじゃないっ」


 ドレスメーカーが何の用なのかしら。

 私はドレス屋なんかに行った事もない。


「黒騎士さまからドレスのプレゼントザマス、採寸をするザマスよ」

「「「は?」」」

「お代は頂いているザマス」

「まあ、黒騎士さんは、アガタを狙っているのかしらっ!」

「うはは、いーじゃんいーじゃん、不倫だ不倫」

「うるさいわね、ゾーイ、テュール。私は既婚者よ」

「そういう事情は知らないザマス、早く採寸させるザマス」


 待機所に黒騎士が入ってきた。


「今晩のパーティにあなたが参加して欲しくて俺が頼んだ、迷惑だったか?」

「ええ」


 重い沈黙が待機所に張り詰めた。


「アガタ~~!!」

「まったく、雰囲気もくそも無いのう」


 テュールとガッチンが言うが、しかたが無いでしょう、別に黒騎士にドレスを送られるいわれは無いのだから。


「中日のパーティも大事なトーナメント馬上槍仕合の一部だ、あなたにそれを知って貰いたいのだ」

「え、私、口説かれてる?」


 黒騎士は苦笑した。

 あら……、笑うとちょっと子供っぽくなって印象が変わるわね。


「アガタ夫人らしい、そんなにパーティはいやかね」

「牧場の奥さんが行く所じゃないわ、浮いてしまうし」

「俺はそうは思わない」


 テュールが黒騎士の前に出てきた。


「はーいはーいはーい、私もパーティに出たいですーっ! アガタの親友のテュールと言いますー!! ハーフリングでーす!! ドレス下さいーっ!!」

「こ、これは凄いおねだりだな」


 黒騎士は少し笑った。


「テュールさんが来れば、アガタ夫人、君もきてくれるかね?」

「そ、そうね、テュールが一緒ならいいわ」


 テュールがドヤ顔で黒騎士にサムズアップした。

 本当にハーフリングはフリーダムよね。


「マーガレット婦人、テュールさんにもドレスを作ってくれたまえ」

「かしこまりましたザマス」


 なんだか、なし崩しに夜のパーティに出ることになってしまったわね。

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