第十二話 ゾーイの仕合にお金を賭ける

「ほらアガタ、こっちこっち、ハゲも急げっ」

「ハゲハゲ言わんでくださいよう」


 テュールの案内で賭け屋の並ぶ天幕通りを歩く。


「いらっしゃいいらっしゃい、掛け率良いよ、ゾーイ優勢ゾーイ優勢」

「うちはトミー優勢、ゾーイに賭けるならうちがいいよお」

「第八仕合、今日のオオトリ、ベテラントミー、ルーキーゾーイだ、そろそろ締め切りだあっ」


 口々に呼び込みが口上を述べている。

 テントの入り口には黒板があって、そこに次の仕合の掛け率が書いてある。

 ゾーイが優勢のテントもあるし、相手のトミーが優勢のテントもある。


 テュールが選んだテントは一見地味な賭け屋の物だった。


「おっちゃん、ゾーイに50テラン」

「おう、嬢ちゃん、まいどあり」


 テュールは金貨をテーブルにぶちまけて掛札を貰った。


「ゾーイに賭けるならもうすこし高い掛け率の所があるが……」

「ああ、派手な賭け屋は駄目、後で払い戻し手数料取るからさ、結局損」

「あんた、小さいのに解ってんなあ」

「けっけっけ、ハーフリングなめんなオヤジ」

「ああ、マジかい、ゾーイの掛け率下げねえとなあ」

「オ、オヤジ、ゾーイに10テラン」

「なんだよ、もっとぱーっと賭けろようっ」

「か、金が無いのだ」

「あいよ、ウォーレンの旦那、今回は残念だったね、相手が……、アガタ夫人もいるじゃねえですかっ」

「私もゾーイに5テランお願いね」

「あいですっ、今回は儲けさせてもらいましたよ、次回も頑張ってくだせえよ」

「ええ、頑張るわ」


 賭け屋のオヤジさんから掛札を貰った。

 掛け率は1.5倍だった。

 前評判は拮抗している感じね。


「ウォーレン戦のアガタの掛け率は五倍だったよ、あたしも、すげえ儲かった」

「くそう、悔しいなあ」

「なあに第二試合はもう少しアガタ夫人の掛け率は下がるさ、何しろ一試合で相手を二回落馬させるってえすげえ結果だったからなあ」


 腐っているウォーレンを尻目に賭け屋のオヤジさんはケラケラと笑った。


 屋台で串焼き肉とエールを買って観客席にいく。

 平民の場所の最下層の立ち見場所はぎゅうぎゅう詰めで入れそうも無かったが、私とウォーレンを見ると皆笑って場所を空けてくれた。


「ウォーレン、残念だったなあ、あれモヒカンは?」

「やめた」

「おめーのモヒカン好きだったのによう、うお、アガタ夫人!! 凄かったぜっ!!」

「ありがとうおじさん」


 ウォーレンはみんなにモヒカンを惜しまれ、はげ頭をバンバン叩かれていた。


「貴様らーっ!! 無礼打ちにするぞーっ!!」

「ヒャッハーはどうしたい?」

「あれもやめた」

「ばっか、それじゃあ、俺たちの好きなウォーレンじゃねえぞっ」


 よっぱらいの平民達はどっと笑った。


「なんだ、ウォーレン、ファンが多いじゃん」

「こんな奴らはファンでもなんでもないっ!!」


 とかなんとか言いながら、ウォーレンは少し嬉しそうであった。

 意外と平民に愛されている騎士だったのね。


「こいつ馬鹿でチンピラみたいな口調なのに、トーナメント馬上槍仕合だけはすんごい真面目でさあ、悪い奴じゃ無いんですよアガタ夫人、仲良くしてやってくださいよ」

「なんだ貴様ら、お前は俺の親戚かっ!」

「似たようなもんだぜーっ」


 また、平民達はどっと笑った。


「ちょっとお姉ちゃんはほっとしたよ」


 テュールは立ち見場所の手すりにちょこんと座り込んでそう言った。


「誰がおねえちゃんですかっ!」

「まあいいじゃんっ、で、相手のトミーってどんな奴?」

「トミー・グランデは手堅いベテランですね。前々回は優勝して黒騎士殿と戦ってます」

「強敵じゃーん」


 トミーはゴツイ体を鉄色の甲胄で固めた大男だった。

 ほっそりとした感じのゾーイと比べると、大人と子供ぐらいの体格差がある。


「俺の名はトミー・グランデ、黒騎士を倒してこのトーナメント馬上槍仕合のチャンピオンになる漢だっ!! ションベン臭い小娘のゾーイなんざ、一ひねりにしてやるぜっ!!」


 トミーが朗々と口上を述べた。


「みんな口上を述べる物なの?」

「そうですよ、アガタ先生、口上を述べて、自分に沢山賭けて貰うと後で運営からボーナスが出るんですよ」

「もらってないわ」

「あ、ボーナスは二回戦目からです」


 なるほどね。

 でも、口上とか恥ずかしいわね。


「他人が口上を述べてもいいの?」

「ええ、作家さんに口上して貰う貴族もいますよ、テュールさん」

「あ、じゃあ、明日は私が口上してやるよー、アガタ」

「それは助かるわ、ありがとうテュール」


 テュールは口八丁手八丁で器用に何でもできるからね。

 助かるわ。


 ゾーイが馬上で頬面を上げた。


「私はトミーとか眼中に無いわっ!! 私は最終戦で人妻ユニコーンライダー、アガタに勝って黒騎士を倒すんだからっ、ロートルは早く引退しちゃいなさいっ、これからは女性の時代なんですからねっ!!」


 観客席から声援と口笛が飛んだ。

 二階席にいる貴婦人達もハンカチを振ってキャーキャーとゾーイに声援を送っている。


「女性人気が高いのね」

「そりゃあ、美人で明るい貴族の娘なんで、女性ファンも多いんですよ」


 二人の騎士はにらみ合い、柵の左右に分かれた。


 私は仕事が忙しかったから、トーナメント馬上槍仕合はあまり見た事が無かったけど、たしかに盛りあがるわね。

 みんなが夢中になるのも解るわ。


 主審の笛が二回なって、中央旗が上がった。

 二十馬身離れた二騎の騎馬武者の間に殺気が張り詰める。


 中央旗が振り下ろされ、馬止旗が上がった。

 二人の騎士は中央の激突地点を目指して襲歩(ギャロップ)で接近していく。


 がんばれ、ゾーイ!

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